逃げない決意
「ナズナ。あなたを一日の謹慎と致します。自室で自身の行いを反省なさい」
院長フレアの宣告を、私の隣に立つナズナは無言で受け止めていた。
「……おや、珍しい。こういう時、いつものあなたなら文句の一つや二つ出てくるものですが」
「まあ、そうなるだけのことをしたからな、あたしは。逆にそんなもんで済むのかと思ったぐらいだよ」
頭を掻きながら、ナズナは淡々と述べた。
「それで、フランの奴は?」
「自室で休んでいますよ」
ナズナの言葉に、リラが口を挟んだ。
「少し動揺があったみたいですが、今は落ち着いています」
「そっか。それなら良かった」
そう言って、ナズナは微笑んだ。心底安心したような、穏やかな表情だった。
「ナズナ。少し勘違いしているかもしれませんが、今回の処分はフランとの騒動に関するものではありません」
フレアは表情を変えないまま、あくまで事務的な口調で言った。
「我が修道院では、食事と祭事以外での飲酒を禁止しています。知らないとは言わせませんよ?」
「ああ、もちろん知ってるよ」
そこで、フレアは一つ溜め息を吐いた後で、私に向き直った。
「カノン様、あなたほどの方が付いておられながらこのような事態になるとは……」
「申し訳ありません」
「カノン様はお客様ですが、この修道院にいらっしゃる以上、我々のルールに従って頂かなければなりません。カノン様にもナズナと同じ処罰を受けて頂きます。よろしいですね?」
「ええ、もちろんです」
「では、裁定は以上です。謹慎期間は今から明日の夕食までと致します」
私とナズナが一礼すると、フレアは私たちを一度見渡した後で、再びナズナの方を見て言った。
「それと、ナズナは残りなさい。もう少し、当時の状況について教えてもらいます」
「そんなこと言われても、あたしが言えるのはさっき話したことが全部だぜ?」
「念のため、ですよ。リラは、カノン様を自室にお連れしなさい」
「承知致しました。それではカノン様、参りましょう」
リラに促されて、私はフレアの執務室を後にした。
「ありがとうございました」
部屋を出るなり、リラは私に頭を下げた。
「私は何もしてませんよ」
私は自室への通路を歩きながら言った。私の後ろに、リラが付いて歩き始めた。
「ナズナを悪事の道に誘ったのは私です。恨まれこそすれ、感謝される謂れはありません」
「それでも、あんなに素直に謝るナズナは初めて見ました」
「そうなのですか?」
「あの子は、怒ると意固地になるので……」
リラは笑いながら、何か実感がこもっているかのようにしみじみと言った。
ナズナのことはまだ知り合って間もないが、その感覚は少しわかるような気がした。
「それで、フランは何か言っていましたか? たとえば、ナズナへの恨み言などは」
「そういうのはありません。ただ……」
「ただ?」
リラは少し考えるように沈黙した後で、言葉を続けた。
「……後悔は、しているようでした。つい、咄嗟にやってしまった。悪いと思っている、とのことでした」
「……なるほど。あまり遺恨になっていないようで良かったです」
私はあまり深入りせず、端的な感想を述べるに留めた。
今のところ、リラも何か嘘を言っているようには聞こえない。
もちろん、嘘を言っていないことと本当のことを言っていないことは両立するのだが。
その後は考え事をしながら、リラと他愛もない話を続けた。ヨルと農作業をしたこと。ナズナの運動神経が良かったことなど。当たり障りのない話を選んだ。
そうこうしている内に、私は自室の前に到着した。
「それでは、少しの間お部屋でお過ごし下さい。退屈かと存じますが、規則でありますので……」
「私のことはお気になさらず。こちらこそ、ご迷惑をおかけします」
「何かありましたら、食事をお持ちした時にでも。……では、失礼します」
リラは深く一礼をした後、私の前から歩いて去っていった。しばらくリラの背中を見届けた後、私は自室の中に入った。
一人になった部屋の中で、私は椅子に腰をかけ、少し考えを巡らせた。
やはりナズナも、ヨルと同様にフランのことを積極的に嫌ってはいない。むしろ、何とか歩み寄ろうとする姿勢が窺える。
フランの方にも、ナズナやヨルを避けるだけの積極的な理由があるように思えない。今回の件も不幸な行き違いという印象だ。
お互いが歩み寄ろうとしているのに、お互いの間にそびえ立つ壁を突破できない。
果たして、そのようなことがあり得るのだろうか。
そうなると、考えられる可能性は一つ。
――誰かが、何かを隠している。
その時、廊下を歩く足音を感知した。普通の歩き方ではない。意図的に足音を消そうという歩きだ。
その足音は次第に近付いて来て、私の部屋の前で止まった。
それからしばらく無音の時間が続いた。その人物は移動していない。未だ、私の部屋の前にいる。
「……どうぞ、お入り下さい。鍵は掛かっておりませんよ?」
私は無音のドアに向かって投げかけた。少しの沈黙が流れた後、がちゃりとドアノブが回された。
入室してきたのは、茶色の髪を三つ編みに結ったメガネの女性――フランだった。
「……よく気付いたね。さすがだよ」
フランは、ややバツが悪そうに言った。
「これでも、一応冒険者をやっておりますので。危機管理には慣れているのです」
私は片目を閉じてわざとらしく肩を竦めてみせた後、フランに向き直って言った。
「それで、何かご用ですか? ご存知かと思いますが、私は謹慎中なのですよ」
「うん、知ってる。ナズナから聞いたから」
フランは、意外な人物の名前を口にした。
「ご存知なら尚のこと、私と話しているところを見られるとまずいのでは?」
「そうなんだけど、カノンさまにお礼を言いたくて」
「……お礼、ですか?」
言いながら、私は首を傾げた。リラに言われた時もそうだったが、今回私は誰かにお礼を言われるようなことは何もしていない。まして、フランには本当に何もしていなかった。反射的に、何かの間違いではないか、という考えが頭をよぎった。
「さっき、ナズナがぼくの部屋の前に来て言ったんだ。『悪かったよ』だって。正直、謝られるとは思ってなかったから驚いちゃった」
そう言って、フランはおかしそうに笑った。
「それで聞いたら、カノンさまのおかげだって言ってたよ。どんなスキルや魔法を使ったかわからないけど、あのナズナを懐柔するとはさすがだね」
「……何やら、人聞きの悪いことを言われていますが……」
私は、頭の中で他人を懐柔するのが得意そうなギルドマスターの顔を思い浮かべながら言った。
「私は、ちょっとハメを外しただけですよ。ナズナまで巻き込んでしまって申し訳ないと思っていますが……」
「なるほど、カノン様はそういう人なんだね」
何かを理解したように、フランはくすくす笑いながら言った。
「……とにかく、あなたも早くお部屋に戻った方が良いですよ。謹慎中の私と話しているところをフレア様に見られたら、あなたも巻き込まれてしまいますので」
「ふーん、フレア様、かぁ……」
「……フラン?」
「カノンさま、一つだけ聞かせて欲しい」
フランは目を細くしながら、私の顔を見ながら言った。
「たとえば、カノン様がとても信頼している人がいたとして、その人が実は裏で何かしていることがわかった。カノン様は、それを追及する?」
「……それは、何かの心理テストでしょうか?」
「心配しないで。雑談の延長だよ。気軽に答えてもらえればいいから」
内心釈然としない気持ちを抱えながらも、私の信頼する人間を想像する。真っ先に、リズの顔が思い浮かぶ。
リズペット・ガーランド。Sランクの冒険者であり、私のご主人。
そのリズが、私に隠れて何かを企んでいたとしたら。
以前の私であれば、特に気にしなかっただろう。リズがどんなことをやろうとしていても、私は彼女に付き従うだけだと、即答していたはずだ。
しかし、私はそれで一度、大切な人を失っている。
かつてのご主人――セルナ・カービンを失ったのは、私の無関心が原因の一つだ。
私は二度と、そのような過ちを繰り返さない。
「……カノンさま?」
「――私は、もう逃げません」
考え込んだ私を心配するように顔を覗き込んできたフランに、私は宣言した。
「大切な人が何かやろうとしているのであれば、私はそれを知らなければなりません」
「……もしその人が、悪いことをしようとしていたとしたら?」
「その人の行いが良いか悪いかを決めるのは、私自身です」
フランの指摘に、私は即答した。
「私は、あの方が悪事を働こうとしているのであれば、それがあの方の身を滅ぼすものであるとわかれば、何があっても止めます。一方で、それがあの方を利するとわかれば、積極的に加担したい」
「けど、知らない方が良いこともある」
「知らなくても、盲目的に付き従うことは可能でしょう。しかしそれでは、意思のない人形と同じです」
私は言いながら、自然と拳を握る手の力が強くなるのを感じた。
「大事な人のことなら、より積極的に知らないといけない。……それが、私の回答です」
私が言い終わった後も、フランは無言だった。何度か瞬きをしながら、言うべき言葉を探しているように見えた。
それからしばらくして、フランは口を開いた。
「ありがとう。想定以上の回答で、少し驚いちゃった」
「……失礼しました」
反射的に、私は謝ってしまった。もしかしたらフランはもっと軽い気持ちで話題を振ってきてくれたのかもしれないのに、変に真面目に答えてしまって面を喰らわせてしまったかもしれない。
そう考えると、少しだけ恥ずかしさがこみ上げてきた。
「やっぱり、あなたは信頼できる人だ。だから、あなたには話しておこうと思う」
そう前置いた上で、フランは予想もしていなかったことを言った。
「フレア院長は、修道院のお金を私的に流用している。ぼくは、その調査を行っているんだ」




