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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第八章
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ナズナと優しい嘘

「ほっほっほ。楽しんでおるようじゃのう」

 修道院の敷地内に設置されたベンチで、私の横に並んで座るガロ婆は楽しそうに笑った。

「まあ、退屈はしなそうですね」

 私は苦笑しながら、正直な感想を述べた。

 いきなり押し掛けた格好になるので迷惑に思われるかもしれないという懸念はあったのだが、今のところは全員友好的に接してもらえているのは一つ安心材料だった。それがナンバーズという特別な立場に拠るものだったとしても、面と向かって敵対されるよりは余程良い状態である。

「それで、これからはどうするつもりなんじゃ?」

「ひとまず様子を見つつですが、修道院のお仕事を手伝わせてもらおうかと考えています」

 私の滞在目的はケガ――主に肋骨の骨折――が治るまでの療養なので、極端に言えば何もしなくて良いし、実際リラからは「カノン様はどうか何も気にせずおくつろぎ下さい」と言われている。しかしそれではあまりにも退屈だし、何より周囲が忙しくしている中で一人怠けて過ごすのはさすがに申し訳なさが強い。

 それに、私は遊びに来ているわけではない。ケガが治っても身体が鈍っていてはいざという時に働けないし、そのようなことになってはせっかく送り出してくれたリズにも申し訳が立たない。

「それで、今は修道服姿というわけじゃな? 随分サマになっておるぞい」

「……別にそういうわけではありませんが、ひとまずはありがとうございます」

 私が修道服を着ているのは、その方が修道院の中で馴染みやすいというのもあるが、単純に着る服が無いからだ。一応、巡礼者の服を含めて着替えは持ってきてあるが、それなりの滞在となる以上、同じ服ばかり着ているわけにもいかなかった。ただ、ガロ婆の言う通り、これから修道院の仕事を手伝う上では都合の良いのかもしれない。

 私はガロ婆の話を聞きながら、ふと正面の空を見上げた。

――そう言えば、リズは今頃何をしているだろうか。

 予定通りであれば、今頃は魔物討伐の依頼に出発しているところかもしれない。リズに限って魔物如きに遅れを取ることはないだろうが、何かあったとしても私が支援に入れない現状は、少しだけもどかしく感じる。一応、本当に何かあった時はノアから連絡をもらえることになっているが、物理的な距離の壁がある以上、もらえるのは事後報告ぐらいだろう。

 私はふと、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。

 こんな私を、彼女は笑うだろうか。「まったく。カノンは心配性ね。心配するならまず自分の身体でしょうに」などと言われるだろうか。

「何じゃ、もうホームシックかいのう?」

 ガロ婆の声に、ふと我に返る。振り向くと、ガロ婆は片目を開けながら、にやにやと笑っていた。

「……まさか」

 私は少し笑いながら言った。

「ちょっとだけ、遠くに来たものだと思っていただけですよ」

「まあ、そういえことにしておくかのう」

 ガロ婆はほっほっほと笑いながら、正面に目を遣った。それに合わせて私も視線を向けると、一人の修道女がこちらに駆けてくるのが目に入った。ブロンドのショートヘアで快活な女性、ナズナだった。

「おーい、カノンさまー!」

 ナズナはよく通る声で叫びながら、大きく手を振っていた。

 私はベンチから立ち上がり、少し息を切らしながら走ってくるナズナを迎えた。

「……こんなところにいたのか。探したぜ」

 私の目の前に来るなり、ナズナは膝を付いてはあはあと肩で息をしながら言った。

「私に何か用ですか?」

「お休みのところ悪いんだけど……ん?」

 少し戸惑いながら声を掛けると、ナズナは何事かを言いかけたところで、私の隣――ガロ婆の方を見て少し驚いたような顔をした。

「それより、そっちのばーさん誰? この辺じゃ見ない顔だけど」

「ああ、この方は――」

 答えようとしたところで、少し言い淀んだ。ガロ婆の正体は私と同じナンバーズである。それを伝えてしまうのは簡単だが、フレアやリラの反応を見るに、「教団」内においてナンバーズというのは私が思う以上に特別扱いされているようだった。ナズナやフランなどはだいぶフランクに接してくれているが、実態は同じだろう。

「……この街に来る道中で知り合ったご婦人です」

 そう言って、私はガロ婆に目を遣った。私の口から説明してしまうのは違う。そういう判断だった。

「あたしはガロじゃ。この街には巡礼で立ち寄った、しがないババアじゃよ」

「ふーん、そうなんだ。よろしくな、ガロばーさん」

 ナズナは両手を頭の後ろに回しながら、にかっと笑う。

「それより、私に何か用があったのではありませんか?」

「そうそう! 悪いんだけどちょっときて欲し――あいてっ!」

 話し始めたちょうどその時、ナズナの後頭部にボールがぶつかって跳ねた。

 ナズナが大袈裟に反応している傍で、ボールは緩やかな軌道を描いて地面に落下した。

「おーい、ナズナのねーちゃーん! ボール取ってー!」

遠くで数人の男の子。その一人が手を振って叫んでいる。

「いってーな! 何しやがんだてめー!」

バウンドしたボールを手にしながら、ナズナは子供に向かって叫んだ。子供たちはげらげら笑いながら、背を向けて走っていった。

「そんで、用事なんだけど」

 ナズナは私に視線を戻しながら言った。

「あたしらの院長に頼まれたんだよ。カノンさまのこと呼んで来いって」

「フレア様が?」

 思わず、私は首を捻った。彼女が私に何の用だろうか。今朝食事で顔を合わせた時は特に何も言っていなかったが。

「本当はあたしに案内して来いって言われてたんだけど、カノンさま院長の部屋わかるよね?」

「ええ、まあ」

「そんじゃ悪いんだけど、カノンさま一人で向かってくれない? あたしはこの後ガキ共の相手して来なきゃなんなくてさ」

「そういう話なら、構いませんよ」

「悪い! あとこのことはくれぐれもリラには内緒にしてくれよな。頼んだよ!」

 私に向かってそう言い残すと、ナズナは「待てー!このやろー!」と言いながら子供たちの方に駆け出していった。

「元気のええ娘っ子じゃのう」

「ええ、まったくです」

 私に悪事の片棒を担がせようとする図太さは、少し見習うべきなのかもしれない。

「あたしのことは気にせんでええぞい」

 ナズナが子供たちと合流するのが見えたところで、ガロ婆は言った。

「わざわざお前さんを呼び出すとは余程の用事じゃろうて。あたしは適当に過ごしているから、行ってくるとええ」

「すみません。ではそうさせてもらいます。……それでは」

 私はガロ婆に軽く頭を下げた後、踵を返して歩き始めた。

 


「急にお呼びだてして申し訳ありません」

 院長室に入るなり、フレアは頭を下げた。

「いえ、大丈夫です。私は居候として暇を持て余している身分ですので」

 私が冗談めかして言うと、フレアとその脇に立つリラは揃って苦笑いをした。やはり、私はこの手の冗談があまりうまくないらしい。

「……それはそうと、カノン様?」

 内心少し落ち込んでいた私に、リラが声を掛けた。

「ナズナは一緒ではなかったのでしょうか? カノン様を案内するように伝えていたのですが……」

「ああ、ナズナなら――」

 答えながら、少しだけ逡巡した。私が取るべきなのはナズナの名誉か、それとも私自身の名誉か。選択肢は二つに一つ。選べるのは、どちらか一方だけ。

 私の選択は、ここに来るまでの道中で既に決まっていた。

「――私がお断りしたんです。フレア様のお部屋は既に存じ上げておりましたし、ナズナも人気者でお忙しそうでしたので」

「……なるほど。そういうことですか」

 私の言葉を受けて、リラは少し眉を寄せた。

 それから、諦めたように溜め息を()いた。

「申し訳ありません、カノン様。カノン様にまでそのような嘘を言わせるだなんて。ナズナには後できつく言いつけておきますので」

 そう言って、リラは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。どうやら私は、優しい嘘を()くのもうまくないらしい。

「……それで、私に用とは?」

 私は閑話休題で一つ咳払いをした後で、フレアに向き合った。

「そのことですが……カノン様は、フランとはもうお会いになりましたでしょうか?」

「はい。資料室で挨拶を交わした程度ですが……」

 私が言うと、リラは少しだけ居心地が悪そうに眉を寄せていた。

「そうですか。それなら話は早うございます。……用事とは他ならぬ、フランについてです」

 フレアは微笑みつつもどこか真剣な顔で言った。

「どうか、フランの()()を解決するのに、カノン様のお力をお貸し頂けないでしょうか?」


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