過去編② 謁見の間
訓練を終え、白いドレスに着替えたあたしは、国王、つまり父上との謁見に臨んでいた。
玉座のある部屋を警備する兵士に向かって軽く会釈をすると、兵士は深々と一礼した後、その扉を開いてくれた。
謁見の間はやや縦長な部屋で、入り口から奥に向かってまっすぐ、赤い絨毯が敷かれていた。その先には荘厳な装飾が施された玉座が置かれ、そこには一人の人物が堂々とした様子で腰を掛けていた。
レオン・ド・ヴェルフォール。ヴェルフォール王国の現国王にして、あたしの父。
既に五十歳を迎えて老年の域に入っている。かつては鮮やかな金色だった髪もすっかり白くなり、顔の皺も多くなっているけれど、全く衰えることなく意欲的に政務をこなし、未だに戦場の最前線にも立ち続けている。自慢の父親であり、憧れの存在でもあった。
あたしは静かな足取りで歩み寄り、玉座から数メートルというところで止まり、スカートの裾を持ち上げながら頭を下げた。
「陛下の召喚に応じまして、リズエスタ、ただ今参上致しました」
「うむ。面を上げよ」
あたしが顔を上げると、父上は玉座に腰を下ろしながら、ぎろりとした目つきであたしを見下ろしていた。その視線は、目の前の人間を推し量っているようにも思えて、娘のあたしですらいつも緊張してしまう。
その時、父上はふっと口元を緩めた。
「リズエスタよ。お前、またダンスのレッスンを抜け出したそうだな。これで何回目だ?」
「そっ、それは……!」
思いも寄らぬ指摘に、思わず目が泳いだ。咄嗟に何か言い訳を探したものの、急なことで何も言葉が出て来ない。父上は子供たちの教育方針にあまり口を出さないので、これまではたまにサボっても父上の耳に入ることはなかった。
一体どこから漏れたのか。痺れを切らした教師陣からだろうか。それとも見かねたルイ――あたしの従者が報告したのかもしれない。彼は素直だけど、真面目過ぎるきらいがあるのが玉に瑕だった。
「はっはっは! そう慌てずとも良い!」
あたしが動揺していると、父上はおかしそうに高笑いをした。
「お前が怠けているのではなく、訓練場に入り浸っていることは知っておる。それに、お前がダンスも勉学も一切手を抜いておらんことは教師陣からも報告を受けておるよ。やることをやっている前提であれば、多少のわがままには目を瞑ろう」
「そ、そうですか……陛下もお人が悪い……」
あたしは背筋に冷たいものが走るのを感じながら、精一杯の笑顔を作っていた。お咎めがなかったことは幸いだけど、あたしをこんな目に遭わせた人間には後で相応の報いを与えてあげないといけない。あたしはお腹の前で両手を組みながら、握る手の力を強くした。
「……それで、陛下」
ひとまず、あたしは話題を変えることにした。これ以上、この話をしていてもボロが出るだけだ。
「お呼びになった理由は何でしょうか? 何やらお話があると伺っておりますけど……」
「おっと、そうだったな。リズエスタよ。今いくつになった?」
「十八でございます。陛下」
「早いものだな。もう立派な大人ではないか」
――まあ、年長者からはそう見えるわよね。
あたしは気付かれないように、内心で毒づいた。あたしからすると、十八になって成人するまでの時間は相当長く感じた。毎日行われる王族としての教育は退屈で無限に続くように思えたし、実力には自信があるのに、未成年ということで戦場にも出してもらえなかった。また、訓練試合では小娘だということで侮られたこともあった。もちろん、そういったふざけた人間は全員実力で叩き伏せてきたのだけど。
「今日呼んだのは、お前も大人になったからには、そろそろこの国の置かれている現状について話しておこうと思ってな」
密かに奥歯を噛みしめていたところで、父上は静かに話し始める。
「まず、わしももう五十だ。いい加減、次の王を決めなければならぬ」
「そんな……陛下はまだまだ壮健にございます」
「わかっておる。あくまで一般論の話だ。わしとて、まだまだくたばるつもりはないからな」
そう言って、父上はがっはっはと大きな声で笑う。それに合わせてあたしも笑顔を浮かべるけれど、年長者のもうすぐ死ぬ話ほど若者が扱いにくい話はないと思う。
「それで、お前に問うが、我が国の継承法はどのようになっておる?」
「はい。我が国では王位を継げるのは男子のみ。継承法では、そのように定められております」
「そうだ。だが、わしの子供はお前を含めて三人、全員女子となっている。この場合はどうなる?」
「現状ですと、妹のメリエールに婚約者がおりますので、その方が王位に就くことになります」
「うむ、その通りだ。よく学習しておるな」
父上は満足そうに頷く。
「だがメリエールの婚約者、フレデリック殿は遠方のアインラッド共和国の貴族、グリーンランド卿のご子息である。つまり、今わしに何かあれば、王位は遠い国の外国の者が継ぐことになる。だが、わしはそれを良しとしない」
その言葉を告げた時、父上の眼光が一瞬鋭くなったのが見えた。玉座の横に離れて立つ宰相もやや驚いたような表情をしている。おそらく腹案として、ずっと温めていた話なのだろう。
「我がヴェルフォール王国の国王は、我らヴェルフォールの家系から輩出されるべきである。婚約者殿には申し訳ないが、遠い国の外国の者に王冠を授けるのは、わしのみならず、これまで血統を守ってきた先代たちの意に反するものである。……そうは、思わぬか?」
「……申し訳ありません。陛下のお言葉には同意したいのですが、あた、私には難しい話で……」
「正直だな。だが、お前はそれで良い。少なくとも今は、な」
父上は失望した様子もなく、やや含みを持たせるように言った。
「単刀直入に言おう。わしはな、リズエスタ、お前に王位を継がせたいと思っている」
「えっ!?」
あたしは思わず声が裏返ってしまった。言葉の内容と、自分でも変な声が出てしまったことに二重で動揺してしまい、あたしは咄嗟に「も、申し訳ありません……」と小さく呟くので精一杯だった。
「何をそんなに驚く必要がある?」
あたしの反応を見て、父上は口角を上げてふっと笑った。
「お前は姉妹の中でも最年長だ。これまで文武両面において、きちんと王族の役目を果たしてきている。そして何より、お前は勇敢だ。王国を統べる者は、いざとなったら自身が先頭に立ち、国と領民を守らなければならない。その点において、お前以外に適任がいようか」
「し、しかし……あ、いや、身に余る光栄を賜ったのは大変嬉しく思うのですけど……あた、私はつい先日成人したばかりの若輩者故、その、何と申しますか……」
「ふむ。実感が湧かぬか」
「はい……仰る通りでございます……」
「無理もあるまい。だがそう心配しなくとも良い。何も明日から王位に就けと言っているわけではないのだ。お前はまだ若い。今後はいずれ王位に就くことを念頭に、一層精進するが良い」
「は、はい。承知致しました……」
「よろしい。話は以上だ。――下がって良いぞ」
父上の許しを得て、あたしは深々と頭を下げ、謁見の間を後にした。
いつもの謁見のはずだったのに最後にとんでもないことを言われ、あたしは頭がどうにかなりそうだった。




