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第二の武器

 ヴォイド山脈の入口に差し掛かったところで、マリーとは別れることになった。

「絶対に生きて帰って来て下さいね。ご武運を!」

 そう言ってマリーは、こちらに背を向けて走り出した。途中何回か振り返った後、大きく手を振り、今度こそ走り去っていった。

「元気の良い子だったわね」

 マリーの背中を見送った後で、リズはぽつりと呟いた。私も「そうですね」と同意する。

 大事な戦いを前に肩の力が抜けたと捉えるべきか、緊張感が無くなったと捉えるべきかは判断が付かなかったけれども。

「さあ、参りましょうか。暗くなる前に片を付けなければ」

 そう言って、私はリズの前に出る。普段の移動では本人の意向もあってリズが先頭に立つが、彼女の力を温存する必要のある今、露払いは私の出番だ。

「カノン、ちょっといい?」

 背後から声をかけられて、思わず身構える。昨夜の見張り番の時は譲ったものの、今回ばかりは譲るわけにはいかない。

「今まで気付かなかったけれど、あなた、腰にも何か武器を仕舞っているのね。それはナイフかしら?」

「ん、……ああ、これですか」

 頭の中で別の反論を考えていたので、少し反応が遅れてしまった。

 リズと行動を共にするようになってから二ヶ月程度だが、普段は私が後ろを歩くことが多く、また背中には荷物を背負っているので、刃渡りが腰の幅しかない小さな刃物には気付かれていなかったのだろう。

 私は腰からナイフを引き抜くと、刃の方を持ってリズに柄を向けた。

「槍が使えなくなった時の護身用ですよ。悪あがき用とも言いますが」

 リズは差し出されたナイフを受け取ると、見定めるように刃の部分を見つめる。

「用心深いのね」

「小心者なだけですよ」

「カノンのことだから、『自決用です』なんて言うのかと思ったわ」

「ふふっ」

 彼女の質問には答えず、私は曖昧に笑った。

 リズは気にした様子もなく、しばらくナイフに視線を遣った後で「ありがとう。良いナイフね」と言って、私に返却した。

「あたしも見習うべきかしら?」

 私がナイフを仕舞うのを見ながら、リズは思いついたように言った。

「リズ様ほどの方であれば不要だと思いますが……」

 私が武器を複数持つのは、一方の武器だけでは自信が無いからだ。

 たとえば、戦いの中で武器を落とす、もしくは破損させるなどといった場面は容易に想像できる。

 私の槍は「教団」から支給された特別製なので、折れたり壊れたりといった事態は考えにくいが、一つの武器に依存している場合、そうなった時点で敗北を意味する。

 敗北というのは、この世界では死ぬこととイコールだ。

 だが、リズはSランク冒険者として圧倒的な剣術のスキルを保有している。一騎当千の彼女が剣を奪われることは、事態として想定するにはあまりにも確率が低い。

 それなら、他の対策をした方が現実的にプラスに働く、というのが私の考えだ。

「あたしだって、無敵ではないのよ?」

 肩をすくめながら、リズは「やれやれ」という表情で言った。

「たとえば、今カノンに襲われたら、あたしは剣を抜く間もなくやられると思う」

「……ご冗談を」

「まあ、確かにそれは冗談だけど、そういう危険だってあるのよ」

 私は何と答えたら良いか、言葉に窮した。

 私が、リズと敵対する。

 正直、考えたこともない事態だった。

「剣が無い時の対策はまた考えるとして、とりあえず先を急ぎましょう」

 そう言って、リズは私を追い越して歩みを進める。「剣が無い時だからやっぱり体術かしら……」とぶつぶつ呟きながら。

 私は頭を振って浮かんだ思考を振り払い、先行したリズを追い越すべく足早に歩を進めた。


 その時、遠くで大地が割れるような咆哮が聞こえた。

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