真夜中の来訪者
グランヴェール王国は大陸の中央にある山間部に位置する国家である。主な産業は「戦争」だと皮肉混じりに言われる程血の気の多い国で、収穫期で兵の徴募が難しい秋の後半と行軍が厳しい冬を除いて、常にどこかの国と国境紛争を繰り広げている印象が強い。総じて王権が強く、各国共通の組織であるギルドもあまり影響力を発揮できていない、そんな地域だった。
ここペンネ村も、そんな王国の辺境に位置しており、時折訪れる国家の徴税人に僅かばかりの金銭、もしくは農作物を納めて、対価としての保護を受け取っていた。
「とは言っても、連中があーしらを助けたことなんてないね。そもそも中央から遠過ぎて、のこのこやって来る頃には戦いは終わってるね」
レミリアは苦笑混じりに言ったけど、辺境地域の警備は国家にとって意外と頭の痛い問題である。情報の伝達が遅く、部隊を編成して到着する頃には村の一つや二つ略奪されて焼き払われていることもざらだ。そのため、辺境の村や街では冒険者を雇って自前の戦力を備えていることも多い。
翻って、この村はどうだろうか。レミリアが言うには「外部の人間は雇ってないね」ということだけど、だとするとこの村の戦力は訓練も受けていなさそうな村の住人だけということになる。一応、普通の農村に比べたら男手は多い方だけど、レミリアを始めとした大人の女性を入れたとしても、戦力としてはかなり心許ない。それでもここまで村を維持し、直近も山賊を退けていることを考えると、何かしらの秘密があるようにも思える。
「待たせたね! 状況を教えるね!」
鐘の音で村長の屋敷前に集まった村人たちを前に、レミリアが声を張り上げる。しかし、村人たちからは反応が無く、お互いに顔を見ながら何やらひそひそと話をしていた。
明らかに、この場に合わない人間がいる時の反応だった。
「……ねぇ。やっぱりあたしたち外した方が良いんじゃないかしら?」
あたしは横に立つノアに向かって呟いた。
「キミが空気を読めるとは意外だね」
「殴るわよ?」
「ははっ、まあ見てなって。いずれにしてもボクらが決めることじゃない」
ノアに言われて、仕方なくあたしも状況を見守ることにした。一方レミリアは周囲の村人の反応を見て、やや憮然とした表情で腕を組んでいた。
「なあ、村長」
見かねたのか、一人の男が口を開いた。
「何で彼女たちがいるんだ? あいつらは……関係ないじゃないか」
それでも言葉を選んだ方なのだろう。その男は一瞬あたしたちの方を見て、露骨に顔をしかめた。その他の人たちも口にこそ出さなかったけど、同じことを言いたいような雰囲気は感じられた。
「あーしが連れてきたね。あいつらは客人だけど、力を貸してもらえることになったね」
「しかし……」
「お前、こそこそとやかましいね」
レミリアは静かに、だけど響くように低い声で言った。
「これはあーしが決めたことね。文句があるなら、あーしにも聞こえるようにはっきり言ってみるね」
レミリアがじろりと睨みつけながら凄むと、男は怯んだように身じろいだ後、「い、いや、文句はないが……」と小さな声で呟いた。それからレミリアが周囲を鋭く見回すと、他の村人たちも一様に目を逸らした。
「ふん、まあいいね。それで、あいつは戻って来てるね?」
「いや、まだだ。もうすぐ戻るはずだが……」
気を取り直してレミリアが言うと、さっきとは別の男が応じた。
ちょうどその時、背後から砂を蹴る音が耳に入る。振り向くと一人の人物がこちらに走り寄っているところだった。小柄な体躯に真っ黒な髪の少女――アイラだった。
アイラは一瞬だけあたしの方を見遣った後、何事も無かったかのように横を通り抜けてレミリアの前に進み出た。
「灯りが一つ、こっち、迫ってる。速い。たぶん、馬」
「馬? 騎士ね?」
「たぶん、そう。もうすぐ、着く。どうする?」
「……とりあえず出るしかないね。ノア! リズ!」
話を聞いたレミリアは少し考えた後で結論を出し、あたしたちの名前を呼んだ。
「聞いた通りね。悪いけど、あーしと一緒に来るね。いいね?」
「ああ、任せてくれ。な、お姉ちゃん?」
「……当然よ」
ノアはあたしの肩を叩きながら、にやりと笑った。その姉妹ごっこ、いつまで続けるつもりなのだろうか。
「確認のため、アイラも来るね。それと……カーラはいるね!?」
「ふぇえ!?」
村人たちに向かってレミリアが叫ぶと、一人の女が裏返ったような声を上げた。髪は茶色で、長い髪を紐で縛って垂らしている。また背はすらりと高く、全体的に華奢という印象を与える女性だった。
「一応、お前も来るね! 何もしなくていいから心配するなね!」
「そ、そんなぁ~。……はい、わかりましたぁ……」
その女性――カーラはレミリアの言葉に抗議の声を上げたものの、すぐに諦めたようにうなだれた。おそらく、レミリアの命令に逆らっても意味がないと、長い付き合いの中で学んでいるのだろう。
結局、謎の来訪者の出迎えに向かうのは村長のレミリアを筆頭に、あたしとノア、それにアイラとカーラの五人となった。
アイラは見張りとして対象を目撃しているからその確認、というのはわかるのだけど、カーラという女性は一体何のために呼ばれたのだろうか。人を見た目で判断するのは早計であると踏まえた上でも、戦闘面と交渉面、どちらにも役に立つとは思えない。
そんな疑問を残したまま、他の者は一旦待機ということで、この場は解散となった。
*
来訪者はアイラの予想通り、あたしたちが門の前に着くのと同時に到着した。
木壁の覗き穴から窺うと、全身を鉄の鎧で覆った騎士が、松明を片手に馬の手綱を握っていた。背中には背の高さ程もある大剣が背負われており、充実した装備品から見てもかなりの立場の者であることが窺えた。頭にも兜をかぶっていて顔は見えないが、おそらく男だろう。
あたしが見た様子をレミリアに伝えると、レミリアはふむと一つ唸った。
「報復、ってわけじゃあなさそうだね」
「その通りね。もしそうなら、もっと大勢でやってくるはずね」
レミリアはノアの言葉に同意しながら、腕を組んで目を閉じた。今後の方策を考えているのかもしれない。
一方、無理矢理連れて来られた形となったカーラは今になっても落ち着かず、おろおろと周囲を見回しては、アイラに「お前、落ち着く」と窘められていた。本当に、何のために連れてきたのだろう。
「――やあやあ! ペンネ村の者ども!」
その時、外で佇んでいた騎士が兜を脱ぎ、大声を張り上げた。
「夜分遅くに申し訳ない! どうか、村長殿にお目通りを願いたい!」
「……どうするの?」
あたしはレミリアを見遣った。
「行くしかないね。とりあえず、あーし一人で行くね」
「危険じゃないかい? ボクのお姉ちゃんを貸してあげてもいいよ?」
ノアの申し出に、レミリアは首を振った。
「リズは顔が割れてる可能性があるね。それに、向こうはわざわざ名乗り出てるね。いきなり斬りかかられることは考えにくいね」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「それじゃあ、門を開けるね。あーしが出たら、すぐに閉めるね。それとアイラ」
あたしが頷くと、レミリアは次にアイラに向き直った。
「一応だけど、わかってるね?」
「うん、わかってる」
レミリアの意味ありげな言葉にアイラは頷くと、レミリアは門の前に立った。色々聞きたいことはあったけど、今は説明を聞いている時間はなかった。
あたしは門を閉め切っていた木の角柱を外す。そして、解放された門からレミリアが歩み出た。
「あーしが村長ね! こんな時間に来るとは、王国の人間は常識ないね!」
やや挑発的に名乗り出ているのを聞きながら、あたしは門を閉じ、角柱を再びはめ込んだ。
「申し訳ない! 火急の用事故、ご容赦されたし!」
馬上の男は声を張りながら、素直に詫びの言葉を述べた。
「御託はいいね! さっさとお前の用件を述べるね!」
「ああ! そうさせてもらう! 壁の向こうにいる者どもも、よく聞いてくれ! 我が名はアウスバーグ! グランヴェール王国の騎士団長を務めておる!」
そして、男はその用件を話し始めた。
「先日、この付近で我らがガンボイス王太子の遺体が発見された! その報復のため、近々騎士団が派遣される予定である!」
あたしは内心舌打ちをした。やはり、そういう話か。
「ついては、下手人を我らに差し出すのだ! さもなければ、この村ごと焼き払われるであろう!」




