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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第八章
113/115

来客

 フランを除く全員で早朝のお祈りを済ませた私は、リラと日課の掃除をしていた。修道院の建物は広く、全て掃除しようとするとそれだけで一日が終わってしまうため、人通りの多い正面入り口は毎日行い、他の廊下や部屋は一日おきで順番に掃除するローテーションとなっていた。

 分担はリラが掃き掃除、私が水拭きとなった。リラが箒で掃いたところから、私は水で濡らした布で汚れを拭き取っていった。

 一夜明けて、リラの様子に変わったところは見られなかった。まるで昨日の話などなかったかのように、手際良く手を動かしていた。

 

「カノン様、お身体にお障りありませんでしょうか?」

 

 水拭きを進める私に、リラが声を掛けた。一足先に床一面を掃き終えたリラは箒を壁に立てかけ、木桶の水に浸かった布を強く絞った。

 

「はい。おかげさまで」

 

 私は手を動かしながら、リラに応じた。

 

「元々、そこまで強く痛みが出るものではありません。激しい動きをしなければ」

 

「それは重畳でございます」

 

 リラは微笑んだ後、水気を絞った布で床を拭き始める。そうした丁寧な振る舞いにも、昨夜の影響は見られなかった。

 私は、少し気になったことを質問した。

 

「掃除はいつも、リラ一人でやっているんですか?」

 

「はい。私一人でも時間をかければ終わる広さですし、それにナズナやヨルには自分の仕事がありますから」


 リラは水拭きする手を止めずに言った。

 ナズナは修道院を訪れる人々の応対、ヨルは農作業の統括をそれぞれ担当している。一方でリラの担当はそれ以外の雑務全般だった。それには日々の掃除や食事の用意なども含まれる。リラは謙遜するだろうが、修道院の仕事を縁の下で支える重要な役割である。

 

「ヨルはともかく、ナズナが掃除をするイメージがあまりないですが……」

 

「いえ、頼めば意外とやってくれますよ。ただ、あの子がやると仕事が増えてしまいますので……」

 

「なるほど。無能な働き者というやつですか」

 

 リラはやや困ったように笑った。強く否定しないということは、つまりそういうことなのだろう。

 そして、名前すらも挙がらなかったフランは元より戦力外なのだろう。彼女は彼女で、司書として書物の整理や資料の写本、帳票の管理といった重要な仕事があるのは事実なのだが。

 その後はお互い、しばらく無言で床拭きを続けた。入り口は床面積も広く、二人がかりでもかなりの手間がかかる。これを普段一人でやっているリラには頭が上がらない。

 私は熱心に磨くように手を動かすリラを見ながら、昨日の話を思い返す。

 リラは言った。自分もやりたいように動く、と。

 彼女の望みは現状維持だ。もっと言えばフランの復帰も含まれるので、正確には現状回復だろう。

 リラからすれば、自身の目的のために障害となるのは、この私だ。「教団」の上層部と繋がりのある私さえいなければ、フランが不正の証拠を掴んだとしても訴えは顕在化しない。そう考えている。

 それを考えると、リラが私を排除するための行動ぐらいは採ってくる可能性はある。具体的にどんな行動が採れるかはあまり想像ができないが、追い詰められた人間は何をするかわからなかった。

 

「カノン様、ここはもう大丈夫です。次の場所に参りましょう」

 

 リラの言葉を受けて、私は立ち上がった。

 

「カノン様のおかげで、いつもより早く終えることができました。ありがとうございます」

 

「今日はどこまでやるのですか?」

 

「あとは回廊と、食堂に通じる廊下ですね。特に院長の執務室前は念入りにきれいにしないと」

 

 この後の予定を聞きながら、私は思わずふむと唸った。文句があるわけではないが、今日は普段より掃除の範囲が広い。これまでは大抵、入り口の間の次はもう一か所ぐらいがいいところだった。

 

「今日は随分多いですね。まるでどなたかいらっしゃるみたいです」

 

「その通りでございます。そう言えば、カノン様にはお話ししておりませんでしたね」


 リラは水の入った木桶を両手で抱えながら、この後の予定を告げた。

 

「今日は、午後からフレア院長にお客様が参られると伺っています。カノン様には、私とお客様のお相手をお願いしたいです」

 

「それは構いませんが、どんな方がいらっしゃるんですか?」

 

「今日は、とても大事な方ですよ」

 

 そうして、リラは来客の名前を口にした。

 その名前を聞いて、思わず身体に緊張が走った。

 

「コロン大聖堂の責任者であり、我がリミュエール教団の大主教、ヴァネッサ・レーン様です」



     *



「大丈夫でしょうか……」

 

 太陽が高く昇った頃、来客の出迎えをするために修道院正門の前に立ちながら、リラに向かって呟いた。

 

「大丈夫です。慣れないお仕事かもしれませんが、私もついておりますので」

 

「いえ、そうではなく……」


 私は少し逡巡した後、続きを口にした。

 

「どうも私は、大主教猊下に嫌われているみたいですので……」


「そうなのですか?」


 リラは驚いたように目を丸くした。

 

「ヴァネッサ様は厳しいお方ですが、ご自身に対しても厳しく、常に公平に慈愛を持って接して頂けるお方です。理不尽に誰かを嫌うようなことはないと思いますが……」

 

「私も、まったく心当たりがないんですよね。あちらは私のことを知っているみたいですが……」


「そうですか……」

 

 自分が嫌われて当然の行いをしているのなら、謝るなり、贖罪するなり、許容するなりができる。

 しかし、今回に関しては私の理解が及ばないところで話が進んでしまっているらしく、私から見ると一方的に憎まれている状況となっていた。

 ヴァネッサのことをよく知っていそうなガロ婆も、私との関係については初耳のようだったので、この件に関して彼女を頼ることはできない。自分で解決するしかない問題だった。

 

「……もしかしたら、カノン様に対抗心をお持ちなのかもしれませんね」


 少し考えていたリラは、遠慮がちに口を開いた。

 

「対抗心、ですか?」

 

「ヴァネッサ様も三十過ぎと大主教としてはかなりお若いですが、カノン様はそれ以上の若さで、『教団』のナンバーズまで上り詰めておいでです。私のような者にはどちらも雲の上のような存在ですが、ヴァネッサ様には負けたくないというお気持ちがあるのやもしれません」

 

「……そういうものでしょうか」

 

 リラの言葉に頷いてみせたものの、正直なところ半信半疑だった。そもそも『教団』において大主教よりナンバーズの方が格上であるという了解はない。ナンバーズは聖女の直轄というだけで、動かせる人数や影響を及ぼせる範囲は大主教の方が上だ。ヴァネッサ程の立場にいる人間が、私に嫉妬するもいうのは少し考えにくい。


――やはり、ヴァネッサ本人に話を聞くしかないか。

 

 事情を知るにはそうするしかないことは重々わかっているのだが、その事実が私の気を重くさせる。

 

「――カノン様、おいでなさいましたよ」

 

 リラに声を掛けられて、私はふと背筋を伸ばした。

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