明かされた真相
私は受け身を取ることもできないまま、うつ伏せで床に倒れ伏した。瞼が重く、意識が飛びそうになるのを奥歯を噛んで何とか耐えていた。
「カノンさま!? どうしたの!? 大丈夫!?」
頭上から、フランの叫び声が聞こえる。応えてあげたかったが、声を出すのも、腕を動かすのも億劫だった。
「ちっ、そういうことか。おい! 貴様! そこにいるんだろう? さっさと出て来い!」
シンシアが声を上げると、ドアがゆっくりと開く音が聞こえた。続けて、こつこつと床を鳴らす靴の音が響いた。
腹部と肩を触る感覚の後、身体を仰向けにされる。ぼんやりとした視界の先には、心配そうに覗き込むフランの顔、そして、その背後に立つその人物の姿。
「おい! リラとかいったな! 説明しろ!」
既に状況を察しているシンシアが、目の前に立つ人物――リラに向かって問いただした。リラは落ち着き払った表情で、私を見下ろしていた。
「……意外ですね、まだ意識があるとは。一応、トロールも一撃で昏倒させる程の薬なのですが」
「……リラ? 何を言っているの?」
「どこまでおめでたいんだ、貴様は!」
シンシアは舌打ちをした後、フランに向かって叱咤の声を飛ばす。
「見ればわかるだろう! この女が毒を盛ったんだ! そこで寝ているカノンにな!」
「……リラ、本当なの?」
「シンシア様、人聞きが悪いですよ」
リラは微笑みを絶やさないまま、諭すような口調で言った。
「これはお薬です。カノン様はお疲れのようでしたので、ゆっくりお休みになれるように、ね?」
「そんな……」
「本当は、フランにも同じものを飲んでもらう予定だったんですよ? けどヨルったら途中で怖気付いたみたいで、効果の薄いものをお出ししちゃったの。おかげで、フランは途中で意識を回復して、ぎりぎり生き延びてしまった。カノン様の様子だと、今回はちゃんとやってくれたみたいね」
「嘘……だよね……?」
フランは声を震わせながら言った。声と共に、私の身体を支える手にも震えが伝播していた。
「フラン、あなたが悪いんですよ?」
「ぼくが……?」
「あなたが、早く諦めてくれていれば。そして、無駄に抵抗せず早く死んでくれていれば、こんな手間をかけずに済んだのに。おかげで――」
リラは私を見下ろして、口角を上げながら言った。
「――私がカノン様を殺さなくてはならなくなったじゃないですか」
「そんな……どうして……!」
フランは目の前で起きていることが信じられないのか、尚も懇願するように言った。
「どうして、ですか。ふふっ、これは異なことを言うんですね」
リラは眉を寄せて、吐き捨てるように言った。
「フラン、あなたには心当たりがあるんじゃないですか?」
「……やっぱり、あれは本当だったんだね」
リラの言葉に、フランは悟ったように答えた。
「フレアさまがやっているような小細工はぼくじゃなくても、見る人が見ればすぐにわかることだ。それが見逃されていたということは、それを隠蔽している人間がいるということだ。もしかしたらとは思っていたけど、やっぱり――」
「やれやれ。フレア様は詰めがお甘いのですよ。あなたのような存在を野放しになさるのですから。何度もフランを特別扱いするなと申し上げていたのですが……」
リラは否定しなかった。つまりそれは肯定したということだ。
要するに、フレアの完全犯罪は、リラという協力者がいて初めて成立していたのだ。
「さあフラン。答え合わせはここまでです」
そう告げると、リラは修道服のポケットからナイフを取り出し、その刃を抜いた。そして慣れた手つきで持ち帰ると、切っ先をこちらに突き出した。
「カノン様がお待ちです。早く我が父の元に送って差し上げなければ」
「――ふん、私を無視するとはいい度胸だな」
その時、それまで事の経緯を見守っていたシンシアが口を開いた。
「貴様らの事情など知らんが、私の前で狼藉は許さんぞ。それとも、この私とやり合うつもりか?」
「……シンシア様、良いのですか? カノン様はあなたのご主人――ヴァネッサ様の宿敵ではないのですか?」
「それとこれとは別だ。このような形で決着を付けることを、ヴァネッサ様は望んでおられない」
「あなたが見逃せば全てが丸く収まる、としてもですか?」
「……どういうことだ?」
シンシアが訝しげな表情を浮かべるのを横目に、リラはフランに向き直った。
「フラン、お伝えして差し上げなさい。ヴァネッサ様も私たちの不正に無関係ではないということを」
「何だと!?」
リラの言葉を受けて、シンシアは目を見開き、フランの顔を見た。突き刺すような視線で、今にも手が出そうな顔だった。
二人の視線を受けて、フランはゆっくりと喋り始める。
「……今回、フレアさまがやっていたのは地代収入額の偽造、つまり帳簿の書き換えだ。収入が減るということは、本部に上げる上納額が減るということだ。そんなことをすれば、当然本部には不審に思われるだろう。つまり……」
「つまり、何だ? さっさと言え!」
「つまり、フレアさまの不正を黙認する人間が必要だ。そしてこの場合、それを黙認できる人物と言えば――」
「ふざけるな!」
そこで、シンシアが声を張り上げた。
「ヴァネッサ様がそんな不正を見逃すはずがないだろう! あの高潔なヴァネッサ様が!」
「もちろん、証拠はないよ。さすがに本部のことまでは調べられなかったから。証拠はないけど、知ってなきゃおかしいんだ」
「そういうことです。シンシア様」
満足したように笑った後で、リラはシンシアに向き直った。
「ここでカノン様とフランの二人を消せば、これ以上証言できる者は残っておりません。ヴァネッサ様が関わっていた可能性も、私たちの中に葬ることができるのです」
「……この私に、悪事の片棒を担げと?」
「シンシア様は何も見ておられませんでした。これから私がやることも。ここで起こる出来事も。あなたは、何も見ませんでした」
「……貴様、ヴァネッサ様そっくりだな。その性格の悪いところが特に、な」
「シンシアさま!」
懇願するようなフランの言葉が部屋に響く。シンシアは目を固く閉じ、両の拳を握りしめてわなわなと震えさせていた。
やがて一つの結論を導き出したのか、握っていた手を開きながらこちらに背を向けた。
「……さっさと済ませろ」
「承知致しました」
「そんなっ! リラ、やめてよ! リラっ!」
リラがゆっくりと歩み寄る。フランは私を抱きかかえながら、必死に叫んでいた。
昨日までの、友人の名前を。
「フラン、恨むなら己の好奇心を恨みなさい」
「……フラン……」
私は痺れが残る口を動かして、何とか言葉にした。
「……えっ?」
「……離れ……なさい……」
「そんな……」
「……いいから……早く……」
「……カノンさま?」
私の目を見て、フランは何かを察したように、もしくは諦めたように頷くと、私を抱く腕を緩めた。
その様子を見て、リラはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫です。フランもすぐに後を追わせてあげますから」
私の頭上で、ナイフを逆手に持ち、両手で振りかぶった。
「さようなら、カノン様……!」
そして、リラはその手を勢いよく振り下ろした。
「――リラっ!」
私は叫ぶと同時にフランの身体を突き飛ばし、自身も反対方向に転がった。リラの振るった刃は私の頭があった場所を通過し、床板に突き刺さった。
私は転がった勢いで膝を付き、背中のナイフを抜いた。
「――えっ?」
私の動きに、リラは目を見開きながらも、すぐさま刺さったナイフを抜き、私に向き直ろうとした。
だが、私の方が一歩早い。
私はしゃがんだままナイフを振るい、リラの手からナイフを弾き飛ばすと、リラの身体にしがみつくようにして体重をかける。咄嗟のことにリラは反応できず、私ごと床に倒れ込んだ。
「――ぐっ!」
倒れた衝撃でリラが呻き声を上げるのを聞きながら、私はリラの首を左手で押さえる。まだ温かい、温もりのある肌だった。
私はすぐさま右手のナイフを逆手に持ち替え、リラの顔を目がけて振り下ろす――




