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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第八章
108/111

ナズナとフラン

 採集した薬草の後処理をするヨルと別れた私は、自室に戻る回廊を歩きながら、先程の話を思い返していた。

 ヨルは、フランのことを積極的に嫌い、避けているような感じではなかった。ヨルも彼女なりにフランと交流を図ろうとしているが、どこかでボタンの掛け違いが起きているような印象を受ける。まだ話は聞いていないが、おそらくナズナも似たような状況なのだろう。

 前に資料室でフランと会った印象では、特にコミュニケーションに難があるタイプだとは思えなかった。初対面なのにちょっと馴れ馴れしいのは少しだけ気になったが、少なくとも相手から差し出された手を自ら払うような人物には見えない。

 そうなると考えられるのは、フランの側に何かナズナやヨルを避けなければならない理由があるか、だ。もちろん、ヨルが私に嘘を言っていて、彼女の側からフランを拒絶している可能性もある。

 ただフランの立場を考えると、今はフレアから「病気」を理由に修道士としての責務をいくつか免除されている状況なのだから、普通に考えると同じ修道士仲間と顔を合わせるのは気まずい、というのは理解できる。なので、「二人のことを避けているか」と聞いても「当然避けている」と言われて終わってしまう。なので、聞き方は少し考えないといけない。

 そうなると、何故リラはフランと交流ができているのか、という理由も気になってくる。というより、リラというフランにとっての理解者がいるなら、私のような外部の人間ではなく彼女に任せる方が自然ではないかと思えてくる。

 この件は、どうも腑に落ちない点が多過ぎる。

 頭の中で思考を巡らせながら、私は歩を進め、自室近くの二階に上がる階段に差し掛かっていた。

 

――いずれにせよ、フランに直接話を聞くしかないか。

 

 そう思いながら、階段の一段目に足を掛けた、ちょうどその時だった。

 

 

「ふざけんなよ! おい!」

 

 

 耳に突き刺さるような、女性の怒鳴り声。この声には、聞き覚えがあった。

 

――この声は、ナズナだ。

 

 私は声がした方に向かうべく、階段を駆け上がった。

 現場は、すぐ近くだった。

 寝室が立ち並ぶ廊下の真ん中で、ナズナとフラン、二人の姿が見えた。ナズナは怒りの形相でフランの胸倉を掴み、一方のフランは無抵抗のまま、顔を背けている。床には、何冊かの本が散乱していた。

 

「……おい。何とか言ってみろよ」

 

 ナズナはしばらくフランを睨んだ後、先程とは打って変わって静かな声で言った。冷静さというより、何かを押し殺したような、重みのある声だった。

 

「……いいよ」

 

 フランは視線を外したまま、呟くように言った。

 

「それで気が済むなら、ぼくのこと殴ればいい」

 

「っ! てめぇ!」

 

 フランの投げやりな言葉に、ナズナは激昂したように掴みかかった腕に力を入れた。次第に、フランの小さな身体が床から浮き始めた。

 さすがにそろそろ止めないとまずい。

 そう思いながら、二人に声を掛けようとしたところで、背後からこちらに駆け寄る足音が聞こえた。

 

「あなたたち、何をやっているの!?」

 

 まもなく、リラの甲高い声が響き渡った。その声に、ナズナはゆっくりと振り返った。

 

「ナズナ……何があったかは知らないけど、その手を離しなさい」

 

 リラの気迫に押されてか、ナズナは舌打ちをしながら、突き放すように手を離した。フランの身体が支えを失った人形のように、その場にくずおれた。

 

「……お前が、あたしのこと嫌いなのはよくわかったよ」

 

 吐き捨てるように言うと、ナズナは私とリラの横を抜けて走り去っていった。

 

「カノン様! ナズナを追って下さい!」

 

 リラの言葉を受けて、私は咄嗟に駆け出した。ナズナは既にかなりの距離を移動してしまっているが、今ならまだ追いつける。

 

「フランの方は私にお任せ下さい!」

 

 背中でリラの声を聞きながら、私はナズナの姿を追いかけた。

 階段を下りて、修道院の外に出たところで、ナズナの姿を視界に捉えた。ナズナは背後を振り返って私の存在に気付くと、脇目も振らずに全力で走り始めた。冒険者ではない、普通の人間としてはかなり早いが、それでも足は若干私の方が早い。私も全力で走り始めると、ナズナとの距離は徐々に縮まっていった。

 ナズナは修道院の外に出て、街の人混みに紛れながら尚も逃走していた。そこまでして逃げようとするあたり、余程追いつかれたくないらしい。途中、街を行く巡礼者たちが物珍しそうにこちらを見ていたが、私は構わず走り続けた。

 しかし、追いかけっこも永遠には続かない。

 体力が尽きたのか、ナズナは次第に足の動きが悪くなり、やがて道の途中で立ち止まった。両手を膝の上に置いて、肩で大きく息をしていた。

 私は走る足を緩め、歩きながらナズナの背中に近寄る。

 

「はあ……はあ……」

 

 ナズナは何事かを言おうとしていたが、息が切れて言葉にならないようだった。

 私はナズナに追いつくと、一つ息を吐いた。


「ナズナ」

 

 私が声を掛けると、ナズナは大きく首を振った。まだ話すのは難しいようだった。

 私はナズナの背中をさすりながら、息が整うのを待った。背中は修道服越しにもわかるほど汗で濡れていた。


「……いやだ。あたしは、謝らない」

 

 しばらくして落ち着いたのか、ナズナはようやく口を開いた。


「何を子供みたいなことを言っているんですか」


「うるさいな! カノンさまに何がわかるんだよ!」

 

 ナズナは、背中をさする私の手を払いながら言った。


「よく知らないなら、せめて黙っててくれ! これはあたしたちの問題なんだ!」


「少し落ち着いて下さい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私が言うと、ナズナは呆気に取られたような顔をした。


「せっかくの外出なんです。少し、私に付き合ってもらいますよ?」



     *



 ナズナと話をする前に、喉の渇きを何とかしてあげた方が良いと思った私は、ナズナを連れて露店に入り、エールを二つ注文した。

 

「……いいのかい?」

 

 ナズナは目の前に置かれたジョッキと私の顔を見比べて言った。

 

「構いませんよ。一杯ぐらいは奢ります」

 

「そうじゃなくて、あんたナンバーズだろ? まだ明るいのに、酒なんて飲ませて良いのかよ」

 

「『教団』の戒律では、飲酒は禁止されていないはずです」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

 

 ナズナは呆れたような顔をするが、構わず続ける。

 

「それとも、こちらの修道院では禁止されているんですか?」

 

「……うちでは、食事と祭事以外での飲酒は禁止されてる。フレアのばーさんは怒るかも」


「なら良いではありませんか。見つかったら一緒に怒られましょう」


「……カノンさま、変わってるな」

 

 そう言って、ナズナは目の前に置かれたエールを一気にあおった。ぷはーという声と共に息を吐き出す頃には、中身は半分ほどになっていた。

 私は手にしたジョッキに口を付け、少しだけ中身を傾けた。口に広がる苦味に、思わず眉が寄った。


「……最初は、ただの挨拶のつもりだったんだよ」

 

 残ったエールも飲み干して少し落ち着いたのか、ナズナはおもむろに話し始めた。


「廊下を歩いたら、ちょうどフランの奴が資料室から出てきたところだったんだ。何となく目が合っちまって、ちょっと気まずい感じになっちまったんだよ。フランも『見たくないものを見た』っていう顔で目を逸らしたんだ。それだけならいつものことだよ。あたし、どうも嫌われてるっぽいし」

 

 空になったジョッキの中に視線を落としながら、だけど、と続けた。

 

「その時、フランが本を重そうに持っていることに気付いたんだ。そんで柄にもなく、『手伝ってやろうか』って言ってみたんだよ。あたしは仮病だと思っているけど、フランは身体が悪いってフレアのばーさんが言ってたし。だけど、あたしが本に手を伸ばしたら、フランはあたしの手を払った。眉間に皺を寄せて、すごく嫌そうに。それであたし、頭に血が上っちゃって……」

 

 そこからは、カノンさまも見ていた通りだよ。

 そこまで言って、ナズナはしばらく無言だった。私は店主に声を掛け、エールをもう一杯注文した。

 

「あたしが、こんなこと言えた立場じゃないのはわかってるんだけど……」

 

 並々注がれたジョッキが目の前に置かれたところで、ナズナは再び口を開いた。

 

「カノンさま。どうかフランの力になってやって欲しい」

 

「……ヨルには、これ以上関わるなと言われました。『これはわたしたちの問題だ』と」

 

「まあ、あいつはそう言うだろうな。実は、あたしも同じ考えだ」

 

 ナズナは自嘲気味に笑った。

 それから、私の方に向き直って言った。


「だけど、それじゃあフランは救われない。それじゃあ、駄目なんだ」

 

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