決戦、ドレイクドラゴン①
ドレイクドラゴンは元々神話や言い伝えの中に登場する魔物だったが、その存在が確認されたのは比較的最近――ここ三十年以内とされている。
その生態の多くは今なお謎に包まれており、「教団」独自の調査でもわかっていないことが多い。目撃情報が少ないことは当然として、彼らは警戒心が強く、数百メートル離れた生き物の存在をも探知するため、観察のために近寄ることが難しいのが要因として挙げられる。
その存在が注目されるようになったのは、今まさに私たちがいるヴォイド山脈における出現情報である。
人里に程近く、貿易路としても活用される山間の道に出現した巨大な魔物は、周辺住民のみならず各地を旅する冒険者にとっても恐怖の対象となった。
四足歩行で岩石のような灰色の肌、地面から背中までの高さは五メートルほどだが、頭から長い尻尾までを含めた体長は十メートルを超えるという。
彼らがヴォイド山脈に移動してきた理由は定かではないものの、ドレイクドラゴンに関する複数の目撃情報が出て以降、付近の魔物の数が激減していることが確認されている。そのことから、彼らは同じ魔物を食らうのと同時に、エサとなる魔物を求めて移動してきたという説が現時点では有力視されている。
いずれにしても、討伐する上ではあまり参考にならない情報しかないのが実情だった。
「リズ様」
およそ生き物のものとは思えない咆哮を耳にして、私は主人に声を掛けた。
「彼らは探知範囲が広く、遭遇した時点ですぐに戦闘になるでしょう。なので、今のうちに作戦を決めておくべきです」
私の言葉を受けて、リズは小さく頷いた。私が持っている情報は既に共有済みだった。
「まず私が先制で一撃を加える。その後、相手が一体なら二人で集中攻撃して倒す。複数体いるようならあたしが前列に立ちつつ、カノンは後方から支援。とにかく攻撃を食らわないようにしながら数を減らしすように立ち回る」
リズはすらすらと、迷いなく言葉を並べた。おそらく昨日の時点で検討済みだったのだろう。
私は、少しだけ躊躇しながら口を開いた。
「もし、リズ様の一撃でダメージが入らなかったら?」
我ながら、失礼な発言だと思った。作戦失敗時の代替案は考えておくべきではあるが、これでは主人の力を信用していないと言っているのと同義だ。
「残念だけど、その時は大人しく撤退ね。体制を立て直してまた再戦しましょう」
だが、リズは気を悪くした様子もなく、肩をすくめて言った。その思い切りの良さはさすがだと思った。クラウスたちにあれだけの啖呵を切った手前、失敗の判断を下すのはプライドが邪魔をしそうなものだが、彼女にはそういった蛮勇さは無縁のようだった。
そこまでの覚悟が聞けたなら、私も異存はない。
「あと、最後にもう一つ」
そう言って、リズは私に目線を合わせた。その目は真剣そのものだった。
「絶対に、無茶はしないこと。カノンもあたしも、危なくなったら退く。いいわね?」
「リズ様?」
「返事は?」
「……承知致しました」
よろしい、と言って、ようやくリズは視線を外した。
——無茶をせずに勝てる相手であれば良いのだけど。
内心思うところはあったが、承諾しないと先に進まないような、そんな気迫を感じた。
そうして、私が先頭を歩きつつ、咆哮の発生源に向けて歩みを進めた。警戒するべきはドレイクドラゴンだけではなかったが、幸か不幸か、道中他の魔物に遭遇することはなかった。
幸運だったのは、本格的な戦闘の前に余計な消耗を抑えられたこと。
一方で不幸だったのは、噂通りの獰猛な魔物が存在していることであり、且つこの周辺の魔物を捕食、もしくは追い散らし切るほどの数がいるということである。
やはり、相手は複数体存在している可能性が高い。
そしてその答え合わせは、まもなく行われた。
山々の中に現れた盆地の草原地帯、そこには巨大な大岩のような生物が二体。
話に聞いた通りの、恐ろしげで巨大な姿――ドレイクドラゴンだ。見るからに興奮状態であり、侵入者である私たちの存在には気付いているようだった。
私は振り返り、無言で目配せをすると、リズもまた無言で腰から剣を引き抜いた。
前に歩を進めるリズに向かって私はスキルを発動した。身体能力を向上させる筋力補助と、魔力の膜で身体を覆う防護のスキル。未知の相手にどれだけ意味があるかはわからないが、お守り程度の効果はあると信じたい。
リズは剣を握る両手に力を込めると、そのまま目標に向かって飛んだ。
「はあああああああっ!!」
リズの叫び声と共に剣が振り下ろされ、ドレイクドラゴン、その一匹の背中を切り裂いた。
そして、絶叫にも似た咆哮と共に、真っ赤な血が雨のように降り注いだ。




