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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第九章【リズペット視点】
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滞在条件と少女

 話の後、レミリアはあたしたちを村の外れにある家に案内した。村長の屋敷と同じくボロボロで、人の気配はまったくなかった。

 

「滞在中、ここを自由に使っていいね。空き家だから気にしなくていいね」


 レミリアに促されて家の中に入る。入り口の正面には土間が広がっており、奥は木板の床が広がっており、中央に炉が設置された生活スペースとなっていた。

 

「長旅で疲れているだろうね。粗末な部屋だけど、ゆっくり休むね」

 

「雨風が凌げるだけでもありがたいよ。だけど、水はどうしたらいいかな? 見たところ水道はないようだし」

 

「近くに井戸があるね。後で身の周りの世話をする者を遣るから、詳しいことはそいつに聞くといいね」

 

「わかったよ。まあ浴場は……なさそうだよね……」


 頭を掻きながらぽつりと呟いた。普段は都市で暮らしているノアからすると、農村は足りないものだらけなのだろう。

 

「何から何まで、悪いわね」

 

「気にするなね。お前らも、さっきの条件忘れるなね」

 

「もちろんよ」


 あたしたちがこの村に滞在するに当たって、受け入れた条件は二つ。

 一つは、滞在中は村のために剣を振るうこと。

 もう一つは、()()()が来るまではこの村に留まることだ。

 ()()()がいつ来るのか、彼女の言う「用事」とは何なのか、気になるところはあったけれど、「まあ、明日ゆっくり話すね」とだけ言われて、詳しい話は先送りになっていた。

 レミリアの気が済むまで一生ここにいろ、とか言われるとだいぶ困るのだけど。

 

「それじゃあ、また明日来るね。……っとそう言えば、最後に伝えておくことがあったね。村の掟ね」

 

「掟?」

 

 思わず聞き返すと、レミリアは少し真面目な表情になって言った。

 

「なに、簡単なことね。()()()()()()()()()()()()()()()()ね」

 

「……何のために?」

 

「夜は危険だからね。お前らのことは客人として、できる限りのことは約束するね。けど滞在中それだけは守って欲しいね」

 

「でも、」

 

「まあいいじゃないか。とりあえず了解さ。他に何かあるかい?」

 

「いや、ないね。理解してくれて嬉しいね」


 レミリアはにっこり笑い、「それじゃあ、一足お先におやすみね」と残すと、戸を閉めて去っていった。あぜ道の砂を靴で擦る音がしばらく続いた後、次第に静けさが戻ってきた。

 気配が感じられなくなったところで、あたしは口を開いた。

 

「……どう思う?」

 

「とりあえず野宿しなくて済んだのは僥倖だね。願わくばお風呂も欲しかったけど」

 

「そうじゃなくて。さっきの()()のことよ」

 

「そっちも、ボクにとっては都合が良過ぎるくらいさ。どの道、滞在期間の延長は交渉するつもりだったし」


 ノアは土間から炉の前に移り、「ふー、どっこいしょ」と言いながら床に腰を下ろした。背筋は曲がってどこかぐったりとした様子で、意外と疲れていたのかもしれない。

 

「あたしはちょっと気になるわね」


 腕を組みながら、ノアに向き直って言った。

 

「そもそも、()()()()()()()()って何かしら?」

 

「さあね。また襲撃されると思ってるんじゃないかな?」

 

「最近、襲撃されたばかりなのに?」

 

「向こうは頻度とか気にしてくれないからなぁ。もちろん、無残に()()()されたのに性懲りも無くやってくるのには違和感あるけどね」

 

 言いながら、ノアは床の上に大の字になって倒れ込んだ。

 

「まあいいじゃないか。何かあってもキミがいれば心配ないだろうし」

 

「あたしはあなたがいるから心配なのだけど……」


 ノアはどこか呑気な様子だったけど、あたしは同じ気分にはなれなかった。その辺の山賊相手なら何も恐れることはない。けれど、何を隠そうここは吸血鬼の村なのだ。今回は調査が目的とはいえ、うっかり本物と遭遇してしまう可能性だってゼロではない。その時に、あたしはノアを守りながら敵を打ち倒せるだろうか。

 何より、今回はカノンがいないのだ。

 今更ながら、その事実があたしの肩に重くのしかかっていた。

 

「そんなに心配しなさんなって」


 考え込んでいたあたしに、横になったノアが声を掛けてきた。

 

「最悪、ボクのことは()()()()()()()()()()だからさ。その程度の覚悟ぐらいはしてきてるよ」


 ノアは、何でもないことのようにさらりと言った。

 まるで、食事のメニューは一品ぐらい減らしてもいいと言うぐらいの気軽さで。

 

「……馬鹿なこと言わないで」


 あたしはどこまでも呑気なノアを睨みつけた。

 

「あなたを見捨てたら、目覚めが悪いったらないわ」

 

「……嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


 少し呆けたような表情の後、ノアはにやりと笑った。

 

「でも大丈夫だよ。噂が本当なら、この村にいる限りは安全だ。何しろ、この村の住人は()()()()()()()()()()姿()()()()()()()のだからね」

 

「……少なくとも、この村に危害を加えるような存在ではないと?」

 

「そういうことさ。キミは否定するかもしれないけどね」

 

「…………」


 ノアの言うことはもっともだった。この村の住人が何かを隠していたとして、それが自らを危険に晒すものであれば彼ら、彼女らも無策に時を過ごしたりしないだろう。すぐに逃げ出すなり、どこかに助けを求めるなりのアクションはするはずだ。それがないということは、少なくともこの村は安全であるということの証左だった。

 理屈はわかるのだけど、あたしにはどうしても腑に落ちない部分があった。

 何しろ、相手は吸血鬼なのだ。

 あの、人間を食糧としか見ていない、食欲の塊のような生き物が、あたしたちの常識に則って動いてくれるとは到底思えない。

 何が起こっても不思議ではない。そのぐらいの気持ちで臨むべきだ。

 

「ところでお姉ちゃん」

 

「お姉ちゃんはやめなさい。……何よ?」


 ノアの言葉で思考を一時中断し、少し乱暴に答える。

 

「ボクお腹空いたよ。そろそろごはんにしないかい?」

 

「……わかったわよ。今用意するから、ちょっと待ってなさい」


 組んでいた腕を解き、背中に背負っていた荷物袋を下した。今から用意するとなるとどうしても時間がかかってしまう。ノアは文句を言うだろうが、仕方ない。

 そうしてわがままな()をなだめる言い訳を考え始めたところで、外に人の気配を感じた。咄嗟に、腰の剣に手を掛ける。

 

「随分物騒だねぇ」


 あたしの反応を見たノアが呆れたように言った。

 

「どうせ、ここの住人だろうよ」

 

「……だと良いのだけれど」


 あたしも、闇雲に警戒しているわけじゃない。人間の足音というのは、訓練を受けた者とそうでない者ではまったく違う。たとえば、カノンは集中すると足音を立てずに歩くことができる。だからこそわかる。

 今この家に迫っている人間も、()()()のものだ。

 言葉にしている間も、人の気配はゆっくりと近付いてくる。やがて、この家の前で止まった。あたしは鞘に手をかけながら、入り口から跳んで離れた。

 それから間もなく、戸が開かれた。

 その先に現れたのは、一人の子供だった。背丈はノアと同じぐらいで、フードを目深にかぶっていてなかなか判別が難しいが、女の子だろうか。

 

「…………」


 少女は両手で鍋を抱えながら、部屋の中をきょろきょろと見回した。あたしと目が合うと、少女はにわかに眼光が鋭くなった。

 そして、おもむろに持っていた鍋を土間の床に置いた。

 

「ごはん」


 低い声で呟いたその言葉の意味を、最初は理解できなかった。

 

「村長に、言われた。ごはん、持ってきた。下ごしらえ、済んでる。温めて、食べて」


 たどたどしい口調で言ったのを聞いて、ようやく状況を理解し、鞘にかけていた手を離した。

 どうやら、この少女がレミリアの言っていた「身の周りの世話をする者」なのだろう。

 

「…………」

 

「ちょっと待って!」


 それで用は終わりと言わんばかりに無言で立ち去ろうとした少女を、ノアが呼び止めた。

 

「キミが村長の言っていた子かい? ありがとう。ボクはノアっていうんだ。キミは?」

 

「…………」


 ノアの声が聞こえたのか聞こえていないのか、少女はしばらく反応がなかった。やがて、少女は被っていたフードを下した。短く切り揃えられた髪は、夜の暗闇のような真っ黒だった。

 

「アイラ」

 

「アイラちゃん? 良い名前だねぇ。そっちで立っているのはリズ。ボクのお姉ちゃんさ。ちょっと怖そうだけど見た目程は怖くないから安心してね」

 

「……よろしく」


 余計なことを言うノアを黙らせるかどうかで逡巡しながら、あたしは短く言った。少女――アイラは特に気にした様子もなく、無表情でノアとあたしを交互に見た後、わずかに頭を下げた。よろしくのつもりだろうか。

 

「ところで、この辺に井戸はあるかい? 村長からはキミに聞けって言われるんだけど」

 

「……ついて、来る」


 短く言うと、アイラは再びフードを頭にかぶり、踵を返して歩き始めた。案内してくれるらしい。

 

「えっ? ちょっ、ちょっと待って!」


 置いて行かれたノアが慌てて立ち上がり、アイラがいなくなった方向に向かって走り出した。

 その様子を見て一つ溜め息を吐いた後、あたしもその後を追いかけた。


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