ヨルの思い
修道院は広大な土地を所有しており、人々の祈りの場であると同時に農耕の拠点でもある。このコロン修道院でも小麦やブドウ、キャベツといった多種多様な作物が栽培されていた。
コロン修道院は聖地に位置する修道院ということもあり、街には宗教関係者が多い。修道院に住み込みで常駐しているのは院長のフレアを含めて五人だが、作付けや収穫といった大掛かりな作業が発生する際には、街の自宅から修道院に通う修道士の他、一般の人々の力を借りることもあった。それだけ修道院は街に溶け込んでおり、人々の生活の一部でもあった。
そんなコロン修道院において、多様な農作物の管理を一手に担うのが、長身の修道女、ヨルだった。
ヨルは特徴的な長い黒髪を麦わら帽子の下に納めながら、黙々と薬草の葉を手で切り取り、腰の藁で編んだ籠に入れていた。
私はヨルの指示を受けながら、薬草の葉に水をやっていた。
「ああ、カノン様。水はあまり与えすぎないで下さいね」
「えっ、あ、はい」
ヨルの言葉を受けて、思わずじょうろを傾ける手を戻した。
「水をあげ過ぎてはいけないのは、根腐れするからでしょうか?」
「それもありますが、薬草は乾燥気味に育てた方が香りが強く、効能もより強くなるんですよ」
「なるほど。さすがお詳しいですね」
「わたしも、先代から教わったことをそのままやっているだけですよ」
ヨルは淡々と言いつつも、どこか照れ臭そうに微笑んだ。
心持ち、葉の上にまく水の量を減らしながら、私は続けて質問した。
「それで、採集した薬草はどうするんですか?」
「何日か天日で乾燥させた後、袋に入れて保存します。あとは、修道院に治療で訪れた方々に使用したり、困っている方にお配りしたり、ですね」
「私も森に生える薬草を採集して使用することはありますが……」
「そういえば、カノン様は冒険者もなさっておられるんでしたわね」
「野生の薬草と、乾燥させた薬草とでは何が違うんですか?」
「いくつかありますが、たとえば保存性ですね。乾燥させた方が薬草は長持ちいたします。それに、乾燥した薬草で淹れるお茶はとてもおいしいんですよ」
話を聞きながら、感心していた。私は薬草の使い方や、森に生えるどの草が薬草として使えるかなどの知識はあったが、その育て方までは知らなかった。ヨルのような人間の活動が人々の生活を支えているのだと実感した。
「それで、カノン様は急にどうされたんですか?」
作業がひと段落したのか、ヨルはその手を止め、私に向き直って言った。
「急に、わたしのお手伝いをしたいだなんて。何か理由がおありなのでしょうか?」
「正直なところ、私も暇を持て余しているのですよ」
私は苦笑しながら言った。
「元々は資料室をお借りしようと思っていたのですが……その、あちらには先客がいらっしゃるようでしたので」
「ああ……」
私の言葉に、ヨルは眉を寄せながら苦笑いという、何とも言えないような表情をした。
「皆さんは、お知り合いになってから長いのですか?」
「わたしとナズナは同じタイミングで修道院に入りました。リラはその後ですが、一番の年長ですね。フランは……」
そこで、ヨルが急に押し黙った。
「……ヨル?」
「……少なくとも、私やナズナが入った時には既にいたので、きっと、わたしたちより先輩です。年齢も、おそらく上だと思います」
それまで明朗に答えていたヨルは、少し言いにくそうに口ごもりながら言った。
やはり、初日の夕食の時にも見られたが、ヨルとフランの関係はあまりうまくいっていないのかもしれない。そして、それはおそらくナズナも同じだろう。
「……フランのことなら、わたしよりリラに聞いた方が良いと思います。あの子には、フランも心を開いているみたいなので……」
ヨルは少し俯きながら言った。私の目は見ずに、この話には触れて欲しくないという気持ちが伝わってくる。
やはり、自然に聞き出せるのはここまでか。
「それでは、私は採集した薬草を干してこないと。カノン様、お手伝いありがとうござい――」
「――ヨル」
私はヨルに背後から素早く近付き、逃げるように去ろうとするその右手を掴んだ。
「カノン、様?」
「まだ、話は終わっていません」
私は掴んだ右手を引いて、ヨルの身体を手元に引き寄せる。急に引っ張ったことでバランスを崩したヨルの両肩を、静かに両手で受け止めた。
「お願いします。フランのこと、もう少し教えて下さい」
「……先程も言った通り、彼女のことならわたしよりリラの方が……」
「いえ、私はあなたから聞きたいのです」
私は、必死で目を逸らそうとするヨルの顔を覗き込むようにしながら言った。
「あなたから見たフランが、どのような人物かを知りたいのです」
「……なるほど。そういうことだったんですね」
ヨルは観念したように、私に視線を返した。
「わたしの手伝いをしたいと言ったのは、最初からそれが目的だったんですね。フレア院長にでも頼まれましたか?」
「ご明察。ただ、先程言った話は嘘ではありませんよ。暇を持て余しているのも事実ですし、一緒に過ごす皆さんのことが気になるのもまた事実です。それに、あなたの深い知識に感心したことも、ね」
そう言って、私はヨルの肩から手を離した。
ヨルはしばらく目を丸くしながら私の顔を見ていたが、やがて吹き出すようにふっと笑った。
「……ふふっ、そうですね。確かにあなたは嘘が下手そうだ」
ひとしきり笑った後、ヨルは私の目をまっすぐに見た。
もう、逃げ回りはしなかった。
「……わかりました。お手伝い頂いたお礼です」
そう言って、ヨルはフランについて話し始めた。
「正直なところ、フランのことはよくわかりません」
「よくわからない、とは?」
「あまり、話したことがないんです。一人で自室か資料室にこもっていることが多いですし、修道院の仕事で一緒になることもほとんどありません。先程、リラには心を開いていると申しましたが、それも本当かどうかわかりません。私は、その光景も見たことがないので……」
ヨルは胸に手を当てながら、絞り出すように言葉を続けていく。
「それでもたまに、本当にたまにですけど、フランと廊下ですれ違うことがあるんです。わたしだって、彼女のことは気になります。同じ修道院の仲間ですから。彼女のことを、少しでも知りたいと思います。だから、話しかけてはみるんです。『何をしているの?』とか、『身体の方は大丈夫?』とか。そうしたら彼女、どう応えると思います?」
「どう、反応したんですか?」
「……ふっと、目を逸らすんです。話したくなさそうに。視界の端から消したいみたいに」
ヨルは両手の拳を握りながら、肩を震わせた。
「その行動、その仕草が、私はどうにもいらいらしてしまうんです。せっかくこっちが気を遣ってあげているのに、どうしてそれを無下にするようなことをするのか。そして、そんな自分勝手なことを考えてしまうわたし自身にもいらいらしてしまうんです。これじゃあまるで、わたしがフランを傷つけているみたいじゃないですか」
物静かなヨルの口から発せられる強い言葉に、私は圧倒された。
ヨルは、きっとリラやナズナと同じように、フランのことが好きなのだろう。
それなのに、同じように接することができない現状が、ひどくもどかしいのかもしれない。
「カノン様は、フランのことにあまり首を突っ込まない方がいいと思います」
ヨルは二度首を振った後、私に向かって言った。
「これは、わたしたちの問題だから」




