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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第九章【リズペット視点】
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過去編⑥ 訓練じゃない戦い

 ワーウルフの棲み処に到着する頃には、日は傾き、周囲は赤く染まり始めていた。森の中は木が林立しており、まだ陽は残っているのに薄暗かった。王都からの行軍でやや疲れはあったけど、襲撃をかけるにあたって暗闇を利用できるのは好都合だった。

 大木に身を隠しながら先を窺うと、灰色の毛をまとった獣人ワーウルフが大勢(たむろ)していた。数は事前の情報通り六十匹かそれ以上。背丈や肩幅の大きさは様々で、一見して子供のような小さな個体も見受けられる。ワーウルフは適応力に優れる種族ということもあって、かなり大規模な集落を築いているようだった。


「準備はいい?」

 

 あたしはオイゲンやルイ、騎士たちを振り返って言った。

 

「悪いけど、先陣は頂くわね? それじゃあ――」


「お待ち下され」

 

 突撃の号令をかけようとしたところで、オイゲンが待ったをかけた。

 

「数で勝る相手に飛び込むのは危険でございます。まして先陣は重要且つ危険な役割。姫様の御身を無闇に危険に晒すわけには参りません」

 

「……っ! ……敵は目の前なのよ? 今更怖気付いたの? それとも、あたしの実力が信用ならないのかしら?」


 あたしは叫びたくなる衝動を抑えつつ、小声で話した。まだ距離があるとはいえ、ワーウルフは耳が良い。ここで大声を上げてしまっては奴らに見つかってしまう恐れがある。そういうわけで、ぎりぎりで理性が勝った。

 

「そうではありません。もちろん姫様の実力は存じております。ですが、我々は数で負けております。ここは作戦を用いると致しましょう」


 一方、オイゲンは冷静な口調で淡々と述べた。

 

「まず、連中の棲み処の森に向かって火矢を放ちます。獣にとって火は天敵、連中の動揺を誘えるでしょう。それから全員で突入することで、確実に勝利を手にできるでしょう」

 

「火を放つの? それじゃあ、森が燃えてしまうわ」

 

「火事になる前に片を付ければよろしいのです。姫様と我ら騎士団の力があれば可能でしょう」

 

「けど、この森は近隣の住民も……いえ、指揮官はあなただったわね。命令には従うわ……」

 

「ご理解頂き感謝致します」


 あたしは内心思うところがありつつも、意思の固いオイゲンを説得するのは困難と判断して引き下がることにした。事態は刻一刻と変わっていく。ここで時間を使っていては、奴らに気付かれる可能性だってあるのだ。

 

「ご希望通り、一番手の栄光は姫様にお譲りしましょう。ですが、くれぐれもご無理はなさいませぬよう」

 

「……望むところよ」


 あたしは小さく頷いて、オイゲンを睨み返した。あたしの顔を見たオイゲンは、満足そうに頷いた。


「――では、各々準備を始めよ」


 オイゲンの号令と共に、騎士たちは一斉に動き始めた。火を起こし、薪を集め、火にくべる。無言のうちに役割分担が決定し、手際良く準備が進んでいく。ワーウルフは鼻も利くため、ここからは時間との勝負だ。

 まもなくして火が点くと、騎士たちは弓を取り出し、矢の先端に布を巻き付け、油を染み込ませる。それを火に近付けると、矢は煙を上げて燃え始めた。

 弓を持つ全員――舞台の半数、十五人ほど――が火の点いた矢を手にして、弓を引き絞った。

 これで、準備は全て完了した。


「――撃て!」


 オイゲンが叫ぶと同時に、矢は一斉に放たれた。ワーウルフたちの棲み処に狙いを定めた矢は大きな弧を描いて飛翔し、近くの木や草むらに突き刺さった。同時に火が燃え移り、周囲に焦げ臭い匂いを充満させていく。

 火が上がったところで、何匹かのワーウルフが遠吠えを上げた。その声色は焦りや動揺を含んでいるようにも聞こえ、実際ワーウルフたちは突然の事態になす術を持たず、右往左往するのみだった。

 その光景を見ていたあたしは、ゆっくりと剣を抜いた。ヴェルフォール家で代々受け継がれてきた宝剣で、今回の初陣を迎えるにあたって父上が持たせてくれたものだ。成人男性が扱う用の剣であるため少しだけ重さを感じるけど、あたしの手にも馴染む良い品だった。


「さあ行くわよ! 全員、あたしに続きなさい!」


 あたしは剣を頭上に掲げて叫んだ。周囲からおおっ、という掛け声が上がると、あたしは前方――ワーウルフの棲み処に向かって駆け出した。

 十八年間、待ちに待った瞬間だ。

 これは、訓練じゃない。

 あたしは前方で動揺している個体に狙いを定めた。


「はあああっ!!」


 あたしは掛け声と共に跳び上がり、落下の勢いを利用して剣を縦に振るった。剣はワーウルフの顔面に命中し、血飛沫と共に呻き声を上げながら倒れ込んだ。

 あたしは気分が高揚してくるのを抑えながら、次の獲物を探した。後続の騎士たちも続々と追い付き、各々の相手に斬りかかっていた。

 見回すと、前方の程近くに二人組のワーウルフが目に入った。逃げるでもなく立ち向かって来るでもなく、どうすればいいかわからず立ちすくんでいるようだった。一方は成体で、もう一方は腰ほどの背丈なので子供だろうか。

 あたしは狙いを定めて駆け出す。こちらに気付いた成体のワーウルフは雄叫びを上げ、こちらに敵意を剥き出しにしたきた。あたしという敵の存在が、敵に行動の理由を与えたのだろう。

 先に仕掛けたのはワーウルフだった。

 ワーウルフはこちらに向かって駆け出すと、その勢いで右手の爪を振り下ろして来た。ワーウルフの爪は鋭く、鉄をも切り裂くと言われる。まともに喰らってはただでは済まない。

 だけど、()()()()()()()()()()()()

 あたしは腕の軌道を見極めて後ろに跳ぶと、ワーウルフの腕は空を切る。その隙を見逃さず、伸び切った腕を斬りつけた。腕から鮮血が飛び散ると、ワーウルフは悶絶の声を上げた。その余韻に浸ることもなく、あたしはすぐさま両手で剣を構えると、勢い良く踏み込んで切っ先をワーウルフの胸の部分に突き刺した。返り血であたしの鎧を真っ赤に染めながら、ワーウルフは力無くその場にくずおれた。

 剣を引き抜いたところで、残っていたもう一匹のワーウルフの姿が目に入った。急な襲撃のためか、それとも目の前で仲間がやられたためか、小さなワーウルフは震えながら、一歩後退りをした。

 あたしは剣を構え直しながら、思わず奥歯を噛み締めた。目の前にいるワーウルフは明らかに子供だ。討伐の対象とはいえ、無闇に命を奪って良いものか。

 その時、背後から迫る気配に気付いた。慌てて振り向くと、別のワーウルフが雄叫びを上げながら、その腕を振り下ろそうとしているところだった。


「――っ!」


 あたしは驚きながら、咄嗟に後ろに身体を倒すと同時に、剣を前方に突き出した。運良く剣先はワーウルフの喉元に突き刺さり、大きく血を吹き出した後で倒れ込んだ。相手の爪はあと一歩、あたしには届かなかった。


「はぁ……はぁ……」


 あたしは急いで立ち上がる。戦いが始まってまだ間もないのに、汗は滲み、呼吸は乱れていた。これが、実戦なのだと実感する。


「姫様っ!」


 その時、あたしを呼ぶ声と共に、肉を切り裂く鈍い音が鳴った。振り返ると、従者のルイが大きく肩で息をしながら、あたしを心配そうに見ていた。


「ご無事ですか!? おケガは!?」


「……ありがとう。大丈夫よ」


 あたしは額の汗を拭いながら、なるべく心配させないように笑ってみせる。

 すぐ脇には、ルイが斬りつけた子供のワーウルフが血を流しながら倒れていた。

 周囲を窺うと、辺りにはワーウルフの死体がいくつも転がっていた。既に抵抗は散発的なものになっており、騎士たちもどうやら大きなケガを負った者はいないように見えた。

 戦闘は、既に終わりかけていた。


「リズエスタ様! 素晴らしいです!」


 ルイはやや興奮しながら言った。


「初陣でワーウルフを仕留めたのです! それも複数です! きっと国王様もお喜びになるでしょう!」


「……そうね」


 あたしが気のない返事をすると、ルイは訝しげに首を捻った。どうしてあたしが喜んでいないのか、疑問に思っているようだった。

 つくづく、あたしは()()()()と痛感させられた。

 訓練とは違う、命と命のやり取り。

 あの瞬間――子供のワーウルフを目の前にしたあの時、あたしは一瞬()()()()()()()()()()()()()()()

 あたしが今こうして立っていられるのは、単に運が良かったからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 そうしてまもなく、ワーウルフとの戦いは終わった。

 早期に決着したため、最初に放った火もさほど延焼することなく、すぐさま消し止められた。あたしはもちろん、ルイや騎士たちにもケガらしいケガはなく、全員が無事だった。戦いはあたしたちの勝利だ。

 だけど、あたしの心には何とも言い難い、深い霧のようなものがかかっていた。

 

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