ペンネ村の秘密
狩猟は王族の嗜みであると同時に、権力の象徴でもあった。
獲物を仕留めてみせる行為は、王族としての権威を示すと共に、その土地の所有者が誰なのかを示すものである。そのため、狩猟はどこの国でも支配者の特権であり、その土地に住む領民が行うことは固く禁止されていた。
とはいえ、魔物が跋扈するこの世界において野生動物の狩猟は必ずしも安全な行いではなく、王侯貴族が狩りを行う際は念入りに周辺の魔物を掃討し、安全が確保された状態で行われるのが常である。
狩猟の対象は、その土地の生態系や誇示したい内容に応じて様々だ。代表的なものは鹿や猪だけど、熊や狼といったやや危険な動物である場合もあれば、ゴブリンやコボルトといった比較的危険の少ない魔物である場合もあった。為政者にしてみれば己の実力と権威を示すという目的が達せられれば良く、狩りの対象にはあまり拘りがないとも言えた。
ただし、その「拘りがない」狩りの対象には、ごく稀に人間、それも自国の領民が含まれることもあった。
俗に「人狩り」と呼ばれる行為である。
もちろん、支配者たる王侯貴族でも自国の領民をみだりに襲うことはできない。その事実が知られれば王国は支配の正当性を失い、襲われた村はもちろん、周辺の村や街の離反をも招く結果となる。だからこそ「人狩り」は禁忌の行いであり、法で固く禁じている国も多い。それはグランヴェール王国も同様だった。
しかし、法は取り締まる者がいてこそ規範として効果を発揮する。罰のない法は有名無実化し、人々の記憶にすら残らない。
レミリアの話を踏まえると、グランヴェール王国において「人狩り」は日常的に行われているのだろう。
もちろん、堂々と行ってしまっては法はなくとも支配の正当性は失われるため、襲撃は山賊といったそれを行うのが自然な者に扮して行われる。
野生動物や魔物を狩るのとの大きな違いは、居住地の略奪ができることだ。要するに、徴税官を派遣してちまちま徴収するよりも手っ取り早いということである。当然ながら略奪した村からは以降税金は取れなくなるけど、奴らはそんなことなど気にも留めないだろう。どのみち中央から遠く離れた辺境の村は税を集めにくいし、領民は放っておいても勝手に増えるというのが奴らの認識なのだ。
そんな「人狩り」の対象に、ペンネ村が選ばれた。王太子が率いる部隊というのであれば、それなりに精鋭が揃っていただろう。まさに絶体絶命だ。
しかし王太子にとって誤算だったのは、ペンネ村にまともな守備戦力があったということだ。どうやってかはわからないけど、レミリアたちは「人狩り」を撃退するばかりか、皆殺しにしてしまった。王太子もろとも、襲撃してきた賊として討ち取られる結果となった。
しかし、それが悪い方向に転がってしまった。
王国は「人狩り」などという野蛮な行為は存在しないという立場である。そのため、ペンネ村に残されたのは「王太子を亡き者にした」という結果だけだった。王太子らによる襲撃など奴らは認めないのだから、正当防衛を行なったという過程もまた存在しない。その先にあるのは、王国の「メンツ」を守るための報復である。
王国の騎士団長であるアウスバーグという男が持って来たのは、一つの妥協案だった。
王国としても、大事な王太子が殺されたとあっては引き下がれない。一方で領民の住む村を焼き払うのは忍びない。よって、王太子を殺した下手人を差し出すことで、今回の件を手打ちにしようと考えているのだ。
集団の犠牲を取るか。一人の犠牲を取るか。
ペンネ村に突きつけられた選択は、あまりにも重かった。
*
「……とりあえず、お前らは解散するね」
用件を話し終えた騎士団長アウスバーグが引き上げた後、あたしたちの前に戻ったレミリアは言葉少なだった。鎮痛な表情が、事態の重さを物語っていた。アウスバーグが示した回答期限は三日後。三度、日が昇った朝に再び訪れるとのことだった。
「そうはいかないわ」
あたしは首を横に振った。
「時間がないんでしょう? だったら今すぐにでも対策を考えないと」
「それには及ばないね。……答えは、もう決まってるね」
「おいおい、まさか……」
ノアの心配をよそに、レミリアは予想通りの言葉を述べた。
「連中に差し出すのは、あーしの首ね」
「村長っ!」
レミリアの言葉に、真っ先に反応したのはカーラだった。
「諦めちゃ駄目ですっ! ……そうだ、しっかりと事情を説明すれば、きっと……!」
「どう説明するね? 王太子が襲撃してきたから返り討ちにした、とでも言うつもりね?」
レミリアはおかしそうに、薄く笑いながら言った。
「だって、元はと言えば向こうからっ……!」
「そんな正論は通用しないね。あーしらが向こうの王太子を殺してしまった以上、向こうも引き下がれないね」
「……お二人も、何とか言ってあげて下さいっ!」
「……残念だけど、レミリアの言う通りだわ」
カーラの必死な訴えに、あたしは冷たい言葉を投げかけることしかできなかった。
「王族とは、そういう生き物なのよ」
「そんな……」
「まあまあ。みんな落ち着きなって」
絶句するカーラに割り込んで、ノアが明るい調子で言った。
「期限まであと三日もあるんだろう? だったら性急に答えを出す必要もないさ。レミリアの言う通り、この場は一旦解散して、一眠りしてからまた話し合おうじゃないか」
ノアは周囲を見回しながら、にやりと笑ってみせた。結論を急ぎたくなくて取り乱していたカーラは「……わかりました」と少し落ち着いたように言い、結論を出していたレミリアは「仕方ないね」と肩を竦めた。アイラは先程から表情は変わらず、じっとあたしたちの様子を窺っているようだった。
「まったく、あなたは呑気なんだから……」
あたしは呆れながら、ノアに声を掛けた。
「短気よりはマシさ。そうだろう、お姉ちゃん?」
「…………」
あたしは思わず眉をひそめた。この女は、あたしをおちょくるためにわざとやっているのかもしれない。
「そういうわけで、さあ解散だ解散! ボクはそろそろ眠くなってきたよ」
「――その前に、リズ、ノア。お前らに大事なことを教えておくね」
「! レミリアっ……!」
「お前は黙ってるね」
アイラが驚いたように口を挟んだ。だが、レミリアはすぐさま制した。
「何よ、いきなり改まって」
思わず目を丸くしたあたしに、レミリアは真面目な顔であたしとノアに向き直った。
「一つはっきりさせておきたいことがあるね。あーしは何も、村長として責任を取るためにこの身を差し出そうとしているんじゃないね。連中が求めている、王太子を殺した下手人とは、他ならぬこのあーしだからね」
「……どういうこと?」
「王太子だけじゃないね。襲撃してきた奴ら全員、殺したのはあーしね。ある者は首を飛ばしたね。別の者は心臓をひと突きにしたね。また別の者は、手足を吹き飛ばして動けなくなったまま、出血多量で死んだね」
レミリアはその時の状況を淡々とした口調で語った。まるで、目の前で見てきたかのような生々しさだった。
「ノア。お前、ナイフは持ってるね?」
「ん? あ、ああ。一応あるけど……」
「ちょっと貸すね」
ノアは訝しがりながらも、腰に差したナイフを抜き、柄の方をレミリアに差し出した。ランプに照らされて、刃がきらりと光った。
「よく、見てるね」
レミリアは右腕のシャツをまくり、腕を前方に突き出した。
それから、露出した肌のところに向けて、躊躇いなくナイフを振り下ろした。ざくり、という鈍い音と共に、腕から鮮血がほとばしる。
「なっ……!」
突然のことで、言葉が出て来なかった。
「おいっ! 何やってるんだよっ! 早く治療を……!」
さすがのノアも焦った様子で腰の小物入れを漁り始める。
「……落ち着くね」
一方のレミリアはまったく焦った様子もなかった。
周囲を見回すと、アイラも、そしてカーラですらも、一切動じていなかった。慌てる様子もなく、冷静に状況を見守っていた。
「この程度なら、すぐに塞がるね」
そう言った直後、滝のように流れていた血はみるみるその勢いを無くし、まもなくして完全に止まった。僅か、数秒にも満たない現象だった。
あたしは、背筋が凍るよな、そんな感覚を覚えた。
「っ! あなたはっ!」
あたしは状況を理解し、すぐさまノアの身体を抱き抱え、レミリアから離れるように後ろに跳んだ。後方に着地し、ノアを地面に転がした後で、躊躇なく腰の剣を抜いた。少し遅れて、ノアの呻き声が聞こえた。
「さすが、化け物殺しのリズペットは察しが良いね」
「あいててて……何だってんだよ急に……!」
「ノア、良かったじゃない。あたしたちの探していたものが見つかったわよ?」
「ん、それってつまり……!」
あたしの言葉でノアも状況を察したのか、険しい表情で息を飲んだ。
「一応、改めて自己紹介しておくね」
一方、目の前に立ちはだかるそいつは落ち着き払った様子で、腰に手を当てながら言った。
「あーしはレミリア。お前らが待ち望んだ吸血鬼ね」
そう言った直後、レミリアの目がみるみる内に、鮮血のような赤色に染まっていった。




