過去編⑦ 戦い、その後に
ワーウルフとの戦いを終えたあたしたちは、身支度もそこそこに、すぐさま棲み処を発った。
目的の討伐は終わったのであとは凱旋するだけだった。しかし既に日は落ちており、王都までは半日ほどの距離があってさすがに遠い。普通に考えればどこかで野営をするはずなのだけど、隊長のオイゲン含め、誰もそのことに言及しなかった。あたしもさすがに多くの血が流れたすぐ近くで一晩過ごす気にはならなかったので、ワーウルフの棲み処から移動すること自体には文句はなかったけど、野営に都合が良さそうな場所は既にいくつも通り過ぎている。
軍隊の運営は机上で学んだ程度なので、ここまでは熟練のオイゲンに任せていたけど、さすがに気になってきた。
「ねえ、この部隊は今どこに向かっているの?」
あたしは我慢できず、隣を歩くオイゲンに声を掛けた。
「近隣の村でございます。もうまもなく到着するかと」
オイゲンは何でもないことのように答えた。周囲の騎士たちも特に気にしている様子はなく、行軍に慣れている者にはわかり切ったことなのかもしれない。
「こんな時間に、素直に入れてくれるものかしら?」
「心配には及ばないでしょう。近隣の治安を回復した我らを拒む者などおりません」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
「ともあれ、辺境での野営には相応の危険が伴います。我らはそこで体勢を整えた後、明日凱旋致します。姫様もお疲れでしょう?」
「あたしは大丈夫、と言いたいところだけど、さすがに少し疲れたわね」
「ご無理もございません。夜間の見張りは我らが行います故、姫様はごゆっくりお休み下され」
「ありがとう。そうさせてもらうわね」
オイゲンと言葉を交わした後で、ふとルイを見遣る。ルイは先程まではやや興奮した様子で口数も多かったけど、今はやや真面目な面持ちで、じっと前方を見据えている。口には出さないけど、ルイも疲れているのかもしれない。
そうこうしているうちに、一行の先にはかがり火が見えて来た。同時に、村を囲う木の防壁が目に入る。辺境の村は王都から遠く、魔物に襲撃された時も中央からの救援が間に合わないことが多いため、自前で何らかの守備戦力を有しているのが普通だ。とはいえ、その戦力はあくまで時間稼ぎが目的の最低限なものだ。現に目の前の防壁も薄い板が立てかけられた程度の簡素なものであり、村の命運を預けるには少々心許ない造りだった。
その時、オイゲンから全員に待ての号令がかかった。村とは目と鼻の先ではあるけど、入り口である門はまだ見えない。微妙なタイミングでの号令に、少し違和感を覚えた。
「姫様、ひとまずはこちらをお召し下され」
そう言ってオイゲンが差し出してきたのは、一着の外套だった。夜の暗闇に紛れるように真っ黒で、所々にほつれや穴も空いている、見るからにボロボロのものだった。
「……これは?」
「申し訳ありませぬ。姫様にこのようなみすぼらしい格好をさせるのは本意ではないのですが」
「それは気にしないんだけど、何の目的で?」
「住人を驚かせないようにするためです。ただでさえ、我々は目立ちますからな」
オイゲンの言葉の真意を、あたしはうまく図れなかった。あたしたちは王国の騎士団だ。村に立ち入るなら、むしろ目立つようにしていた方が良いのではないだろうか。
だけど、百戦錬磨のオイゲンが言うことなら間違いない。そう結論付けて、あたしはボロボロの外套を頭から被った。振り返ると、ルイを含めて全員、同じように外套を羽織っていた。
「特に姫様がおられるとわかれば大事になります。できるだけ、フードは深くお被り下され。それと、肩の紋章は決してお見せになりませんように」
「……?」
あたしは益々わからなくなって首を傾げたものの、オイゲンはただ一言「じきにおわかりになります」と言ったきり、それ以上は何も言わなかった。普段ならあたしがわからないことを耳打ちしてくれるルイも、この時は何も言わず、ただまっすぐ前を見ていた。
あたしの知らない何かが始まろうとしているのではないか。
そんな考えが頭をよぎり始めたその時、前方から大きな声が聞こえた。何度かの大声が響いた後、再び辺りは静寂に包まれた。
先行して入村の許可を貰いに行った騎士だろうか。ただ、それにしては少しばかり威圧的というか、有り体に言って乱暴な言葉遣いだったように思える。今回帯同している騎士たちは皆礼儀正しく、まるで賊のような粗雑な口調で話す者はいない。きっと、遠かったから聞き間違えたのだろう。
そう結論付けたところで、一人の騎士がオイゲンに駆け寄った。
「正門、閉ざされたままです。出迎えはありません」
「わかった。――やれ」
オイゲンが鋭く言うと、騎士は胸に手を当てて敬礼した後、反転して駆け出していった。それに合わせて、数名の騎士が後に続いた。
「……何が始まるの?」
「姫様もご準備下さい。出番はすぐにやって参ります」
オイゲンはあたしの質問に答えなかった。先程から、どうも様子がおかしい。オイゲンだけじゃない。ルイも、他の騎士たちも、みんな何かがおかしい。
前方に視線を戻すと、騎士たちは弓を取り出し、矢の先に布を巻き付けていた。布には、松明の明かりでもはっきりとわかるほど、何らかの液体が滴っていた。
あたしは、その光景を見たことがある。それもつい最近だ。
そう思ったのも束の間だった。
騎士たちは矢の先を松明の火に突っ込んだ。
そして、燃え盛る火の矢を大きく引き絞り、迷いなく放った。夜の闇を照らす真っ赤な炎は弧を描きながら、木の壁に突き刺さった。同時に、ぱちぱちという火花の音が聞こえてくる。
「何をしているの!?」
思わず叫ぶ。だけど騎士たちは一瞬だけあたしの方に目を遣ったものの、すぐさま第二射の準備を始めた。力ずくで止めようと足を踏み出したところで腕が強く掴まれる。振り向くと、オイゲンが真剣な顔であたしを睨んでいた。
あたしは、オイゲンがどうしてそんな顔をしていられるのかがわからなかった。
「やめなさい! あたしの声が聞こえないの!?」
力強く引き止めるオイゲンの手を払うのを諦めて、あたしは声を張り上げた。しかし、普段なら耳を傾けてくれる騎士たちの手が止まることはなかった。まるで、あたしだけ違う場所にいるみたいだった。
あたしが止めるのも聞かず、二射目の矢が放たれる。今度は全てが壁を超えて飛んだ。今頃、向こう側では火の手が上がっていることだろう。
頃合いと言わんばかりに、一人の騎士が燃える壁を蹴り始めた。何度か蹴っているうちに、経年と炎でボロボロになった壁はバキバキと音を立てて崩れていった。
村に入る入り口ができたことを確認した騎士は、振り返って叫んだ。
「行くぜぇ! お宝は俺たちのもんだぁ!」
おおよそ騎士とは思えないような、粗雑な言葉遣いだった。さらに、それに答えるのは「おう!」「はっはー!」といった、同じく乱暴な声だった。そしてその勢いのまま、騎士たちは剣を抜き、空いた隙間から中に殺到していく。先程までワーウルフに向けられた剣が、今は領民に向けられている。
これではまるで、盗賊だった。
「オイゲンっ! 彼らを止めてっ! すぐにやめさせてっ!」
あたしは未だ腕を掴んだまま離さないオイゲンに向かって懇願した。目の前で起きていることが信じられず、声には涙が混じった。
「姫様、どうか落ち着いて下され」
対照的に、オイゲンは静かな口調で、諭すように言った。
「これは、対価なのです」




