対決、レミリア①
レミリアとの約束通り屋敷の外に出たあたしは、村の外れにある雑木林、その奥まったところにある広い場所に案内された。
「お前も、邪魔が入らないところの方が都合良いね?」
理由を聞いたあたしに、レミリアは端的に答えた。
相手の誘いに乗るような形になるのは少々癪だけど、あたしにとって都合が良い、という点には同意せざるを得ない。何しろここは吸血鬼を匿っている村だ。もしレミリアとやり合っている姿を見られたら村中が大騒ぎになる可能性が高く、最悪戦いそのものを止められかねない。
吸血鬼との戦い方は、圧倒的な生命力を盾にしたカウンターをいかに避けるかが基本となる。攻撃を受けても怯むということのない吸血鬼は、傷が付くことも身体の部位が落ちることも厭わず反撃してくる。いくら喰らっても良い相手に対し、こちらは基本的に一撃でももらったら終わりだ。それ故、こちらも反撃を受けない位置からの攻撃となり、どうしても有効射程の外での戦いとなる。そうなると必然的に持久戦となる。そして、持久戦は疲れ知らずの相手が有利だ。
もちろん、あたしも無策で挑むわけではない。幸い、連中の弱点は知っている。
「なあリズペット。今からでも手打ちにしないね? あーしの降参でもいいね?」
未だに寝ぼけたことを言っているレミリアの言葉を無視して、あたしは剣を抜いた。あたしの表情を見て、レミリアは溜め息を吐いた。
「……仕方ないね。お前がその気なら、あーしも本気で行くね」
そう宣言して、レミリアは目を大きく見開いた。その瞬間、黒い瞳が真っ赤に染まっていく。にやりと笑ったその口には牙が光っていた。
「そうやって、今まで人間たちの目を欺いてきたのね?」
「失礼ね。あーしは無用なトラブルを避けたいだけね。身分を偽って入ってきたお前らと同じね」
「はっ! 化け物と同じだなんて光栄ね!」
自然と口角が上がってしまうのを堪えながら、剣を両手で持ち、側頭部で構えた。
「――御託はもういいわ。さあ、始めましょう」
「リズペット、何をそんなに焦ってるね?」
レミリアは眉を寄せながら、小さく首を傾げた。
「あーしは嘘も言うし、逃げも隠れもする。だけど約束は守るね。あーしを殺して、お前は何を得るね?」
あたしは答えなかった。静かに、剣先をレミリアに向けて狙いを定める。
話をする段階は、とうに過ぎているのだ。
「……わかったね。その答えは、後でゆっくり教えてもらうとするね。……来るね」
レミリアは人差し指を立てて、自身の方にくいくいと折り曲げた。
――それが、合図だった。
あたしは剣を側頭部に構えて駆け出す。一方のレミリアは不敵ににやりと笑った後、構えも取らないままあたしの方に向かって地面を蹴った。爆発するような音と共に、その衝撃で土が抉れる。相手との距離は瞬く間に詰まっていった。
レミリアの姿が眼前に迫ったところで、剣を振りかぶり、横に薙ぎ払う。レミリアは剣先を掠める寸前のところで軽くしゃがむと、思い切り真上に跳んだ。軽く三メートルはあろうかという垂直方向への跳躍。急激な進路変更といい、およそ人間にはできないような、文字通り人間離れした身体能力だった。
あたしの頭上で体勢を変えたレミリアは、右腕を大きく振りかぶり、落下の勢いに任せて振り下ろした。勢いのついた拳は、後ろに跳んでかわしたあたしの前を通過し、地面に直撃した。
あたしはその隙を逃さない。
すぐさま剣を構え直し、地面に穴を作っていたレミリアに剣先を向けて突撃する。砂埃の中、あたしの姿を認めたレミリアは、口角を上げながら右手を握った。
次の瞬間、レミリアははっとしたように目を見開いた。
あたしは構わず、レミリアに向かって両手で突きを繰り出す。狙いは、吸血鬼の弱点である心臓だ。不死身に近い生命力を持つ連中も、心臓を討たれては無事では済まない。
「ちっ!」
レミリアは舌打ちをすると、自身に迫る剣先を右腕で力任せに払った。切っ先に触れた腕から赤い血が吹き出す。わずかに狙いを違えた剣はレミリアの右肩に突き刺さった。
あたしは勢いを殺さないまま、無理矢理に進行方向を変えて横に跳んだ。受け身を取りながら一回転して着地する。
顔を上げると、レミリアの手首と肩に深い傷が刻まれており、そこから赤い血が流れていた。
「お前……どういうことね?」
レミリアは、先程までの余裕のある表情から一変して、どこか苛立ったようにあたしを見ていた。
「何よ。人間みたいな下等動物に傷を付けられるのはプライドが許さないのかしら?」
「そんなことはどうでもいいね!」
レミリアは憤怒の顔で叫んだ。
「お前、死ぬつもりね!?」
あたしは答えなかった。ゆっくりと立ち上がりながら、レミリアに視線を向ける。
「……本来、あーしら吸血鬼との接近戦はお前らが不利ね。お前らが腕を切り落としている隙に、あーしらはお前らの命を取れるね。だから、お前らは自分らの得物がギリギリ届く中距離で戦うね」
その通りだ。それが普通の戦い方だ。
「だけど、差し違えるつもりがあるなら、話は別ね」
レミリアは、苦々しい表情を隠さなかった。
「あーしとお前が互いに致命の一撃を繰り出せば、あーしかお前のどちらかは死ぬね。もしかしたら、二人とも死ぬかもしれないね。運良く生き残った方が勝者になる、博打みたいな戦い方ね」
「…………」
「それであーしを殺しても、お前には勝利しか残らないね! そんな勝利に何の意味があるね!」
「……そうね。あなたの言う通りだわ」
怒りに任せて叫んだレミリアに、あたしは同意してみせた。
「あなたは博打と言ったけれど、あたしにはだいぶ分の悪い賭けね。あたしは勝っても生きているかわからないけれど、あなたは生き残りさえすればどうにでもなるんだもの」
「それがわかってて何故やるね!?」
「……でも、それがどうかしたのかしら?」
あたしはゆっくりと立ち上がり、剣先をレミリアに向けた。レミリアは面を喰らったように、目を丸くしていた。
「これはごっこ遊びじゃない。命の取り合いなのよ。だったら、使えるものは何でも使う。もちろん、あたしの命も」
「……あーしが手加減して、お前を殺さないと思ってるね?」
「そんな生温い化け物だったら、あたしも苦労しないのだけどね」
「……お前の本気はわかったね」
レミリアは目を閉じて、悟ったように言った。右腕と肩の傷は、いつの間にか塞がっていた。
「ここからはあーしも殺しにいくね。あーしをマジにさせたこと、後で後悔しても知らんね?」
「……相変わらず、お喋りが長い化け物ね」
あたしは再び剣を側頭部に構える。こんな戦い方しかできないあたしを、カノンは笑うだろうか。いや、自身のことを生き汚いと評する彼女なら怒るかもしれない。「どうして命を粗末になさるのですか!」と怒れるカノンの顔が目に浮かぶようだった。
それでも、あたしは退くことができない。
あたしがあたしであると、胸を張って言えるようになるために。
「さあ、殺せるものなら殺してみなさい! あたしはここよ!」
「言われなくてもやってやるね!」
あたしとレミリア、双方の叫びが交差する。
そして、レミリアは姿勢を低くし、あたしを睨みつけながら言った。
「さあ行くね! お前がどんな味がするのか、試してやるね!」




