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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第八章
118/124

聴取とお目付け役

 フランを殺そうとした犯人の候補として、真っ先に私自身を挙げたのには理由がある。

 そもそも、人間を殺すのは容易ではない。

 両者にどれほど実力差があったとしても、見知らぬ相手に一方的、且つ無抵抗でやられるケースはそれ程多くない。フランの部屋に争った形跡――散乱した物や壊れた品が見当たらないことからも、相手はフランの油断を突ける顔見知りであることが推察される。

 また、油断を突いたとしても、迅速にフランの抵抗力を奪った後で部屋の天井からロープを吊るし、フランの首を吊らせる。これだけの作業を誰にも気付かれず、且つフランに抵抗されずに行うのは至難の業だ。少なくとも()()()()()には。

 そう、()()()()()()()()()

 まず、私はフランから秘密を打ち明けられる程度には信用されている。日中、私が急に会いに来たところで彼女は疑問に持たない。一度懐に入ってしまえばあとは簡単だ。脳天を殴って昏倒させるなり、首を絞めて意識を奪うなりして動けなくしたところで、ゆっくりと作業に取り掛かればいい。強いて言えば、私だったら首を吊らせるなどという迂遠なやり方はしないが、それも犯行を誤魔化すための逆張り、ということで説明が付いてしまう。

 今回、フランを襲うこと自体は誰でもできる。私やリラはヴァネッサの案内で彼女の傍にいることが多かったが、だからと言って常に付き従っていたわけではない。それはフレアも同様だし、まして案内に参加していないナズナやヨルはもっと時間的猶予があるだろう。

 もちろん、私にフランを殺す理由はないのだが、それは他の者も同様だ。リラはフランとの「元通り」の生活を望んでいたし、フレアは大主教に目を付けられるまでフランを庇っていた。ナズナやヨルも、すれ違ってはいたが決してフランのことを嫌っていたわけではないだろう。

 理由の無さでいえば横一線だが、その中で私は別だ。

 私は、()()()()()()()()()()()()

 少なくとも、それらの事実を客観的に否定する材料を、私は持ち合わせていなかった。

 だからこそ、私は自分自身を容疑者の筆頭に挙げた。

 

「おい、貴様」


 フランの部屋の前で思考を巡らせていた私に、不機嫌な声が投げかけられた。

 私は意識を現実に引き戻し、声の主に視線を向けた。

 

「……説明ならリラがしてくれたと思っていましたが……まだ、何かありますか?」

 

「大ありだ。私はまだ、肝心な部分の説明を受けていない」


 そう言って、黒の長衣の女性――シンシアは敵意を剥き出しにした。

 

「何故この私が貴様の()()()をしなければならんのだ」

 

()()()ではありませんよ。()()()()()です」

 

「同じことだ。それよりお前の使いで来た女、リラとかいったか、奴は事情を話した上でヴァネッサ様に陳情してきたぞ。この私を少し貸してくれ、と。他の誰でもなく、何故()()()なのだ」


「……私たちの事情に巻き込んでしまったことについては、申し訳ないと思っていますよ」


「それはもういい。ヴァネッサ様からの命令もあるしな」


 シンシアの鋭い視線を受けて、私は一つ溜め息を()いた。彼女が私の要望を素直に聞き入れたのは意外だと思っていたが、どうやらあまり状況もわからず、「ヴァネッサの命令だから」ということでやってきたらしい。まったく、大した忠誠心だなと思った。

 私は預けていた壁から背中を浮かし、組んでいた腕を解いてシンシアに向き直った。


「何故、と言われても、あなたが都合良かったからですよ」


「……続けろ」

 

「お聞きの通り、私たちの修道院で一人の人間が殺されかけました。その容疑者として、客観的に怪しいと思われるのがこの私です」


「奇遇だな。私も同感だ」


「茶化さないで下さい。……私が自分でそう言った以上、容疑者候補の筆頭である私が自由に動くわけにはいかないでしょう。そのためのお目付け役です。一方で、お目付け役は私を()()()()できる人間でなければなりません」


「ふん、なるほどな」

 

「その点、あなたは適任です。実力もさることながら、私を敵視して()()()()()。お目付け役として、これ以上の人間はいない」

 

「……何なら、もっとわかりやすくしてやってもいいんだぞ?」

 

「どうぞご自由に。ご主人様に許可されているのであれば、ですが」

 

「くっ、お前はいつか殺す!」


 乱暴に言って、シンシアは目の前のドアを睨んだ。

 

「では、さっさと済ませるぞ。私はヴァネッサ様のお側にいなければならないんだ」

 

「もう少しお待ち下さい。現在診療中ですので」


「ええい、話を聞くだけだろう。いつまで待たせるんだ」


「そう焦らなくても、患者は逃げませんよ」


「くぅ~~いらいらするな!」


 地団太を踏むシンシアを適当にあしらっていると、部屋の中から一人の女性が姿を現した。フランの診察と治療を行っていた医者である。

 

「命に別状はありません。初期の対応が素晴らしかったのでしょう」

 

「話はできますか?」

 

「少々記憶が混濁しているようですが、問題ないと思います。ただ無理はさせませんように」

 

「わかりました。どうもありがとうございます」


 私が一礼すると、医者も礼を返して、立ち去って行った。

 私はシンシアに向き直った。

 

「さあ、いきますよ。せいぜいしっかり見張ってて下さいね」

 

「わかっている。変なことをしたら叩き斬るからな」

 

「それでこそ、呼んだ甲斐があったというものです」


 私はにやりと笑うと、ドアを開けてフランの部屋に入った。その後ろからシンシアが付いてくる。

 フランはベッドの上で身体を起こした状態でいた。少々上の空のような顔だったが、私の顔を見るなり、ぱっと表情が明るくなった。

 

「カノンさま! ……えっと、そちらの人は?」

 

「ちょっとした助っ人みたいなものですよ。あまり気にしないで結構です」


 私がシンシアに目を遣ると、シンシアは苦い顔をして顔を背けた。

 

「……そう、なんだ……」

 

「それで、お身体は大丈夫ですか?」

 

「うん、最初は手が痺れる感じがあったけど、今は大丈夫だよ」

 

「それは良かった。ご無事で何よりです」

 

「それと、お医者さんから話は聞いたよ。カノンさまはぼくの命の恩人だね」

 

「これぐらいは大したことではありませんよ」

 

「おい」


 私が話しているところに、シンシアが口を挟んだ。

 

「いつまで喋ってる。さっさと本題に入れ」

 

「わかっていますよ。せっかちな人ですね」

 

 苦笑しながら、改めてフランに向き直った。

 

「フラン、早速で申し訳ありませんが、今朝の状況について教えてもらえますか?」

 

「うん、ぼくもそうしたいのはやまやまなんだけど……」


 何故か、フランは言い淀んだ。

 

「……どうかしましたか?」

 

「……実は、あまりよく覚えていないんだよね」

 

「おい、貴様、ふざけるのも大概にしろ」

 

「ふざけてないよ! ただ、気が付いたら首が吊られていて、何とか逃れようとしたけど無理で、それですぐにまた気を失っちゃって……」

 

 フランの要領を得ない説明を聞いて、シンシアは「とんだ無駄足だったな」と舌打ちをした。

 やはり、記憶が混濁しているというのは本当らしい。

 

「シンシア、あなたは少し落ち着いて下さい。……焦らなくて良いですから、ゆっくりと思い出して下さい」

 

「うん、ごめんね……」


 ちょうどその時、コンコンとドアが叩かれた。

 失礼します、という言葉に振り返ると、リラが盆に湯気の出たカップを乗せて入ってきていた。


「カノン様、お茶をお持ちしました」


「リラ、ありがとうございます」


 私が応じると、リラは盆を私に差し出した。


「……おい、私には無いのか?」


「シンシア様にもすぐにお持ちしますので、少々お待ち下さい」


「ふん」


 シンシアは不満そうに鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わずに眉を寄せるに留めた。

 私はお礼を言ってリラからカップを受け取り、香りを嗅いだ。


「……いつもと違うお茶ですね。何か特別なものでも?」


「ええ、ヨルが採ってくれた薬草が入っているんです。身体の芯から温まって、リラックスできると思います」


「そうなんですね。ありがとうございます」


「フランの分も、すぐに持ってくるから、待っててね」


「うん、ありがとう」


 フランが応じるのを見て、リラは「では」と残し、部屋を後にした。


「おい、さっさと飲め。そしてさっさと終わらせろ」


「そう焦らせないで下さいよ。……私は熱いのが苦手なもので」


「ちっ、まあいい。おい女、他に覚えていることはないのか?」

 

「えっ? えっと……」


 シンシアに促されて、フランは顎に人差し指を当ててぶつぶつと呟き始めた。

 

「えっと……朝起きて……部屋で本を読んでて……それから何だか喉が渇いて……」

 

「ええい、さっさと思い出せ。私は忙しいんだ」

 

「あなたはちょっと黙ってて下さい。……それで?」

 

 シンシアを窘めながら、私はリラのお茶を一つ口に含んだ。

 

「……喉が渇いて……何か飲もうと思ったところで……そうだ! ちょうどヨルが訪ねてきて、お茶を持ってきてくれたんだ! それで、そのお茶を飲んでから何だか眠くなって……」


 その瞬間、私の手からカップが零れ落ち、床に落下した。周囲に熱い液体が散乱し、お茶の芳香な匂いが室内に充満した。


「カノンさま?」


「おいお前」


 心配そうな二人の声に応じる間もなく、私の身体は床に倒れ込んだ。

 

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