過去編⑧ 役目の対価
「対価って……どういうこと?」
オイゲンの言った意味がわからず、思わず聞き返した。
「我々は魔物を討伐し、この周辺の治安を回復いたしました。なので、その報酬を受け取るのは道理でございましょう?」
「そんなの! それなら父上から、国王陛下から与えられるでしょ!?」
「それはそれ、でございますよ」
オイゲンは薄く笑って言った。まるで、聞き分けの悪い子供を諭すような口調だった。
「姫様、我々は慈善活動をしているわけではございません。高貴なる者には相応の義務が発生します。だがそれはそれなりの対価があって始めて成立することです。まさか、姫様は人助けなどというもののために戦いに出たわけはありますまい」
「そんなのっ……!」
「それに、これは過去の統治者が全員が通った道なのです。もちろん、国王陛下も」
「う、嘘よ……!」
咄嗟に否定する。だけど、それが冗談の類でないことは、オイゲンの表情ですぐにわかった。
あたしのことを甘ちゃんのお姫様だと嘲笑うかのような、その表情で。
こうして話しているうちにも、兵士たちが村を焼き、人々を襲っている。先程まで魔物に向けられていた剣が、今は自国の領民に向けられている。
こんなことが許されていいはずがない。
「さあリズエスタ様! あなたもいずれ王位を継がれるお方なのでしょう? それなら今すぐ戦いに参加し、対価を受け取るべきだ!」
「バカなこと言わないでっ!」
あたしはとうとう我慢できずに叫んだ。
「あたしは、こんなことをするために今日まで生きてきたんじゃないっ!」
「リズエスタ様、今はわたくしが指揮官であることをお忘れか? あなた個人の好き嫌いの話ではないのです。これは命令でございます」
「そんな命令は聞けない! あなたの行いはヴェルフォールの人間として見過ごせないわ! もしやめないのなら!」
「やめないのなら、どうされますか?」
「あたしは、この場であなたを断罪する!」
そう言って、あたしは勢い良く腰の剣を抜いた。
切っ先を突き付けても、オイゲンは眉一つ動かさなかった。
「リズエスタ様、考え直して頂けませんか?」
「嫌よ!」
「……やはり嫌ですか。残念でございます。わたくしはリズエスタ様が王位を継承されることに期待していたのですが……」
「一体何を言って――」
「――やむを得ませぬ。……御免!」
そう言った直後、オイゲンは剣を掻い潜り、素早く間合いを詰めてきた。咄嗟のことで反応が遅れる。直後、鳩尾に強い衝撃が走った。あたしは息ができなくなり、脚からくずおれた。
殴られた。そう認識した時には、あたしは剣を取り落とし、右腕を後ろに回されていた。
「誰か! リズエスタ様を拘束しろ! 王族の方とは言え、命令違反は重罪である!」
「やめ……なさい……!」
息が詰まりながら、何とか絞り出す。空いた左手で落ちた剣を拾おうとしたところで、左腕も後ろ手に拘束される。
見回すと、三人の騎士たちがあたしを取り囲んでいた。誰もが無表情で、あたしを見下ろしていた。
その時、遅ればせながらようやく悟った。
この場において、あたしに味方なんていなかったんだと。
そう思った直後、正面の騎士が蹴り上げた足があたしのお腹に直撃した。胃の中が逆流する感覚と共に、口から胃液が飛び出した。
それからはあっという間だった。あたしは瞬く間に両手と両足を縄で縛られ、地面に転がされた。
土の味を噛み締めながら、目の前で村が燃える光景が否が応でも目に入る。思わず目を背けたくなるほど、残酷な現実だった。
その後もしばらく、オイゲンや騎士たちは村に対して略奪と破壊の限りを尽くした。時折、村人だと思われる女性の悲鳴が響いていた。
その様を、あたしはただ見ていることしかできなかった。
*
翌日、縛られた状態のまま王都まで連行されたあたしは、すぐさま謁見の間に通された。
大柄な騎士に両手で担がれながら入室すると、しばらく進んだところで床に放り投げられた。手足を拘束された状態では受け身を取ることもできず、固い大理石の床の上に勢い良く落下した。奥歯を噛んで悲鳴を上げなかったのは、あたしに残された最後の意地だった。
少しの間呻き声を我慢していると、背後から誰かが歩み寄り、あたしを縛っていた縄を切った。解放された手で身体を起こすと、横にはオイゲンがあたしを見下ろしていた。
「――どうか、ご無礼をお許し下さい。姫様」
この期に及んで、オイゲンは白々しくもそう言った。あたしは今すぐにでも殴りかかりたい衝動に駆られたものの、長い拘束期間のせいで思うように力が入らず、ただ目の前の老騎士を睨みつけるのが精一杯だった。
「――リズエスタよ」
その時、あたしの名前が呼ばれた。視線の先には、玉座に座る父上の姿があった。
父上はあたしを心配するのでもなく、神妙な顔で冷ややかに見下ろしていた。
「何か、申し開きすることはあるか?」
心配の言葉より先に、父上は短く言った。既に、あたしの状況は耳に入っているのだろう。
初陣で、部隊長に歯向かったわがままな王女。
あたしの評価は、そんなところだろう。
「……あたしのことは、どうご判断頂いても構いません」
あたしは取り繕うこともせずに言った。
「ですが、オイゲンや騎士たちは、罪もなき我が領民を襲い、略奪の限りを尽くしておりました。火を放ち、人を襲い、全てのものを奪う。このようなことは、決して許されてはなりません」
「ふむ」
父上はあたしの言葉を聞いて、一つ唸った。
「もしそれが本当であれば看過できぬ問題だが」
「本当です! 嘘ではありません!」
あたしは力の限り叫んだ。あたしの言うことを、父上ならわかってくれる。そう信じながら。
「それで、証拠はあるのか?」
「はいっ! あたしが見ました! この目でしっかりと!」
「ふむ。他ならぬ我が娘の言うことであれば信じてやりたいが、それでは公平ではない」
そう言った後、父上はあたしの隣に立つオイゲンに目を遣った。
「貴公はどう思う?」
「わたくしは、何も見ておりませぬ」
オイゲンは目を閉じながら、わざとらしく言った。
「もしそのような卑劣な行為があったとしたら言語道断ではありますが、わたくしは一切確認できておりませぬ。これは幸運にもと言った方がよろしいかもしれませぬが」
「あなたは……よくも白々しいことを言えたわね!」
「姫様は混乱されておられるようだ。姫様は他の者の功績をご自身のものにしようとして衝突され、わたくしが止めるのも聞かずに拳を振るわれたため、やむなく拘束致した。そういう次第だったではありませんか?」
「そんなこと……!」
「――他の者はどうか? 誰か、我が娘が言うような蛮行を目撃した者はいるか?」
あたしを遮って、父上が室内の騎士たちに問い掛ける。祈るような気持ちで周囲を見渡すも、騎士たちは首を横に振るばかりで、誰も発言しようとはしなかった。
暗い気持ちにうなだれかけたたところで、あたしは味方になってくれるかもしれない人物のことを思い出した。
「……そうよ、ルイは!? ルイはどこ!?」
あたしは立ち上がり、気の良い若い従者を探した。ほどなくして、一人の若者が列の奥から歩み出た。
「ルイっ! あなたは見たでしょう!? あの夜、あの場で何が起こったのかを!」
「……姫様……」
あたしの期待とは裏腹に、ルイの反応は薄かった。
そして、ふっと目を背けて言った。
「……申し訳ありません。わたしには何を仰られているのか……」
あたしは、目の前が真っ暗になったような気持ちだった。
ルイはあたしと同じ年で、仕えてくれるようになってから三年間、ずっと一緒に切磋琢磨してきた仲だ。
彼ならあたしのことをわかってくれる。そう、思っていたのに。
「これでわかっただろう、リズエスタよ」
愕然とするあたしに向かって、父上は冷たく言い放った。
「わしは何も、今回のことでお前を咎めたいわけではないのだ。初陣ともなれば誰しもが功に焦り、冷静な判断力を失ってしまうだろう。だからお前には今回の件を受け止め、しっかり反省して欲しいのだ」
「ですがっ! あたしは確かにこの目で!」
「リズエスタ! いい加減にしないか!」
「そうよ! あの村が襲われた跡は今でも残ってる! 現場を見れば父上だってわかって下さる!」
「姫様、なんとおいたわしきことか……」
あたしの耳に、またしてもわざとらしく悲しむ声が聞こえた。オイゲンだった。
「報告によれば、確かに昨夜、不幸にも賊に襲われた村があったと聞いております。姫様は強過ぎる責任感が故、その件が頭を惑わせ、想像と現実の区別が付かなくなってしまわれたのでしょう」
「うるさいうるさい! あたしは正気よ!」
未だにとぼけ続けるオイゲンを無視して、あたしはもう一度ルイに向き直る。
「ねえ、ルイ。お願い、もう一度思い出して。確かに見たはずよ。ボロボロの外套を着せられて、有無を言わさず火矢を放って、住人たちを殺して回ったのを」
あたしは懇願しながら、ルイに向かって歩み寄る。しかしルイはあたしから目を背けて、ただただ首を振るばかりだった。
その時、あたしはあることに気付き、ルイの右手首を掴んだ。ルイが驚いた表情を浮かべるのも構わず、あたしはその手を高く掲げさせた。
「……ねえ、これは何?」
あたしは低い声で、ルイを睨み付けた。ルイの右手人差し指には、きれいな指輪が光っていた。
「あたしが知る限り、昨日までこんなもの付けてなかったと思うのだけど?」
「そ、それは勘違いでございます。わ、わたしは……」
「それじゃあ、それはどこで買ったの? 値段はいくら? 買った時の店員は男性? それとも女性?」
「そ、それは……」
その反応で、あたしは全て理解した。同時に、心の底から熱いものが噴き上がってきた。
「あなた! 奪ったわね!?」
あたしは叫ぶと同時に、ルイの顔面を殴り付ける。ルイは鼻から血を吹き出しながら、後ろに倒れ込んだ。その隙を逃さずに馬乗りになり、もう一発、顔面に拳をお見舞いする。
「姫様!」
「おやめ下さい!」
周りの騎士たちが口々に何か言っているけど、あたしはもう自分を止められなかった。
裏切り者は、すぐ近くにもいたのだ。
「もう良い!」
背後から父上が怒鳴る声が聞こえた。同時に後頭部に強い衝撃走り、あたしはルイの身体の上で倒れ込んだ。殴られた箇所ではどくどくと脈を打つような感覚が広がっていた。
「リズエスタよ! お前がきちんと反省しているなら軽い謹慎で済ませようと思ったが、反省どころか虚言を並べ、挙句暴力に走るその姿勢、論外と言わざるを得ん!」
あたしは遠くなる意識の中で、父上の言葉を聞いた。
「お前は当分、離れの塔に幽閉とする! 反省するまで、当分そこで過ごすが良い!」




