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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第八章
125/134

最後の晩餐③

「……ナズナは関係ない。殺すなら、わたしだけを殺しなさい」

 

 ヨルは声を震わせながらも、強く私を睨んだ。

 

「ヨル!」

 

「ナズナは黙ってて!」


 ナズナの声を、ヨルは強い口調で制する。

 まるで、自身を奮い立たせるかのように。

 

「……カノン様の言う通りだわ。わたし、どこかで甘えてた。落ち込んでいれば、しおらしくしていれば、温情で優しくしてもらえるって」

 

「ヨル! 駄目だよ!」

 

「フランもありがとう。おかげで、わたしも()()()()()()()()()()

 

 ヨルは微笑みすら浮かべて、静かな口調で言った。

 

「カノン様、一つ、お願いがあります」

 

「何でしょう?」

 

「……せめて痛くないように、してもらえませんか?」

 

「……大丈夫ですよ。()()()()()()()()()()()


 私はナイフを水平に構え、大きく振りかぶった。一撃で首をはねれば、痛みを感じることもない。

 昔から、()()()()()は得意なのだ。

 

「――フラン!」


 その時、ナズナが叫んだ。同時に、フランが立ち上がり、こちらに飛び掛かる。

 フランはナイフを持つ右腕に掴みかかると、そのまま体重をかけて押し倒そうとした。

 

「――くっ!」


 後ろに倒れそうになるのを何とか堪え、右腕にしがみつくフランを振り払おうとする。フランは必死に抵抗したが、二、三度腕を振るうと床に転がった。

 周囲を見ると、いつの間にかナズナが目の前まで駆けてきていた。

 走ってきた勢いそのままに、ナズナは私に向かって頭からしがみつくように体当たりをした。咄嗟のことに抵抗し切れず、私はナズナと共に倒れ込んだ。

 

「ナズナ! 死にたいのですか!」

 

「だから、殺すならあたしからにしろって言ってるだろ!」

 

「……それなら、望み通りにしてあげますよ!」


 私はナイフを手の中で逆手に持ち替えて、身体を密着させるナズナの背中に向かって振りかぶった。それを振り下ろそうとしたところで、右手が動かなくなった。

 視線を動かすと、リラが私の右手に抱き付いていた。

 

「リラ、あなたまで邪魔立てしますか!」

 

「フラン! ヨルを連れて逃げろ!」

 

「わかった! ……さあ、ヨル!」


 そう言って、フランは立ち上がり、ヨルの手を引いた。ヨルは戸惑いながらも、引かれるままフランに身を任せていた。

 

「いいのですか、ヨル?」


 私はナズナとリラの拘束に抵抗しながら、ヨルの背中に向かって言った。

 

「あなたに逃げ場はありませんよ。この()()を殺したら、私はどこまでも追いかけますよ?」

 

「――いえ、カノン様。()()でございます」


 声の方向に視線を動かすと、フレアがナイフを抜き、両手で構えていた。

 

「……フレア様、()()()()()()()()?」


「…………」

 

「武器を抜いてしまったら、私も加減ができなくなります。それとも、私に勝てるおつもりで?」

 

「……いえ、()()()()無理でしょう。ですが、皆さんが覚悟を示している中で、わたくしだけおめおめと生き残るわけには参りません」

 

「ばーさん! あんたは関係ないだろ!」

 

「関係ありますよ。元はと言えばわたくしが起こした問題。最初から、わたくしが責任を取るべきだったのです」

 

「……どいつもこいつも、命を大切にしない者ばかりですね!」


 空いた左手でナズナの側頭部を殴打する。怯んで拘束が緩んだ隙を見逃さず、覆いかぶさるナズナの身体を蹴り飛ばす。呻き声を上げ、ナズナの身体が宙に浮く。同時に私は身体を起こし、右腕にしがみつくリラの身体を振り払う。

 すぐさま立ち上がり、周囲を見渡してターゲットのヨルを探す。幸いさほど遠くには行っておらず、入り口のドアの前でこちらを振り返っていた。私は標的を定め、姿勢を低くした。

 

「やめろよ!」


 駆け出した私とヨルの間に、フランが両手を広げて立ちはだかる。

 

「ヨルはやらせない! やるなら、まずはぼくが相手だ!」

 

「邪魔しないで下さい!」


 勢いをそのままにフランの右肩を掴み、反対方向に突き飛ばした。軽いフランの身体は一瞬宙を舞い、床の上に転がった。

 そうして私は、ヨルと対峙した。これで、阻むものは何もない。

 

「さあ、ヨル。もう逃げ場はありませんよ?」

 

「……そうね。カノン様の言う通りだわ」


 ヨルは悟ったように言って、私に向き直った。

 

「わたしは、もう逃げない」

 

「それでは、死ぬ覚悟ができたということですか?」


 ヨルはすぐに答えなかった。私の問いを噛みしめるように、目を閉じて沈黙した。

 それから、目を見開いて静かに口を開いた。


「……()()()()()()

 

「……ほう?」


「わたしを殺せばいいなんて嘘。だって、わたしは死にたくないんだもの」

 

「それを望むのが、()()()()だとしても、ですか?」

 

「人間は()()()()な生き物でしょう? だったら、死ぬまでわがままであるべきだわ」

 

「……なるほど。それは一理ありますね――」


 ヨルに視線を向けたまま素早く右に一歩動き、左腕を少し上げる。その直後、ナイフを持った腕が脇の下を通過した。

 

「……邪魔を、しないで下さい」


 伸びてきた腕を左手で掴み、強く手前に引く。フレアは小さな呻き声と共にバランスを崩し、前のめりに倒れ込んだ。

 私は右手のナイフを振りかぶって狙いを定めた。

 ヨルの、頭に向けて。

 

「……最後に、言い残すことはありますか?」


「……ごめんなさい」


 ヨルは目を閉じて、静かな口調で話し始めた。

 まるで、覚悟を決めたかのように。

 

「カノン様やフランの身を危険に晒してしまって、ごめんなさい。そして、都合が良いことはわかっているけど、それでも――」

 

 そう言って、ヨルは再び目を開く。その目から、涙がぽろぽろと零れていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「……それが、あなたの答えというわけですか。それでは、()()()()()


 言い終わると同時に、私は右腕を振るった。指先からナイフがヨルに向かって飛翔する。ヨルが固く目を閉じるのが見えた。

 投擲したナイフは一糸乱れぬ軌道でまっすぐ飛んだ。そして。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その瞬間、ヨルは力が抜けたように、腰から砕けて座り込んだ。

 

「えっ……?」


 何が起こったのかわからなかったのだろう。ヨルは涙を溢れさせながらも、茫然と私の顔を見ていた。

 私は戦闘の姿勢を解き、ふっと微笑んだ。

 

「……あなたの覚悟はよくわかりました。その覚悟があれば、もう心配はいらないでしょう」

 

「……カノン、様?」

 

「さあ皆さん。()()()()()()()?」


 そう言った瞬間、周囲から息を吐く声が聞こえた。

 

「いってて……カノンさまったら容赦ないんだから……」


 真っ先に口を開いたのはナズナだった。

 

()()()()()()と言ったのはあなたでしょう?」

 

「そうだけどさぁ……」

 

「フレア様、大丈夫ですか?」


 リラが立ち上がり、倒れ込んだフレアに駆け寄った。

 

「あたたた……やはり、年には勝てませんね」

 

「だから、カノン様に斬りかかる役は私がやると言ったのに……」

 

「……どういう、ことですか?」


 呆気に取られるヨルに向けて、私は言った。

 

「……申し訳ありませんが、一芝居打たせてもらいました。あなたの気持ちを聞き出すために」

 

「ごめんね、ヨル」

 

 未だに状況を把握しかねているように見えるヨルに、フランが駆け寄った。

 

「怒ってくれてもいいよ。でも、ぼくらが言ったこと、それに嘘はないんだ。ヨルが苦しみから解放されるなら、ぼくは()()()()()()()()()()()

 

「そうだぜ、ヨル」


 フランの言葉に、ナズナも同調した。

 

「でもさすがに、死ぬのはちょっと嫌だけどな」

 

「……カノン様は、それで良いんですか?」


 ヨルは座り込んだ姿勢のまま、私を見上げながら言った。


「こんなことで、()()()()()のことで、わたしを許してしまって、良いんですか?」

 

「良いも何も、そもそも私は怒ってなんかいませんよ」


 不安そうに見上げるヨルを安心させるため、私は微笑みかけながら言った。

 

「あなたは、あなたなりのやり方で自分の大切な場所を守ろうとした。行為自体はともかく、その気持ちは何物にも代えがたいものです。私があなたの立場でも、きっと同じことをしたと思います」

 

「でも……」

 

「それにヨル、お前はちょっと勘違いしているぞ」

 

「えっ?」


 ナズナの言葉に、ヨルは目を丸くした。

 

「お前は()()許されちゃいない。お前の罰は()()()()始まるんだ。あたしという院長の下で働かないといけないという罰がな」


「……その理屈だと、ぼくも罰を受けることになるんだけど……」


「うるせーな! 大体お前は今まで散々サボってきただろ! 因果応報ってやつだ!」


「うー、それを言われると弱いなぁ……」

 

「……ふふっ、はははっ。何それっ」


 ナズナとフランのやり取りを見て、ヨルはようやく笑みを零した。

 そして目元を拭った後で、笑いながら言った。

 

「そんなの、死ぬより大変じゃない……!」


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