リズペットとギルド
あたしは考え事をするのが苦手だ。考えたところで大した答えは出ず、大抵は自分で行動した方が早く、しかも結果が出ることが多かった。そうして成功体験を積み重ねていくうちに、あたしはどんどん考えるのが下手になっていく。
元々冒険者を始めたのもそうだった。困っている人がいて、それをあたしが助ける。単純な需要と供給の差し引きで、喜んでくれる人とあたしを必要としてくれる人がいる。こんなにわかりやすく、単純な話はないだろう。単純な世界の方が、あたしには合っていた。
あたしは自分でわかりやすい人間だと思っているけれど、周りの人はあたしのことを「気難しい」と評価するらしい。実際、あたしとパーティーを組んだ者には「リズペットは勝手過ぎる」「物事はそんなに単純ではない」とよく言われた。面と向かって「これ以上あなたに付いていけない」と言われたこともあった。あたしは自惚れているわけでも嫌がらせをしたいわけでもなく、ただ最短で目的を達成できる方法を提案しているつもりなのだが、それがなかなか伝わらないのは少々残念な気持ちもある。
正確には、残念な気持ちもあった、である。以前はともかく、最近は特に、他人とのすれ違いで思い悩むことは少なくなっていた。
――リズ様は自分勝手でわがままで、いつだって周囲を巻き込んで暴走しておられます。
主人のあたしに対しても容赦のない従者は、いつもあたしの考えを読み取って、あたしの思う通りにさせてくれる。
ちょっと無茶しがちなのが玉に瑕だけど、カノンがあたしを甘やかすものだから、あたしはどんどん他の人との付き合いが苦手になっていく。
だから、あたしが弱くなったのは、カノンのせいだ。カノンには、最後まで責任を取ってもらわないといけない。
一方で、あたしも強くならなければならない、というのもまた事実である。あたしに言わせれば甘やかすカノンが一番悪いのだけど、それでも甘やかされるままになっているあたしも、同じぐらい悪いのだ。
*
「――リズペット、様?」
テーブルの向こう側から、心配そうに顔を覗き込んでくる女性がいた。ギルドの受付をやっている子で、依頼をこなす中で何度か顔を見知った間柄である。名前はミーシャ。目の前で身を縮こまらせている彼女は、相手の体調を心配しているというよりは、眼前の冒険者に対して何か粗相があったんじゃないかと心配している顔だった。
カノンが「休暇」のためこの街を出た翌日、あたしはグレゴールの冒険者ギルド、その受付の奥にある個室に赴き、そこで今後の魔物討伐依頼の説明を受けていた。説明は既にカノンから聞いていたから不要だと言ったのだが、ギルド側がどうしても、と言って譲らなかったので、この場が設けられていた。
「ええ、大丈夫よ」
あたしは努めて明るく言った。
「要は、この手配書に書かれている魔物を全員倒せばいいんでしょう?」
「……それはその通り、なのですが……」
ミーシャは一層、顔を曇らせた。
「リズペット様は今回お一人で討伐に向かわれると伺っております。いくら百戦錬磨のリズペット様とはいえ、多勢に無勢という言葉もございます」
「けれど、他に選択肢がないのだから仕方ないじゃない」
「だからこそ、今わたしがいくつか案を提案差し上げていたんですよ……」
そうだったのか。だとしたら悪いことをしたなと思う。
「大丈夫よ。コボルトやトロールは何度も戦ったことあるし、それが多少束になったところで、一網打尽にするだけよ」
「しかし、万が一ということはございます」
尚も食い下がるミーシャの姿勢に、あたしは違和感を覚えた。いつもならギルドがあたしのやり方に口を出すことなんてしない。魔物の倒し方は冒険者の方ががよくわかっているのだから、ギルドはそれができるかできないか、あるいはいくら払うかを判断するだけだ。
「……それじゃあ、どうしたら良いと思う?」
あたしは少しだけ眉を寄せながら、いじわるっぽく質問した。
ミーシャは一つ息を飲んだ後で、言葉を続けた。
「……僭越ながら、リズペット様は一時的でもパーティーを組まれるべきです」
「嫌よ」
「しかし!」
あたしは即答した。しかしミーシャも引き下がらない。今日の彼女はいつになく頑固だった。
「リズペット様も人間でいらっしゃいます! お一人でできることには限界がございます故、危険の芽は分散させておくに越したことはございません!」
「あのねぇ……」
「ここに、候補となるパーティーの一覧をご用意しております。皆、リズペット様の下で一緒に戦えることを光栄に思っている者たちです。どうか、お好きなパーティーをお選び下さい」
「無理ね」
「……そうですよね。いきなり名簿を見せられても判断なんてできかねますよね。それでは、各パーティーの構成と特徴について、わたしからご説明を――」
「――そこまでにしなさい」
あたしは止まらない説明に言葉を割り込ませた。ミーシャはあたしの顔を見て、はっとしたような表情を浮かべていた。
その時のあたしは、少し嫌な顔をしていたかもしれない。
「あたしの実力に不安があるなら、そう言ってもらえないかしら?」
「ふ、不安だなんてそんな……」
青ざめた表情で怯むミーシャに、あたしは言葉を続ける。
「そもそも、ギルドは依頼者と冒険者を繋ぐ仲介者でしょう。その仲介者風情が、何の権限であたしのやり方にケチを付けるのかしら?」
「そ、それは……」
「そんなにあたしのやり方が気に入らないのなら、あたしは降りるわ。あなたが推薦するその選りすぐりのパーティーさんとやらにやってもらえばいいんじゃないかしら。それじゃあ――」
あたしはこれで。そう言って立ち上がろうと組んでいた足を下したところで、部屋のドアが無遠慮にバンと開いた。
唐突な騒音にあたしも、そしてミーシャもその方向に視線を奪われた。
「――やあやあ、遅れてごめんよ。ちょっと外せない用事があってね」
そう言いながら入ってきたのは、一人の女の子だった。背丈は低く、顔にはあどけなさが残る彼女だったが、この冒険者ギルドに通う人間で、彼女のことをただの女の子と思う者はいなかった。
彼女の名前は、ノア・テイバー。
グレゴールのギルドマスターを務める、立派な成人女性だった。
ノアは室内を見渡した後、ミーシャに目を遣りながらにやりと笑った。
「ミーシャ、ここは大丈夫だよ。あとはボクが引き継ごう」
「……しかし……」
「任せなって。リズペットの相手は疲れただろう。今日はもう上がってもらっていいよ」
「……わかり、ました」
ノアの申し出に最初は抵抗を示していたミーシャだったが、最後はノアに押し切られる形で首を縦に振った。表情は暗く、目からは今にも涙が零れそうだった。
「……ミーシャ」
入り口のドアに向かうため横を通ったミーシャに声を掛けると、ミーシャははっとした表情を浮かべた。
「あたしも少し言い過ぎたわ。ごめんなさいね」
「……いえ。申し訳ありません……」
ミーシャはあたしの顔は見ずに、短くそれだけ言うと、俯いたまま「失礼します」と言い残して、部屋を後にした。
ノアは「うん、お疲れ様~」と笑って言った後、ドアが閉まるのを確認してからあたしに向き直った。
「……彼女を悪く思わないでやってくれ。彼女なりに、キミのことを心配しているんだ」
「……不器用なものね」
「誰もがキミの考えを慮れるわけじゃないんだ。カノンと違ってね」
ノアは小さく肩を竦めると、あたしの横を通って向かい側、先程までミーシャがいた席に座った。
そして依頼書を手にして一瞥すると、その紙をテーブルの上に滑らせて寄越した。
「説明は既にミーシャがしたんだろう? まあ、キミが心配ないというのなら問題ないさ」
「……それを言うためだけにわざわざ来たの?」
「もちろん。ボクらとしても、キミにへそを曲げられて降りでもされたら困るんでね」
ノアはあたしの顔を見て、おかしそうに笑った。彼女はいつから聞いていたのだろうか。用事があるのは嘘ではなさそうだったが、性格の悪いノアのことだったから最初からそのつもりだったのかもしれない。
「言いたいことは終わりなの? それならあたしは帰るけど」
「まあそう言うなよ。帰ってもどうせ暇なんだろうから、ゆっくりしていったらどうだい?」
「…………」
ノアの直接的な物言いに、あたしは思わず組んでいた腕に力が入った。
当然ながら、ノアはカノンが休暇中であることを知っている。あまり知られたくない相手だったが、一応ギルドの責任者には伝えておかなければならないと思い、あたしの口から伝えている。あたしが言わなくてもカノンが話しただろうし、そうでなくともこの女はどこからともなくその情報を拾い上げて来るだろうけれども。
「安心しなよ。ボクだって無意味にキミの時間を拘束したいわけじゃない。キミには、ちょっとやってもらいたいことがあるんだ」
「魔物退治とは別に、ということ?」
「ああ。何、ちょっとした調べものだよ」
そう言って、ノアは肘を付いて両手を顔の前で組んだ。
「キミは、吸血鬼について興味ないかい?」




