対決、レミリア③
昨夜も聞いた鐘の音が響いていた。その音に、レミリアは明らかに動揺して動きを止めていた。
あたしはすかさず、目の前で棒立ちになったレミリアに向かって剣を振り下ろす。レミリアは忌々しそうにあたしを見た後、後方に跳んで距離を取った。
「誰ね!? 誰が鳴らしてるね!?」
動揺を露わにしながら、レミリアは叫んだ。当然、その答えを返せる者はここにはいない。レミリアもわかっているはずだけど、それでも口に出さずにはいられなかったのだろう。
「……なあ、」
「……行かせないわよ?」
レミリアが話そうとしたのを制して言った。
「この戦いはどちらかが死ぬか、降参するまで続ける。そういう話だったはずよ。まだ、戦いは終わっていない」
「こんな戦いに何の意味があるね!?」
レミリアはまるで正気に戻ったかのように言った。先程までの血に飢えた化け物の姿はなく、そこにあるのは責任感に溢れる村の長の姿だった。
「井楼の鐘は村の緊急事態ね! あーしにとって村のことは何よりも優先されるね! 鐘が鳴った以上、ここでこれ以上遊んでいるわけにはいかないね!」
「それはあなたの事情でしょう? そんなに行きたいのなら、あたしを殺してからにしなさい」
「……それなら、あーしが降参するね! お前の勝ちね!」
「却下よ。化け物を殺せるチャンスが目の前にあるのに、みすみす見逃すだなんてあり得ない」
「……っ! お前はどこまで死にたがるね!?」
レミリアは苛立ちを隠さなかった。舌打ちをしながら、あたしをじろりと睨みつけている。
「そんなに死にたいのなら望み通りにしてやるね! 死んでから後悔しても知らんね!」
「ごちゃごちゃとうるさいわね! さっさと来なさい!」
「この強情張りが!」
レミリアは叫んだ後、あたしに向かって一直線に駆け出した。作戦も何もない、ただ「相手を早く倒す」というだけの行動である。あたしはもう失ってしまった感情だけど、余程この村が大切なのだろう。
あたしは剣を側頭部に構えた。まともに戦えば勝ち目はないけど、そうやって決着を急いでくれるならまだ勝機はある。
――相打ちは、あたしの勝ちだ。
意を決して、あたしは一歩を踏み出した。全ての神経を目の前の化け物に向ける。次の一撃で、全てが終わる。
――カノン、ごめんなさい。
心の中で呟いた、ちょうどその時だった。
「二人とも、そこまでだ!!」
あたしの横から、パンパンと手を叩く音と共に、叫ぶような声が聞こえた。レミリアも意外だったのか、足を止めて声の先を見ている。その隙を、今度は突くことができなかった。
視線の先では、ノアが神妙な面持ちで木々の間から姿を現しているところだった。
「鐘の音は聞こえただろう! 決着は付いた! この戦い、レミリアの勝ちだ!」
「ふざけないで! あたしはまだ!」
「ふざけているのはキミの方だ! ……今は、こんなことをしている場合じゃない!」
あたしを遮って、ノアはレミリアに向き直った。
「レミリア! キミはこれ以上、戦いを続ける意思があるか!」
「……いや、ないね。あーしは村の方が心配ね。この場から解放してくれるなら、勝ち負けはどっちでもいいね。あーしは、既に降参の意思は示したね」
「わかった! それなら今は答えを返せる状態にないリズペットに代わって、ギルドマスターとしてボクが回答する! この決闘の立会人の立場から、その降参を受け入れる!」
「ノア! 何を勝手なことを!」
「さあ行くんだ! こっちの後始末はボクに任せろ!」
「わかったね。……恩に着るね」
そう言い残して、レミリアは踵を返して走っていった。
あたしの決着を、着けないまま。
あたしは思わず両手を強く握り締めた。力を入れ過ぎて、腕がわなわなと震えた。
「……ノア! どういうつもりよ!」
あたしは、行き場のない気持ちをノアにぶつけた。そうするしか、できなかった。
「……どういうつもりも何も」
ノアは先程までとは一変して、落ち着き払ったように言った。
「ボクが止めなきゃ、キミは死んでいた。そのことを、逆に感謝して欲しいくらいさ」
「……っ! あたしはそんなこと望んでないっ!」
「わがまま言うのも大概にしろよ!」
豹変したかのように、ノアは叫んだ。怒りに満ちた形相で、あたしを見ていた。
「キミはそれで満足なのかもしれないけど、残されたボクらはどうしたら良い!? キミに死んで欲しくないと思うボクらの気持ちはどうなる! そして、何より――」
ノアは一気にまくし立てる。その目には、薄っすらと涙が光っていた。
「――ボクは、キミの死をカノンに何て言って伝えれば良いんだよ!?」
「――っ!」
ノアの口からカノンの名前を聞いた瞬間、あたしは手に力が入らなくなり、持っていた剣を取り落とした。
そして、目の前がくらくらとして足元が覚束なくなり、思わずその場に座り込んだ。
あたしは、カノンとの約束を違えようとしていた。
ずっと傍にいると。カノンが嫌だと言っても手放さないと。
あたしは、とんだ嘘吐きだった。
「……あたしのこと、馬鹿な女だと思うかしら?」
うなだれながら、誰に向けてとも言えない言葉を呟いた。目の前には、あたしの前まで歩み寄っていたノアが見下ろすように立っていた。
「……どうだかね。ある意味、キミらしいとは思うけどね」
「いつから、そこにいたの?」
「最初から、さ」
ノアはあたしの質問に淡々と答える。
「キミがボクに黙って家を抜け出したところから、ずっとつけさせてもらったよ。井楼の鐘は、アイラに鳴らしてもらった。ボクが言っても、キミたちは戦いをやめないと思ったから」
「そうなると、緊急事態というのは?」
「いや、そっちはそっちで本当なんだけど、今のキミが気にすることじゃない」
何でもないことのように言うと、ノアは右手を差し出した。
「とにかく、こういう無茶はこれっきりにしてくれ。キミにもしものことがあったら、ボクはカノンに顔向けができない」
あたしは、目の前に差し出された手と苦笑したノアの顔を見比べた。すると急におかしくなって、ふっと笑いながらその手を取った。そしてノアに引き起こしてもらいながら立ち上がった。
「……あなたって、意外と義理堅いのね?」
「失礼だな。ボクはいつだって義理と人情に溢れているよ?」
「何よ、それ」
あたしは吹き出しつつ、地面に転がった剣を拾い上げ、鞘に戻した。
「歩けるかい?」
「問題ないわ。……それと、ノア」
「ん、何だい?」
「……ありがとう。一応、お礼は言っておくわ」
あたしの言葉に、ノアは意外そうに目を丸くした。あたしがそんなことを言うとは思わなかったのだろう。まったく失礼な子だ。
「……どういたしまして。まったく、お姉ちゃんは世話が焼けるんだから」
「いつまで続けるのよ、その設定」
ノアが笑ったのに釣られて、あたしも笑ってしまった。
とりあえず、今回の件はノアに貸しができた。
「ところで――」
あたしは帰路を歩きながら、ノアに声を掛ける。
「さっき、緊急事態の方も本当だって言ってたけど、あっちは何が起きたの?」
「……キミが、この後変に首を突っ込まずに、大人しく休んでくれると信じて話すけど」
そう前置いて、ノアはその緊急事態について話し始めた。
「昨日、村を訪れた王国の騎士団長、覚えているかい?」
「ええ、何とかバーグって言ったかしら」
「アウスバーグだよ。その彼が、また村に来たんだ」
「……昨日の今日で、随分気が早いのね」
「キミに言われちゃおしまいだが、その通りだ。それで、今頃はレミリアと面会しているんじゃないかな? だけど……」
「気になることでも?」
「まあ気になるというか、ちょっとおかしいというか……」
そこでノアは少し言葉を濁した。
そして、意を決したように今起きている事態を述べた。
「そのアウスバーグ氏が、何やら急ぎの用だと言って村への立ち入りを求めてきたんだよ。自分自身の両手を縛った状態でね」




