相容れない存在
グレゴールから数日の距離があるパンダスの街――以前カノンやルーチェ、ルイズとトロール退治のために訪れたこの街の周辺の森は、ゴブリンの生息地でもあった。ただしゴブリンはトロールに比べて大人しく、あまり森から出てくることはない。奴らも馬鹿ではなく、迂闊に人間どもの生息地に出れば狩られることを本能的にわかっているのだ。そのため、この辺りでは奇妙な共存関係が成立していた。
だけど、そのバランスも決して長くは続かない。
ゴブリンは繁殖力に優れる種族である。奴らはちょっと目を離した隙に、雨後の筍のように増殖する。そして、その地域で維持しきれなくなった個体が、押し出される形で続々と人里に向けて押し寄せて来るのだ。
とはいえ、奴らの戦闘力は大したことがない。あたしでなくとも、駆け出しの冒険者はおろかその辺の市民でも、一対一であればという前提を付ければ難なく倒せる。言ってしまえば、その程度の相手だった。
ただし、増え過ぎた奴らは数を頼りに攻めてくる。そうして手に負えなくなったところで、あたしの出番がやってくるのだ。
パンダスの街の程近くにある深い森林、その奥にある開かれた草原地帯で、あたしはゴブリンの群れと対峙していた。
とはいえ、戦いは一方的なものだった。
数が多いと言っても所詮は烏合の衆。連携することも知らない連中を一体ずつ斬り伏せるだけの作業である。だからと言って油断をすることはない。代わりが数十ずつの単位で存在する奴らと違ってあたしの方は一人、一撃もらうだけでも致命傷になりかねないのだ。全神経を剣を握る手とゴブリンの動きに集中させつつ、一体、また一体と減らしていく。
気が付く頃には、周囲には無数の死体が散乱していた。
あたしは剣を握る手を緩めることなく、周囲を見回しながら歩き始めた。肉塊となったモノを踏みつけながら、生き残りや討ち漏らしが無いかを探した。
まだ息があるモノを斬って回っていたところで、木の影で数体のゴブリンがうずくまっているのが目に入った。奴らは何かを抱えながら、怯えたようにこちらを見上げていた。
その手の中にいたのは、小さなゴブリンの子供だった。人間で言うと十歳ぐらいの子供から赤ん坊のような個体まで、全部で数十体にも及んでいた。
あたしは無言で、うずくまる奴らに向かって歩いた。あたしが近付いても、そいつらは逃げなかった。逃げるという発想を持っていなかったのかもしれないし、あるいは覚悟を決めたのかもしれない。
尚も近付き、剣の刃先が届く距離になろうかというところで、うずくまっていたゴブリンたちが立ち上がり、あたしの前に立ちはだかった。そして、何やら雄叫びのようなものを上げた。
直後、その雄叫びは中断された。あたしの剣によって、首がごろりと地面に転がった。
続けて、あたしは奥にいる子供のゴブリンたちに目を向けた。ある者は怯えすくみ、まあある者は泣き喚く。戦意のある者はもう残っていなかった。
一般に、魔物には知能がないと思われがちだけど、今まで何度も戦ってきたあたしの経験からすると、奴らにも知能はある。ただ単に人語を解したり戦略を練ったり、あるいは死を恐れたりしないというだけで、同族同士ではコミュニケーションらしきものを取っているし、斬られたら痛みを感じたりもしている。中には人間のように言葉を操る化け物もいるのだけど、そういった奴は話ができるというだけで話が通じるとは限らない。そもそもあたしたちと奴らとでは生まれも育ちも、果ては死生観までもまったく違う。なまじ言葉が通じてしまうだけに、その違いをまざまざと見せつけられるだけだ。
だから、あたしは化け物を殺すことを躊躇わない。たとえ、どんなに命乞いをされたとしても。
剣を横に構えると、震える的と化した連中を横薙ぎにした。切り口から鮮血が飛び出し、小さな命は儚くも散った。
倒れ伏した死体を見遣りながら、あたしは剣を一振りして付着した血を飛ばした後、その刃を鞘に仕舞った。
「うっひゃあ、こいつはひどいや」
背後の、場違いに明るい声の方に振り向くと、そこにはゴブリンの死体を踏まないように何もない足場を探しながらぴょんぴょんと跳ねるノアの姿があった。いつものケープとフリル付きスカートではなく、長袖のシャツと革紐で結んだボディス、それに膝丈程のペチコートとウールのスカートを重ねるという、普段よりは動きやすい服装だった。
ノアは死体の近くでしゃがむと、手にしていたナイフでその耳を切り取り、腰の皮袋に入れた。
「そんな、律儀に回収しなくていいわよ」
忙しく手を動かすノアに向けて言った。
「報酬は討伐依頼の分だけでいいから」
「キミは大雑把だなぁ」
呆れるように、ノアは言った。
「魔物の討伐依頼には、依頼そのものの成功報酬の他に、討伐数に応じたボーナスもある。それを見越して、依頼料は安めになっているんだから」
「あたし、そうやってちまちま回収するの性に合わないのよね。何か貧乏くさいし」
「……キミのどんぶり勘定には、カノンもさぞかし苦労しているだろうね」
失礼なことを言いながらも、ノアは手を休めることなく、手早く耳を切り取っていった。
そして、あたしの前にある子供の死体のところに来ると、ノアは目を閉じて胸に手を当てた。
「……何よ、それ?」
「せめて、その魂が安らかになりたまえ、ってね」
「それだと、あたしが悪者みたいじゃない」
「実際、ボクらは悪者だろうさ。彼らにとっては、ね」
自嘲気味に笑い、子供の死体に近付こうとしたところで動きを止めた。ノアは目の前の死体とナイフを交互に見比べた後、諦めたように一つ息を吐きながらナイフを仕舞った。
あたしは眉をひそめた。この女は一体何がしたいのだろう。
「さあ、長居は無用だわ。用が済んだのなら帰るわよ」
「どちらかと言うとこれはキミの用事だと思うんだけど……まあいいや」
あたしが歩き始めたのを見て、ノアも不満そうに言った後で、あたしの後ろに付いて歩いた。
「……怒ってるかい?」
背後からの唐突な言葉に、思わず首を捻った。
「……何のこと?」
「さっき、『こいつはひどいや』って言ったことさ」
ノアは駆け足であたしの前に回り込むと、いたずらっぽく笑いながら顔を覗き込んだ。
「わからないわね。何であたしが怒らなきゃならないの?」
「まあ、キミさえ良ければいいんだ。キミさえね」
再びにやりと笑うと、ノアは一度離れてあたしの横を歩き始めた。
ノアは時々、あたしにはよくわからないことを言ってくる。
いつもなら、その言わんとしていることを読み取ってあたしに教えてくれる彼女は、ここにはいない。
「ところで……」
あたしはひとまず、話題を変えることにした。
「あなた、本当にあたしに付いてくるつもりなの?」
「当然だよ」
ノアはあたしの顔を見ながら即答した。
「心配しなくても、ボクはボクのやりたいことをやっているだけだから、キミは普段通り依頼に専念してくれればいい」
「心配したつもりはないけれど……それなら、あたしの討伐に付いてくる必要もないんじゃないの? 別に、街で待っていてくれても良かったのよ?」
ノアはギルドマスターとして絶大な権限を持っている一方、戦闘に関してはからきしだった。これは本人も認めていることである。
そんなノアが、あたしの魔物討伐に同行するというのは、異例を通り越して自殺行為ですらあった。
「わかってないね、キミは」
ちっちっちと舌を鳴らしながら、ノアはにやりと笑って見せる。
「リズペット・ガーランドが行くところに嵐あり、さ。嵐の中で一番安全なところはどこかと言えば、キミの傍だ。逆説的に、ボクは最も安全な場所を確保したというわけさ」
「あたしが必ず勝つ、とも限らないのに?」
「キミでも勝てない相手が出てきたら、ボクも潔く諦めるさ。何なら見捨ててもらっても構わない」
「……変な子ね」
「……ふう。それより、この後はどうするんだい?」
ノアは歩く足を止め、一つ大きく息を吐いた。どうやら疲れたので休みたいらしい。
どうやらあたしは、とんだ足手まといを増やしてしまったようだ。
「戦闘後に疲労が溜まっているのはキミだ。キミの方針に合わせるよ」
「そう言う割にあなたの方が疲れていそうだけれど……そうね」
数日前のあたし自身の迂闊さを内心後悔しながら、この後の予定を話し始める。
「まだ日は高いから、街に戻ったら一休みしてすぐに次の街に行こうと思ってる。そして、翌日依頼があった付近の魔物を倒す、っていう流れね」
「うへぇ。馬車とかじゃあ……ないよね?」
「ええ。徒歩よ」
「……ボクを背負ってくれたりとかは?」
「あたしも荷物があるから無理よ。……仕方ないわね。街に戻ったら今日は一泊しましょう」
「そうこなくっちゃ」
あたしが溜め息交じりに言うと、ノアは安心したように微笑んだ。
カノンと違って、この女といるとあたしのペースがめちゃくちゃになってしまう。本人に悪気があるわけではないのが救いではあるのだけれど。
「それで、次の街で依頼をこなしたら、その隣があなたの目的地、だったかしら?」
「ああそうさ。ペンネ村といってね、すごく小さくてのどかな村なんだ」
「……そんなところに、本当に吸血鬼がいるのかしら?」
「それはわからない。だけど――」
ノアは腕を組みながら、少し真面目な顔で言った。
「先日村を襲った十数人の山賊が、一晩の内に一人残らず殺されたという話も出ている。吸血鬼じゃなかったとしても、何かがいるのは間違いないだろうさ」




