対決、レミリア②
戦いの第二ラウンド。先に仕掛けたのはレミリアだった。
レミリアは低い姿勢のまま駆け出すと、そのままの姿勢であたしに迫ってきた。先程までのどこかのんびりとした雰囲気はなく、その表情も怒りの形相だった。
そうだ。それでいい。
それでこそ、化け物として討伐する理由になる。
あたしは両手で剣を持ち、中段に構える。レミリアが右手を振りかぶりながら、あたしの方に向かって跳んだ。走ってきた勢いのまま殴り付ける、至ってシンプルな攻撃。ただ、吸血鬼の脚力と腕力に物を言わせた攻撃はシンプルが故に脅威である。まともに当たれば痛いでは済まされないだろう。
あたしは相手の軌道を読み切り、後方に跳ぶ。直後、元いた場所にレミリアの拳が墜落した。致命の一撃は空を切り、周囲に風を巻き起こした。
その隙を突こうと剣を構え直したあたしに、すぐさま体勢を立て直したレミリアが迫る。先程の攻撃は手加減した言わば囮だったというわけだ。
――かわし切れない。
咄嗟にそう思ったあたしは、逆に一歩、前に踏み出した。回避できないのであれば攻撃に活路を見出す。たとえ、差し違えてでも。
レミリアが右手を振りかぶったのを見て、あたしも剣を両手で強く握る。すぐさま、レミリアの拳が目の前に迫る。
あたしは拳の軌道を読み切り、僅かに横に跳んでやり過ごすと、伸び切った右腕に向かって剣を振り上げた。ざくり、という鈍い音と共に、レミリアの腕が宙を舞った。
だけど直後、ずしん、という衝撃が左の脇腹を襲った。やられた、という感覚と共にあたしの身体は宙を舞い、そのまま地面に叩き付けられる。全身を打ち付ける衝撃と共に、金属の砕ける音が耳に入った。
「っつ〜〜、その鎧、思ったより固いね」
急ぎ地面から跳ね起きて剣を構え直したあたしに、レミリアの意外そうな声が聞こえた。殴られた箇所を中心に強い痛みが走っていたけど、耐えられない程ではない。あたしは大きな亀裂が入った鎧を見遣りながら、にやりと笑った。
「お前に、良いことを教えてやるね」
レミリアは地面に落下した右腕を拾い上げ、右肩の傷口に押し当てた。おびただしい量が流れる血が、にわかにその勢いを弱めた。
「あーしらの再生能力は無限ではないね。こうやって部位を落とされ続けると、次第に回復力は弱まり、最後には動けなくなるね」
「……何でそんなことをわざわざ教えてくれるのかしら?」
「なに、お前にも希望の一つぐらい与えてやっても良いと思ったね」
レミリアは傷口に右腕を押し当てていた手を離した。右腕は落下せず、右肩の下でぶらぶらと揺れていた。
「さあ、続きをやるね。次は先手を譲ってやってもいいね?」
「そう? ――なら遠慮なく!」
言い終わるや否や、あたしは剣を片手に足を踏み出した。直後、殴られた脇腹、それに右脚にぴりっとした痛みが走ったけど、構わず目の前の敵を目指した。
前に吸血鬼と戦った時は、斬り飛ばした腕を完全につなげるまで時間がかかっていた。成体のレミリアがどれ程の回復力を持っているかはわからないけど、片腕が使えない今がチャンスである。どのみち、既に一撃をもらってしまっている以上、長期戦は不利だ。
痛みを堪えながら迫るあたしを、レミリアは棒立ちのまま、泰然とした様子で待ち構えていた。未だに揺れている右腕に構うこともなく、静かに笑みをたたえたその表情には余裕すら窺えた。
だけど、それが余裕から来るものでないことを、あたしは知っている。自分ではわからないけれど、おそらくあたしも今同じ顔をしているだろう。
あれは、戦いの中で高揚している顔だ。
生か死か。その狭間に身を置いている状態が、この上なく楽しいと思っているのだ。化け物の分際で、まるで人間のような感情を持つものだと感心する。
それでこそ殺し甲斐があるというものだ。
あたしは走りながら剣を下段に構え、飛び上がると同時に頭上に振り上げた。落下の勢いも乗せて力任せに振り下ろす、およそ剣技とは呼べない代物だった。
その時、レミリアは横に跳んでかわした。左手を着いて一回転し、しゃがんで着地する。剣は空を切り、地面に突き刺さって砂埃を上げた。
当然、かわされることは想定済みだ。すぐさま狙いを定め、剣を横に構えて薙ぎ払う。切っ先は宙返りでできた影を切った。
「はははっ! いいねっ! 食べるのが惜しいぐらいねっ!」
高揚したように叫ぶレミリアの声を無視して、あたしはさらに歩を進める。回復する時間は与えない。
その後もレミリアは防戦に徹していた。あたしの斬り、払い、突きを見切って寸前でかわし、時に無傷の左腕で受け止めるなどをしてやり過ごしていた。先程までの積極性が影を潜め、逆に不安が募る。
それでもあたしは攻撃の手を緩めない。痛みと疲れで息を荒くしながらも、相手の急所である心臓を狙って一撃を叩き込もうとする。しかし、その剣はいずれも空を切った。
――時間がない。
そう思ったあたしは、剣を側頭部に構えて駆け出した。依然として立ちはだかるレミリアに向けて、切っ先を突き付ける。反撃を受ける覚悟で、直線的に突撃する。レミリアの右腕は未だ動きに合わせて揺れていた。
あたしの動きを見て、レミリアは一つにやりと笑った。そして、ゆっくりと前に踏み出す。そして、姿勢を低くして地面を蹴った。
逃げ切れないと判断した?
いや、そんなはずはない。前回の狭い洞窟と違って、ここは開けた雑木林だ。その気になればいくらでも逃げられるだろう。そうしなかったということは、あたしを殺す算段が付いたということだ。
だけど、あたしは前に出るしかない。時間を掛ければあたしが不利になる。それに、あたしを殺しに来るということは、あたしも相手を殺すチャンスなのだ。
あたしは迫り来るレミリアに向かって剣を振り下ろす。かわされる前提の、見え見えの攻撃である。かわすなり止まるなりで相手の勢いを殺した後で、さらに追撃する作戦だった。
だけど、レミリアはそのどちらも選ばなかった。
あたしが振り下ろした剣に交わるように、レミリアはその左腕を頭上にかざした。あたしは意図がわからなくて一瞬混乱したけど、構わず剣を振るった。
剣はレミリアの左腕に突き刺さり、食い込む形で止まった。かわされる前提の攻撃だったため、今一つ踏み込みが足りなかった。
続けて攻撃に移ろうとしたところで、レミリアがふっと笑うのが見えた。
「――終わり、ね」
刃が刺さった左腕を押しながら、レミリアは急速に間合いを詰めて来た。あたしは咄嗟に剣を手放し、左腕の動きに注目した。
次の瞬間、左脇腹に強い衝撃が走った。死角からの攻撃で、何が起こったのかわからなかった。事態を把握する間もなく、あたしの身体は地面を跳ねながら、やがて、何メートルも転がった後に止まった。
「がっ……はっ……」
あたしは殴られた脇腹を押さえながらゆっくりと立ち上がる。全身に痛みが駆け巡り、思ったように力が入らない。
「……ほう。まだ立てるね? 意外と頑丈ね?」
レミリアの声で顔を上げたその時、あたしは状況を理解した。
レミリアは、左腕に刺さった刃を右手で掴み、ふんっと言いながら抜いていた。
「悪いね。この程度の傷なら、ちょっと本気を出せばすぐに癒えるね」
「嫌らしい化け物ね」
あたしは吐き捨てるように言った。
「即座に回復できるのに隙ができた振りをして、あたしに希望をちらつかせたのね?」
「そんなことないね。騙したのはその通りね。だけど、ここまでマジになるつもりはなかったね」
レミリアは剣を手に持ちながら、自嘲気味に笑った。
「あーしが本気になったのは数百年振りね。久し振りに本気を出したら、もう気の良い村長には戻れないような気がしていたね」
「ふん、それも今更ね」
あたしは強がって笑ってみせた。武器も手放し、身体もボロボロになった現状では、もう勝ち目はない。
これなら、カノンの言うことなんて聞かずに別の武器を使えるようにしてとくんだった。
「それで、まだやるね?」
あたしの内心を読み取ったように、レミリアは言った。
「最初に言った通り、この戦いは降参を認めてるね。お前が諸手を上げるなら、あーしはそれを受け入れる用意があるね」
「馬鹿なこと言わないでよ」
あたしは即答した。
「一度剣を向けた以上、許されて元通りの関係になれるだなんて思ってない。ここまで来たら、最後までやるだけよ」
「ふん。つまらない意地だけど、あーしも同意見ね。ここでもしお前がつまらん命乞いでもしてきたら、あーしはこの場で食べてたところね」
そう言って、レミリアは持っていた剣を振りかぶり、あたしの方に投げて寄越した。剣は弧を描いて、あたしの前に突き刺さった。
「安心するね。お前が死んでも食べたりしないね。あーしと戦った誇り高き戦士として、丁重に葬ってやるね」
「……そいつは、どうも」
あたしは突き刺さった剣を引き抜き、両手で構えた。全身の痛みで、今にも倒れそうだった。
剣を取ったあたしを見て、レミリアはにやりと笑った。
「それに、あーしの命もあと数日ね。あーしはもう人間は食べないと誓ったね。せめて最後まで、その信念は貫くね」
「御託はいいわ。……さっさと来なさい」
「……そうね」
短く言って、レミリアは駆け出した。圧倒的な速度を前に、あたしは覚悟を決めた。
――その時、井楼の鐘が大きな音を立てて鳴り響いた。




