最後の晩餐②
「待ってくれ! 話が違うよ!」
ナイフを突きつけた私に、ナズナが悲鳴にも似た叫び声を上げる。
「みんなで集まって、温和な空気を作った後で、ゆっくりヨルを説得する。そういう話だったじゃんか!」
「ええ。ですが、ヨルがこれ程までに罰を欲しているのであれば、予定を変更せざるを得ません」
「それなら、罰を与えるのはあたしの仕事だ! 院長であるあたしの!」
「部外者は黙っていてくれませんかね、代行様。それに私は――」
私はナイフの切っ先、そのさらに先にあるヨルの顔に視線を遣った。
「――ヨルのことを許したと言った覚えはありません」
「カノン様!」
叫び声と共に、リラが立ち上がった。
「……その刃物をお仕舞い下さい。カノン様、それにフランの命を危険に晒した責任は、私にあります」
「それなら、ヨルの代わりにあなたが死んでくれるというのですか?」
「……はい」
少しだけ逡巡しながらも、リラは力強く、そしてはっきりと言った。
その勇敢な姿勢に、私は思わず笑みが零れた。
「随分と殊勝な心掛けではないですか。ですが、それはできません」
私が告げてもリラは表情こそ変えなかったが、少し頬を強張らせていた。それでも反応が薄かったのを考えると、もしかしたら私の答えをある程度予想していたのかもしれない。
「法の下において、誰かの罪を肩代わりするという行為は存在しないんですよ。犯した罪は、犯した本人が背負わなければならない。トカゲの尻尾切りではないのですから」
「カノン様、法の話をされるのであれば」
続けて、フレアが立ち上がって言った。
「既に、代行者たるヴァネッサ様の名の下に処分は決定されております。ヨルについても、処分なしが妥当であると、法の下で決められております。カノン様と言えど、私的に刑罰を執行するのには同意しかねます」
「大主教猊下が下した処分は、あなたの資金流用に関するものでしょう?」
「その通りです。ですが――」
「ナズナ様からどのような説明を受けたかは知りませんが、私やフランを殺そうとした罪はまだ裁きを受けておりません。何故なら、シンシアは見ていなかったと言っていたのですから。私も通達された書面は見ておりませんが、殺人未遂の方は触れられていなかったでしょう?」
私が目を遣ると、ナズナは無言だった。それは、同意の証だった。
「その罪はまだ裁かれていない。その点からも、リラ、あなたが罪を肩代わりすることはできないのです。何故なら、あなたも当事者だからですよ。ヨルの次は、あなたの番です」
「それなら、当事者であるぼくからも発言させてもらうよ」
そう言ってフランは立ち上がり、私をじっと睨むように見据えた。
「加害は、被害と対になって初めて成立するものだ。そもそもぼくは被害なんて受けていない。だから、二人の加害もない」
「フラン、あなたがどう捉えるかはあなたの自由ですが、それを私にまで押し付けないで下さい」
私がにべもなく言うと、フランは私を睨んだまま、ぐっと奥歯を噛みしめていた。
「私には、ナンバーズとして遂行するべき『役目』があります。それをいたずらに危険に晒したということであれば、簡単に捨て置くことなどできません」
私は周囲を見渡しながら言った。ナズナは歯ぎしりをしながら、テーブルの上で両手を握りしめていた。フレアもリラもフランも、一様に何か言いたげな表情を浮かべながら、その一言を口に出せずにいるようだった。
私は、再びヨルに視線を戻した。
「さあ、ヨル。今ここで我が父に向かって懺悔なさい。そうすれば、その魂は救われるでしょう」
「わ、わたしは……」
「それとも、先程までの発言は嘘だったのですか? 自分が放免されるのは許せない、もっと自分を憎めというのは、その程度の覚悟だったのですか? そう言っておけば都合良く、死なない程度の罰が与えられて救われるとでも思いましたか?」
「もう、やめてくれ!」
ナズナがテーブルを叩きながら立ち上がった。顔は俯いたまま、両手がわなわなと震えていた。
「……カノンさま。悪い冗談とかじゃ、ないんだよな?」
「ええ。私は嘘が下手ですので」
「それなら言わせてもらう。これ以上ヨルを傷つけるのは、あたしが許さない! もしどうしてもやるなら、あたしを殺せ!」
「部外者が罪を肩代わりできない、とは言ったはずですが?」
「肩代わりじゃない! あたしを殺してからにしろと言ったんだ!」
ナズナは怒りにも似た視線を私に向けながら、胸に拳を当てて言った。
「ヨルは、この修道院に来てからずっと一緒にやってきた仲間であり、友達だ! そんな友達を見捨てるぐらいなら、あたしの命はここまででいい!」
「やれやれ。命を粗末する人間は嫌いなのですが」
「よく言うよ! それに、もし無関係のあたしを殺せばあんたも罪人だ。そうすれば、我が父の法があんたに復讐してくれる!」
「その程度の脅しで、私が臆するとでも?」
「ああ、あんたはやると言ったらやるだろうね。でも、それでいい! あたしが友達のために命を張ったこと。その事実は我が父も見ていて下さる!」
そう話すナズナは目に怒りの炎を灯しながらも、表情は穏やかで、どこか笑ってすらもいた。
私は、ナズナという人物のことを少し見くびっていたのかもしれない。
「……まったく、あなたはそういうことを言うタイプではないと思っていたのですが、立場が人を作ったということですかね」
私は苦笑いを浮かべながらナズナに向き合った後、未だに怯えた表情のヨルに視線を移した。
「いいでしょう。それではヨル、あなたに選ばせてあげます。あなたとナズナ、どちらを先に殺すかを」
「そ、そんなの……」
私の問いかけに、ヨルは呻きにも似た声を漏らした。
「ああ、何ならリラからでもいいですよ? それに、選ばなければ同時に殺すだけですよ。幸い、刃物はここにたくさんありますからね?」
「やめろ! ヨルに押し付けるな! 選択ならあたしがする! あたしから殺せ!」
「……あなたのお友達はああ言っていますが、どうしますか?」
「……いやだ」
ヨルは青ざめた表情のまま、呟くように言った。
その後、視線を上げ、声を震わせながら私を睨み返した。
「……ナズナは関係ない。殺すなら、わたしだけを殺しなさい」




