謹慎明け
「この度はご迷惑をおかけしました」
一日の自室謹慎を終えた私は、夕食の席で一同に向かって頭を下げた。
「どうか、頭をお上げください。カノン様」
フレアからの言葉を受けて、私はゆっくりと頭を上げた。
視線の先には、正面にフレア、右側にリラ、そして左側にヨルとナズナの席次だった。
「あなた様の行いは、謹慎を経て既に放免されております。何も気にすることはないのですよ」
「そうだぜ。終わった罪まで気に病むのは毒ってなもんだぜ」
「あなたはもう少し悪びれた方が良いと思うのだけど……」
ヨルの呆れた声に、私も思わず笑みが溢れた。
昨日、フランと衝突したナズナを追いかけて修道院の外に出た際、ナズナを誘って露店でエールを飲ませた。この修道院では食事と祭事の時以外では飲酒が禁止されていることを知りながら。その罰として、飲酒したナズナはもちろん、それを幇助した私も一日の自宅謹慎が言い渡されていた。
ナズナは文句も言わず謹慎を受け入れたが、本来であれば彼女も被害者だとも言えるので、そうした堂々とした態度はむしろ妥当と言えるのかもしれない。もっとも、それはナズナ生来の性格がもたらしたものであり、当人はそこまで考えていないと思うが。
「それでは、本日も食事にありつけることに感謝し、祈りを捧げましょう。ナズナ、よろしいですね?」
「何であたしだけなんだよ! ああ、大丈夫だよ!」
ナズナの反応を微笑ましく見た後で、フレアは両手を目の前で組み、目を閉じた。フレアに合わせて、私も手を組んで目を閉じる。
「――我が父よ」
静かな食堂の中に、フレアの厳かな声が響き渡った。
「あなたの子供に与えられし、これらの食物と飲み物を祝福し、我らを聖なる存在とし給え。あなたは聖なる方なり。あなたの光にて世を照らし給わん――」
フレアに続いて、私を含めた他の者が、同じ祈りの言葉を口にする。
祈りの言葉を呟いた後は、無言の祈りを捧げる。それまでとは打って変わって、水を打ったように静かな時間が続く。
「――以上です。皆さま、お疲れ様でした。それでは頂きましょう」
フレアの合図を持って、食事の時間となった。
今日の食事はパンとスープ、それに緑野菜のサラダ。清貧を謳う修道院ということもあって献立は基本的に同じだが、具材は日によって細かく変わっており、私たちを飽きさせない工夫が施されている。この日は豚肉と豆のスープに、サラダには先日ヨルが収穫したばかりのハーブが添えられていた。
「ナズナ。謹慎明けの食事はどうですか? やはり皆でお祈りを捧げてから食べる食事はまた違うものでしょう?」
「そうか? メシなんてどこで食っても同じ味だろ?」
「……そこは同調して、反省をアピールするところでしょう……」
「おっといけねぇ」
話をしながら、食卓では自然と笑いが起きていた。厳密には食事の間は沈黙していることが推奨されているのだが、フレアはそこまで厳格に教義を守らせるタイプではないらしく、修道女たちに自由に話をさせている。何なら、今回のように自ら話題を切り出すこともある。非常に、硬軟のバランスが良い人物だと思った。
私は、昨日フランから聞いた言葉が頭をよぎった。
「フレア院長は、修道院のお金を私的に流用している」
私には、このような人物が修道院のお金を私欲のために流用しているとは到底思えなかった。
フランのことを疑うわけではないけれども。
「それで、カノン様」
フレアに声を掛けられて、思考の海から現実に引き戻される。
「何でしょうか?」
「あれから、フランとは会話できましたか?」
フレアの言葉に、私は目を丸くした。少々意外な感に襲われ、すぐにその回答ができなかった。
「ふふっ、今更隠すようなことでもないでしょう」
私の心を読み取ったのか、フレアは微笑んだ。
「既にここにいるヨルやナズナとも話はされているのでしょう? それであれば、これは公然の秘密ということになります」
「それはそうですが……」
確かに、これは隠すような類のものではない。何ならフラン本人に知られても問題ないぐらいだ。
私が依頼されたのは、フランの悩みを解決することだ。
フランが何事もなくこの場に戻ってくる。それが、フレアの望みだった。
「それで、状況は如何ですか?」
「……まだ何とも、という状況ですね」
私はスプーンを置き、フレアに向き直った。
「フランの状況は、おそらくフラン自身にも明確にわかっていないものだと思います。もう少し、時間がかかるかと」
私は言葉を選びながら、嘘にならない範囲の報告をした。
「承知しました。カノン様も焦らないで下さいね」
それを聞いて、フレアは満足そうに頷いた。
「事を急いては仕損じます。まだ時間はおありでしょうから、じっくりお話を聞いて頂ければと思います」
「ええ、ありがとうございます」
「それにしても――」
唐突に、ナズナが口を挟んだ。
「フランの奴、カノンさまには心を開いてるっぽいんだよな。あたしは嫌われてるっぽいのに」
「わたしもよ。別に何かした覚えもないのに。何が違うのかしら」
私が妙に信頼されているのは、私が圧倒的に部外者だからだと思う。
現在、フレアの汚職を調べているフランにとって、修道院内で誰が味方かわからない状況だ。同じ修道女仲間だとしても、裏でフレアと繋がっていてはせっかくの調査も水の泡である。
「どうしたリラ?」
「……えっ!?」
ナズナの言葉に、リラは過剰と言えるまでの反応を見せた。
「な、何かしら?」
「何かしら、じゃねぇよ。さっきから何にも喋ってないけど、嫌いなもんでも入ってたか?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて……」
そう言って、リラは止まっていた食事の手を再開した。
私からすると、リラがフランと打ち解けているのも謎が残る。先程の「誰が味方かわからない状況だから」という理屈で言えば、フランは当然リラに対しても同じ対応となる。しかし、先日の資料室でのやり取りを見る限りでは、お互いに遠慮している感じは見られない。フランから見れば、リラは私たちの中で誰よりもフレアと繋がっていそうな人物の筆頭なのに、である。
リラにも、まだ私に見せていない顔があるのだろうか。
「リラは仕事上の悩みが多いのよ。誰かさんと違って」
「おいおい、いくらお優しいからって本人を前にしてカノンさまの悪口はさすがにどうかと思うぞ?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ! あんたよあんた!」
ヨルとナズナのやり取りを見ながら、私は一度思考をやめて、目の前の食事に集中することにした。
リズの下を離れ、この修道院に身を寄せてから早一週間。
退屈はしていないが、何とも解決が難しい問題が私の前に立ちはだかっていた。
*
食事後の皿洗いは当番制となっており、今日は私が担当の番だった。
当初リラは「ナンバーズのお方に雑用など……」と渋っていたが、私も今は修道院の一員だと言って押し切り、現在に至っている。
「……カノン様」
井戸から汲んだ水でスープの皿を洗っていると、背後からリラが近づいてきた。
今更、私が皿洗いをすることに異を唱えに来たのだろうか。
「少し、お話ししたいことがあります。なので」
「お話し、ですか? どうぞ。作業をしながらで恐縮ですが……」
「いえ、ここではちょっと……」
そう話すリラの顔は真剣で、どこか思い詰めたような表情だった。
「……この後、お時間を頂けますか?」




