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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第九章【リズペット視点】
140/151

過去編① 王女リズエスタ

――あれは、あたしが冒険者になる前。今から七年前の、十八歳になったばかりのことだ。


 リズエスタ・ド・ヴェルフォール。それが()()のあたしの名前だった。

 その時のあたしは、自分の剣術を磨くに夢中で、この世界のことを何もわかっていなかった。



     *


 

 あたしは時間ができると、よく城の地下にある訓練場によく足を運んだ。周りの者は「女性らしくない」「せっかくのお綺麗な肌が台無しだ」などと眉をひそめていたけど、戦いの中でしか味わえないひりついた空気と汗の臭いがあたしは好きだった。

 あたしは切れ味を殺した訓練用の剣を振るっていた。あたしに相対するのはテオドール。王国所属の騎士で、あたしの剣の師匠だ。小さい頃から、あたしはずっとテオドールに稽古を付けてもらっていた。見た目こそボサボサの短髪に無精ひげと冴えない男だけど、剣の腕は人に教えるのも自ら振るうのも一級品で、他の騎士からも慕われているようだった。

 あたしが必死に繰り出す斬撃を、テオドールはいとも容易(たやす)く受け流していく。力はさほど込められてなさそうなのに、あたしの剣は簡単に狙いを外されていく。その表情には、未だに余裕が見られた。

 だけど、その余裕も今日までだ。

 

「はあっ!」


 あたしは剣を側頭部に構え、一つ気合を入れた。そして、剣を突き出した姿勢のまま駆け出した。その瞬間、テオドールは訝しげに眉を寄せたものの、あたしに対し、右手の剣を突き出した半身の姿勢を取った。いつも通り、あたしの攻撃を受け流し、隙ができたところを叩く、いつもの戦法だ。

 テオドールの構えに向かって、あたしは構わず突撃する。狙いは相手の懐。一撃目は敢えて受け流させて、体勢を保ちつつすぐさまもう一撃を与える作戦だ。

 あたしはテオドールに向かって、速度を付けつつもやや加減した突きを放った。テオドールはその剣を余裕の表情で受け流す……はずだった。


 一瞬、テオドールがにやりと笑った気がした。


 テオドールはあたしの剣を弾くことなく、自身の剣で受け止めた。がりがり、と鉄同士がぶつかり合う鍔迫り合いの格好になる。

 しまった、と思った時にはもう遅かった。

 テオドールが思い切り剣を押し込むと、あたしはバランスを崩した。力の押し合いではテオドールには勝てない。まして、あたしのは最初から囮狙いの、腰が入っていない剣だ。当然、一方的に押し込まれ、あたしは後ずさる一方となる。

 そして、テオドールが剣を振り抜くと、あたしの手から剣が飛ぶ。その衝撃で足がもつれ、そのまま尻餅をついて倒れ込んだ。痛みを堪えながら飛んでいった剣の行方を探そうとしたところで、目の前に剣が突きつけられた。

 

「勝負あり、でございますな」

 

「……っ! 参り、ましたっ……!」


 あたしは奥歯を噛み締めながら、降参の言葉を口にした。これで何回目の勝負であり、そして何回目の敗北かは途中で数えるのをやめてしまった。

 あたしは、テオドールに一度も勝ったことがない。

 

「見事な戦いでしたぞ。()()


 テオドールは剣を下ろすと、反対の手を差し伸べながら見え見えの賛辞を口にした。あれだけやって汗一つかいていないのが腹立たしい。

 

「ふん! どこが見事なものよ!」


 あたしは差し出された手を乱暴に払いのけながら立ち上がり、お尻に付いた砂を払った。

 

「いくら見事でも、負けちゃ意味ないのよ!」

 

「はっはっは! 姫様は欲深きお方でございますなぁ!」

 

「だからっ! 訓練中は姫って呼ぶなと言ってるでしょう!?」

 

「おっと、これは失敬! ではリズ様、よくよくお考え下され」


 テオドールは訓練場に響き渡る大声で笑った。

 

「わたくしとて、生まれてこのかた剣の訓練ばかり積んで参ったのです。齢四十にも至ろうかという者が、十八の小娘にあっさり追い越されたとあっては、わたくしの立場がありませぬ」

 

「あんたの立場なんかどうでもいいのっ!」


 あたしは感情が抑え切れず、地団駄を踏んだ。

 

「テオドールはあたしより年寄りなんだから、あたしより先に衰えて、あたしより先に死んじゃうじゃない! 衰えたテオドールに勝っても意味ないのよ!」

 

「嬉しいことを言ってくれるではありませんか!」


 テオドールは再び、大声で笑った。

 

「だが心配はございませぬ! このテオドール、姫様が成長なさるまでは決して()()()()は致しません! どうか安心して、このわたくしをお超えになるがよろしかろう!」

 

「何で自分が超えられて、そんなに嬉しいのよ……」

 

「む? これは異なことを仰いますな?」

 

 テオドールは意外そうに首を捻りながら言った。

 

「わたくしはリズ様が初めて剣を握った時から存じ上げておるのです。僭越ながら、独り身のわたくしは娘のようなものだと思っておりますぞ。この世のどこに、娘の成長を願わない親がおりましょうか?」

 

「テオドールの娘ねぇ。なんか暑苦しそうね!」

 

「違いませぬ。はっはっは!」


 またしてもでかい声で笑うテオドールを尻目に、その仮定の話が、それ程悪くないかもしれないと思ってしまった。

 もしあたしがテオドールの娘だったら、あたしはもっと強くなれたのに。

 姫という立場は、やることが多過ぎる。

 

「まあ、焦ることはございませぬ。リズ様は先日成人され、まもなく戦場にも立つことになるでしょう。そうした経験が、必ずやリズ様の血肉となりましょうぞ」

 

「ふん、だと良いのだけどね。お父様は過保護だから、なかなかあたしを戦いに出してくれないんだもの」

 

「ご心配なさらずとも、リズ様はいずれ王位を継ぐかもしれないお方。そう遠くない日に機会は訪れるでしょう。ですが……」


 そこまで言うと、テオドールは少し真面目な顔になって言った。

 

「惜しむらくは、わたくしがリズ様の下で戦うことが叶わないことですな。わたくしは所詮、兵や騎士の訓練を司るだけの身であります故」

 

「……ねえ、前から聞こうと思ってたんだけど、テオドールはどうして――」

 

「姫様! リズエスタ姫様! やはりこちらにいらっしゃいましたか!」


 背後からあたしの名前を叫ぶ声が聞こえる。振り返ると、小綺麗な衣装を身にまとった、若い男がこちらに向かって走っていた。あたしの従者をしてくれている騎士のルイだ。


「あら。ルイじゃない。どうかしたの?」


「どうかしたの、ではございません! 姫様、またダンスのレッスンを反故になさいましたね!」


「別にいいじゃない。やる時はやってるんだし」


「剣術同様、ダンスも日々の積み重ねなのです! たまにやれば良いというものではございません!」

 

 ルイは口を尖らせながらぷりぷりと怒っていた。おそらく、あたしに代わって彼が教師たちの怒りを引き受けたのだろう。いつものことながら、少しだけ申し訳なさもあった。


「あー、ごめんなさい。悪かったわよ。今度は出るから。それで、何の用?」


「そう仰られて、次回出られた試しがないのですが……まあ良いです」


 そう言って、ルイは一つ息を吐いて、改めてあたしに向き直った。


「姫様。国王様がお呼びです」


「お父様が? ……わかった。着替えたら向かうわ」


 あたしが応じると、ルイは「かしこまりました」と一礼して、走り去っていった。ルイはあたしと違って滅多に訓練場には立ち寄らない。もちろん騎士として一通りの訓練は受けているけど、騎士の()()はそこではないと思っているのだろう。

 ルイはあたしと同じ歳だけど、それでも性格は真逆だった。


「……そういうわけだから」


 あたしは背筋を伸ばしていたテオドールに向き直った。


「不本意だけど、今日はあなたの勝ちにしておいてあげるわ。また教えて頂戴」


「もちろん。いつでもお待ちしておりますぞ。……それはそうと、()()


 テオドールは腕を組み、にやりと笑った。もう訓練は終わったからと言いたいのだろうか。どこまでも腹立たしい男だ。

 

「最近、王都の周りでも魔物が出没し、領民が襲われているという話も耳にします。もしかしたらその話やもしれませぬ」


「……口惜しいわね」


 あたしは思わず奥歯を噛んだ。通常、魔物は人間の住む場所ではそうそう出現しない。それが出没しているということは、治安維持に手が回っていないということである。まして、あたしたちの膝元である王都でそのような事態に陥っているのは、もはや王国に対する侮辱ですらあった。


「ええ。我々の手が回らない分、冒険者たちにも声を掛けているのですが……」


「冒険者?」


 あたしが首を捻ると、テオドールは冒険者と呼ばれる職業に就く者たちについて教えてくれた。

 曰く、特定の国家や都市に所属することなく、「依頼」という形で魔物討伐をはじめ、様々なことをこなす「何でも屋」なんだとか。


「冒険者の中には、小規模な国家の軍隊に匹敵する力を持つ者たちもいるんだとか。ここ数年で特に勢力を伸ばしており、我ら王国にとっても無視できない存在になっているという話です」


「ふーん。でもお金で動くってことは、つまり傭兵なのよね?」


 あたしが言うと、テオドールは否定も肯定もせず、何とも微妙な顔で苦笑いをした。


「彼らが人々の役に立っていることは否定しないけど、所詮は金で動く()でしょう? そんな奴らに、あたしたちの代わりは務まらないわ」


「……ははっ、違いませぬ」


「まあいいわ。教えてくれてありがとう。それじゃあね」


 そう言って、あたしは踵を返し、駆け足で訓練場を後にした。

 あたしの頭は既に、お父様にどんな長ったらしい話をされるかで一杯だった。

 

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