決戦、ドレイクドラゴン③
目を覚ますと、抜けるような青空が広がっていた。
一瞬だけ、のどかな昼寝の途中だったかと錯覚しそうになったが、全身を襲う痛みが頭を現実に引き戻した。
身体を起こそうと左手に力を入れたところで、左腕に強い激痛が走る。
「——っ!」
思わず声が漏れながらも、咄嗟に反対の手で身体を支えて何とか堪える。地面に触れた手には柔らかい土の感触があった。
周囲を見渡しながら、頭の中で状況を整理する。
あの時、ドレイクドラゴンの攻撃で地面が割れたのが見えた。
その後のことはあまり記憶が無いが、おそらく崖が崩れてそのまま落下したのだろう。
周囲は切り立った崖に囲まれており、かなり広い平地になっていた。頭上を見上げても崩れた箇所が見えなかったので、かなり深くまで落ちたことが窺える。
ひとまず、無事にいられたのは幸運だったと思う。
ふとリズの安否が気になったが、私がもう一体を引き付けたことで一対一の状況が作れているはずだった。それなら私の支援がなくても負けはしないだろう。
心配するべきは、むしろ私自身の方だ。
近くの岩に手をかけながら、両足に力を込めて立ち上がる。動くたびに全身、特に左腕から軋むような痛みが上がった。落下した衝撃で骨にひびが入ったのかもしれない。
状況はあまり芳しくない。今のところ一緒に落下したであろうドレイクドラゴンの姿は見えないが、いつまた遭遇するかわからないし、そうでなくともここは元々魔物が跋扈する危険地帯だ。一方こちらは手負いの状態で、おまけに手の届く範囲に武器としていた槍が見当たらない。まあ、左腕が使い物にならない現状、両手用の槍はどの道役に立たなかったと思うが。
まずは何とかして元の場所に戻らないといけない。
そう考えながら一歩目を踏み出したところで、聞き覚えのある咆哮が辺りに響き渡った。
そしてそれは、今もっとも聞きたくないものだった。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
反射的に、近くの岩陰に身を隠した。岩越しに様子を窺うと、遠くからドレイクドラゴンが土煙を上げながらゆっくりとこちらに向かって歩いていた。所々に出血の後が見られることから、一緒に落下した個体で間違いない。
状況は最悪だった。
まだこちらの位置までは気付かれていないようだが、その嗅覚でこの周辺にいることはおそらくバレている。ここまでの戦いと落下でかなりのダメージを受けているようだが、それはこちらも同じ。逃げるにしても、今の状態で逃げ切れるかは甚だ疑問だ。
選択肢はあまり残されていなかった。
私は腰に手をやり、唯一の武器に手をかける。
——カノンのことだから、「自決用です」なんて言うのかと思ったわ。
リズの言葉を思い出して、思わず苦笑する。
「リズ様は、何もわかっていない」
私は、生き汚い人間だ。
このまま何もせず、ただ死を待つなんてありえない。
まして、自ら命を絶つなんて選択肢は言語道断だ。
——どうせなら、最後まで足掻いてやる。
私は岩陰から勢い良く飛び出し、腰のナイフを引き抜いた。同時に、こちらに気付いたドレイクドラゴンが雄叫びを上げる。
「教団」の修道士は言わば戦闘部隊であり、その中で優秀だと認められた上位十二名には「ナンバーズ」の称号が与えられる。また、ナンバーズには「教団」から専用の武器が支給され、いずれも一般には流通しない特別製となっている。
普段使っている槍もそうだが、このナイフも同様だ。
そして、それらは特別製というだけあって、持ち主の能力、特にスキルの効果を最大限増幅させる効果を持っていた。
私は右手のナイフを逆手に持ち替え、姿勢を落とした。
チャンスは一度切りだ。それ以上は、自分の身体が持たない。
意を決して、駆け出す。視線の先には怒り狂うドレイクドラゴンの巨体があった。私は走る足を止めない。
相手は向こうの射程に入るや否や、その大きな前足を振り下ろした。
それを最小限の動きでかわし、地面を大きく抉った腕に足をかける。
自分の肩幅ほどもある腕を一足飛びで昇り、肩まで到達したところで大きく飛び上がった。
そして、無防備となった首に目掛けて。
——渾身の力を込めて、右手のナイフを振り下ろした。
大量の血しぶきと共に、ドレイクドラゴンは悲鳴のような雄叫びを上げた。
次の瞬間、私は地面に投げ出された。落下した衝撃で、持っていたナイフも取り落とす。
まだ戦いは終わっていない。何とか身体を起こそうとするも、手に力が入らずなかなかうまくいかない。
ドレイクドラゴンは、未だに健在だった。
先程の一撃は、ドレイクドラゴンの首を斬り落とす予定のものだった。だが、失敗した。
——万策尽きる。
一瞬その言葉が浮かぶが、すぐに否定する。
相手も相当弱っている。その証拠に、目の前で無防備を晒している私を踏み潰すことなく、痛みに悶えている。
この隙にナイフを拾い上げ、もう一撃を叩き込む。それができなければ、逃げ回りながらリズの助けを待つ。
私は地を這いながら落としたナイフを拾うと、ゆっくり立ち上がった。
——生き残るためなら、何だってしてやる。
そう思いながらナイフを構えた、その刹那だった。
眼前に立ちはだかるドレイクドラゴンの首が、大きな音を立てて地面に落下した。




