修道女たちの処分
「一応、あなたにも感謝を伝えておきます」
大聖堂の一角にある小さな部屋で、ヴァネッサは吐き捨てるように言った。およそ感謝の欠片も見られない、感謝とは程遠い感謝の言葉だった。
その部屋は、大主教ヴァネッサが執務室として使用している部屋だった。装飾も一切なく、調度品の一つも置いていない質素な部屋は、何も言われなければ位の低い者の控室か、もしくは物置部屋に間違われるだろう。ヴァネッサは狂信的な一方でお金に頓着が無さそうなので、「役に立たないものを置くぐらいなら換金して我が父への貢物の足しにしなさい」とでも言っているのかもしれない。
フレアたちの一件が明るみに出てから三日後、私は大主教ヴァネッサに呼び出されて、大聖堂に赴いていた。
執務室にはヴァネッサが着席し、背後でシンシアが不機嫌そうに腕を組んでいた。
「今回の件は、修道士たちの勇気ある行動によって解決をみましたが、一応あなたにも見るべきところがあったと理解しております」
「これでも、身体は張ったんですけどね」
「貴様は茶を飲んで倒れただけだろう」
私が抗議すると、シンシアが辛辣な言葉を差し込んできた。それは部分的には事実なのだが、もう少し言い方というものがあるのではないだろうか。
「そんなことありませんよ。私だってフランを助けたりしましたし」
「……それに関しては、確かにあなたの功績と言えるでしょう。神の信徒として当然の行動とはいえ、十分に賞賛に値するものだと思います」
「……それなら、素直に誉めて欲しいんですが……」
私は苦笑しながら、この話題は自分に分が良いものではないと判断して、話題を変えることにした。
「それで、今日のご用件はそれだけですか?」
「当然、本題はここからです。彼女たちの処分が決定しました」
ヴァネッサの言葉に、思わず息を飲んだ。
今回の件――コロン修道院での資金流用、及びそれにまつわる一連の事件では、血こそ流れなかったが、様々な問題を引き起こした。
汚職の主犯格である院長のフレア、事件隠蔽と殺人未遂を犯したリラ、人間を昏倒させる薬で悪事を幇助したヨル。
彼女たちの処分は、三日前シンシアの裁定により一時保留となっていた。処分保留のまま、彼女たちは修道院内で謹慎しつつ今日の日を迎えていた。
正直なところ、どのような処分が下るかは予想ができない。
普通に考えれば、事件に関わった彼女たちは全員拘留か、悪ければ破門だろう。いずれにしても重い罰は避けられない。
また、今回直接関わっていないナズナやフランも決して油断はできない。同じ修道院の者として、連帯で何かしらの処罰が与えられる可能性もある。
全ての可能性を頭に入れながら、ヴァネッサの言葉を待った。
そして、ヴァネッサがその処分の内容を口にした。
「修道士フレア並びにリラの両名を、修道院から除名の上、コロンからの追放と致します」
私は、思わず声が出そうになった。
何かの勘違いではないのか。
もしくは、誰かと間違えているのではないか。
「……何か、言いたそうですね?」
私の表情を察したヴァネッサが、眉を寄せながら言った。
「いえ、随分お優しいなと思いまして」
「優しさで処分を曲げたつもりはありません。これは我が父の法に則った処分です」
「……詳しい理由をお聞かせ頂けないでしょうか?」
「あなたに話す義務はありませんが、まあ良いでしょう」
ヴァネッサは嫌そうに眉間に深く皺を刻んだ後、一つ息を吐いた。
「まず、どのような理由があったとしても、彼女たちの行いは到底看過できるものではありません。一方で、彼女たちの功績についても認めなければなりません」
「功績、ですか?」
「院長フレアの資金流用は許しがたい行為ですが、彼女の行為は彼女だけでは成立しないものです。リラという協力者の存在を考慮しても、です」
「はい。彼女たちの行いはいずれ露見するものでした。通常であれば」
「その通りです。これまで彼女たちが見逃されていた事実は、我が本部にそれを幇助した者の存在があることを示唆しています」
私が口に出しにくかったことを、ヴァネッサはあっさりと言葉に出した。
「徹底的な内部調査の結果、当方の財務部門の担当者数名において、大規模な資金流用が発覚しました」
「……やはり」
「やはり、何ですか?」
「いえ、何でもありません」
「おい貴様、ヴァネッサ様の話の腰を折るな」
シンシアに叱責されて、肩を竦めながら内心苦笑した。
やはり思った通り、ヴァネッサはそのような汚職を見逃すような人間ではなかったか。
「……それで、担当していた者どもは既に更迭の上、破門が確定しております」
「まあ、当然でしょうね……」
「わかりますか? フレア、及びリラの勇気ある罪の告発によって、このような恥ずべき事態が発覚したのです」
「……えっ?」
「もちろん、それによって彼女たちの罪が消えることはありません。ですが、功績は功績として認めなければ信賞必罰の法が崩れてしまいます。よって、彼女たちの罪は功によって相殺し、残った罪を鑑みて除名及び追放が妥当と判断しました。――以上です」
ヴァネッサは表情を変えないまま、淡々とした口調で言い終えると、椅子の背もたれに身体を預けた。これ以上話すことはない、ということらしい。
「あの、ヴァネッサ様?」
「何ですか?」
「……少し、無理がありませんか?」
「おい貴様、ヴァネッサ様の決定に不満があるというのか」
「いえ、別にありませんが……それより、他の者の処遇はどうなりましたか?」
「他の者?」
私の言葉に、ヴァネッサは小さく首を傾げた。
「ナズナやフランはともかく、ヨルは――」
「他の者については、シンシアから特に報告は受けていませんが?」
「……シンシア?」
「私は、見たままを報告しただけだ」
シンシアは腕を組み、そっぽを向きながら答えた。
「そもそも、私の役割は貴様のお守りだった。それ以外のことは、まあ多少の見落としはあったかもしれないな」
「多少、ですか……」
私は思わず頬が緩んだ。それを見逃さず、ヴァネッサは不機嫌そうな声を上げた。
「何ですか。あなたは、シンシアがこのわたしに隠し事をしているとでも言うつもりですか?」
そのお互いがお互いを庇い合うやつ、ずるいと思うんですが。
「いえ、別に。……ありがとうございます」
「何の礼ですか、それは」
「他意はありませんよ。我らが父の巡り合わせに感謝したのです」
「……まあいいでしょう。用事は以上です。さっさとわたしの前から消えなさい」
「自分から呼んでおいてそれはないでしょう。それに、自分の用だけ済んだらさっさと帰れはあまりにもひどいと思います」
「それでは、あなたの用とやらを教えなさい。一応、聞くだけは聞いてあげます」
「そんな言い方はないでしょう……」
私は口を尖らせながらも、私自身の用事を口にした。
「一つだけ、教えて下さい。……どうして、それほど私が憎いのですか?」
「……それを知ってどうするのですか?」
ヴァネッサは表情を変えず、私を睨みつけながら言った。
「別に何もしませんよ。謝って済むならいくらでも謝りますが」
「……あなたに話すことなどありません。早く失せなさい」
「……そうですか」
答えは得られなかったが、それはある意味想定通りだった。本当に憎い相手ならそんな質問には答えない。どの口が言っているのかと思うだけだ。
この場合は逆に、答えを得られなかったという答えを得たとも言える。
「それではお望み通り、私はこれで――」
「――仮の話ですが、」
失礼します、と言おうとしたところで、ヴァネッサの予想外の言葉が飛んできた。
「もしあなたが大切なものを、誰か別の人間のミスで亡くしたとしたら、あなたはその人間を許せますか?」
「……それは、何かのテストですか?」
「いいから早く答えなさい」
「はあ。そんなもの、決まっているじゃないですか」
私は迷いなく答える。大切な人――リズの顔を思い浮かべながら。
「その人間を殺します。たとえ、どんな手を使ってでも」
「それが、我が父の教えに背くものだとしても、ですか?」
「同じ回答は二度言いません。……それでは」
そう言って、私は今度こそ部屋を後にした。




