過去編③ ヴェルフォールの姉妹たち
「お父様とどんな話をされたのですか?」
謁見の間を辞した後、廊下を歩いていたところで、妹のメリーに声を掛けられた。短く切り揃えられたブロンドの髪に、煌びやかなティアラが頭上に輝いている。あたしの白いドレスとは対照的に燃えるような真っ赤なドレスに身を包んでいた。本名はメリエール。ヴェルフォール家の次女で、今年で十五歳になる。
どうしてあたしが父上と話したことを知っているのか、少々意外に思っていると、メリーは「謁見の間に入っていかれる姿を見ましたので」と種明かしをしてくれた。
メリーの言葉を受けて、あたしは少し考える。基本的に妹たちには隠し事はしないのだけど、先程の話――王位の話はまだ正式には決まっていない話だろう。今はまだ拡散しない方が良い。
そう思ったあたしは、何でもないように笑ってみせた。
「別に。ちょっとした世間話よ」
「世間話? あのお父様が?」
あたしが言うと、メリーは訝しげに眉をひそめた。それから、どこか納得したような顔で言った。
「そうよね。姉さんはお父様のお気に入りだものね」
「そんなことはないわ。父上はあたしたちのことを平等に愛して下さっている」
「どうだか。少なくともわたしは、お父様に世間話でお呼ばれすることなんてないもの」
メリーは苦い顔をしながら、あたしの顔を見た。てっきり、姉妹全員が父上の長い話を聞かされているものばかりと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。それはそれで、あたしも少し言いたいことが出てくるのだけど。
「ねえ、実は大事な話をされたんじゃないの?」
「本当に何もないったら」
しつこく迫るメリーに、あたしは苦笑いを見せた。
「それに、本当に大事な話だったら、あたしの口からじゃなくてもそのうちお話があるはずよ」
「ふぅん。まあ、そういうことにしておいてあげるわ」
メリーはあまり納得したようには聞こえない、やや棘がある言葉を返した。最近、メリーと話すといつもこうなってしまう。何故かあたしに対抗意識を持っていて、事あるごとに突っかかってくる。
メリーには、あたしにない良いところがたくさんあるというのに。
「それで、姉さんはこの後は?」
「本当は少し訳あってルイを探したかったんだけど、せっかくこっちに来たから、ちょっとベルのところにも顔を出しておこうと思ってるわ」
「あら。随分と暇なのね」
「メリーが忙し過ぎるだけよ。あなたも、たまには妹に顔を見せてあげなさい」
あたしが言うと、メリーは露骨に苦い顔をした。
「そうは言っても、あんな引きこもりのために割く時間がもったいないんだもの」
「ベルは病気なんだから、そんなことを言うものではないわ」
「はいはい。姉さんは人間ができているんだものね」
メリーは投げやりに言った。メリーは勉学に秀でてとても頭が良い一方、こういう子供っぽいところがあった。昔はベルにも優しかったことを思い出すと、少し寂しい気持ちが湧いてくる。
「まあ? 姉さんがベルのこと気にかけてくれているからこそ、わたしは自分のことに集中できているのはあるから、その点では感謝しているわ」
「あら。メリーがあたしを褒めるなんて珍しいわね。でもありがとう」
「……もういい。わたしは忙しいから、もう行くわ」
そう言い残して、メリーは足早に去っていった。その背中からは、どこか苛立ちの感情が窺える。
また、今日もメリーを怒らせてしまった。
あたしは溜め息を吐いた後、踵を返して先を急いだ。
*
ベル――本名ベルヴェットはあたしより八つ年下の妹である。生まれつき身体の弱い彼女は、一日の大半を自室で過ごしている。残念ながら病気のことはあたしにはどうしようもないので、せめてあたしができることとして、できるだけ顔を見せるようにしている。
ドアをノックをすると、中から「どうぞっ」という声が返ってきた。部屋に入ると、ベッドの上で横になっていたベルが身体を起こし、花が咲くように笑った。
「あっ、リズ姉さん!」
「ベル。元気かしら?」
「うんっ! 今日は何だか体調がとても良いのっ!」
そう言って、ベルはベッドから飛び降り、その場でくるりと回ってみせる。腰まで届くブロンドの髪と、ワンピース型の寝間着の裾がひらりと舞った。
「はいはい。わかったから、ちゃんと寝てなさいね?」
「はーい」
渋々、といった表情で、ベルはベッドの上に戻った。
「それで、リズ姉さんはあたしに何か用?」
「妹の顔を見るのに用事が必要かしら?」
「そうなんだ! 嬉しいっ! でも……」
ベルは満面の笑みを浮かべた後、少し暗い顔をした。
「あたしに用もなく会いに来てくれるの、リズ姉さんぐらいだから……」
「さっきメリーにも話はしておいたけど、あの子はあの子で忙しそうなのよね」
「うん。そうだと思う。それに、メリー姉さんはたぶんあたしのこと嫌いだから……」
「そういうことを言うものではないわ。妹のことがかわいくない姉なんていないもの」
「そう……だったらいいなぁ……」
ベルは不安げな表情を浮かべる。気分を変えてあげるため、あたしは話題を変える。
その後は他愛もない話をした。訓練のこと。中庭に咲いた花のこと。それに、あたしがレッスンをサボったのが父上にバレたこと。そのどれもを、ベルは楽しそうに、且つ興味深そうに聞いてくれていた。
「……リズ姉さん」
そろそろ良い時間かと思い始めていたところで、ベルが少し真面目な顔になって言った。
「どうしたの?」
「もしかして、何か悩んでることある?」
「……どうしたの、急に?」
「いや、何となくだけど、今日のリズ姉さん、いつもより少し暗い気がしたから……」
あたしとしてはいつも通りに振る舞ってみせていたつもりだったけど、さすがに妹の目は誤魔化せなかったか。
あたしは少し悩んだ後で、口を開いた。
「もし、たとえばの話だけど、ベルは王様になれるとしたら、なりたいと思う?」
「王様かぁ……どうだろう。あんまりなりたくないかな?」
ベルはあまり悩む様子もなく、あっさりと答えた。
「どうして? みんなに自慢したり、きれいなドレスを着たりできるのよ?」
「うーん。どっちもあんまりかなぁ。それにあたし、自分が上に立つより、誰かを支える方が好きだから」
ベルのまっすぐな回答に、あたしは思わず感心してしまった。自室で他の人がしているはずの経験を積めていないはずなのに、あたしの小さな妹はこんなにもしっかりとした自分の意思を持っている。
それに引き換え、あたしは駄目な姉だ。
父上に大きな期待を掛けられている今でさえ、その立場の重さに尻込みしてしまっているのだから。
「その話だと、リズ姉さんはいい王様になれると思うよ!」
「……そうかしら?」
「うんっ! だって、リズ姉さんは優しいからっ!」
「ベル。優しいだけじゃ王様は務まらないのよ?」
「それでも、優しくないとみんな付いてきてくれないでしょ?」
「……ありがとう。でも、あたしには似合わないわ」
あたしはにべもなく言ってしまった後で、少し言い方が冷たかったかと後悔した。だけど、ベルは気にした様子もなく、「そっかぁ」と無邪気に笑った。
それから、残念そうに言うベルの無邪気な顔を、あたしは直視できなかった。
「リズ姉さんが王様になったら、この国はもっと良くなると思うんだけどなぁ」
その後、あたしはいくつか言葉をやり取りした後、ベルの部屋を後にした。また近いうちに来る約束を交わして。
だけど、その約束が果たされる頃にはもう少し状況が動いているかもしれない。もしかしたら、あたしは違う立場でベルと接しなければならないかもしれない。
あたしは、国王になんてなりたくない。
王位なんて、頭の良いメリーが継げば良い。
あたしは、あたしが信じる正義のために、この剣を振るえればそれでいいのだから。




