修道院の夕べ
部屋に近付く足音で、私は目を覚ました。
ゆっくりと身体を起こし、ベッドから足を下したところで、ドアがノックされた。
「どうぞ」
私が応じると、肩から背中にかけて掛かる長い茶色の髪に、ぱっちりとした目が特徴的な女性――リラは入室するなり、深く一礼した。
「カノン様。ご夕食の準備ができました。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってベッドから立ち上がった。それを見て、リラは小さく微笑むと、私を部屋の外に促した。
「お身体は休まりましたか?」
「ええ。おかげ様で」
「それはよろしゅうございました。カノン様のお気に召すかどうか心配しておりましたので」
「いえ、街の高級宿にも負けない立派なお部屋ですよ」
他愛のない会話をしながら、リラに案内されて通路を歩いた。まずは階段を下りて再び回廊の奥に進み、その後は先程訪れた院長の部屋の先に抜けたところで、一際大きな部屋に出た。
部屋は優に二十人ほどは座れそうな大きなテーブルに白い布が掛けられた、いわゆる食堂だった。既にテーブルの上にはパンとスープ、それに緑野菜のサラダが五人分置かれている。座席には既に三人の女性が座っており、正面に院長のフレアで、そのわきに修道服姿の見知らぬ女性が二人、一人ずつ左右に分かれてという配置だった。
「カノン様はこちらに」
リラが院長の向かいの椅子を引いて、私を促した。言われるまま着席すると、リラは脇の空いている席に座った。
「それでは皆さん、食事の前にご紹介致しましょう」
全員が着席したところで、フレアが口を開いた。
「そちらにいらっしゃるのが、ナンバーズのカノン・アルカナ様です。少しの間ですが、この修道院に滞在頂けることになっております。それでは、カノン様」
フレアに促されて、私は起立した。
「皆さま初めまして。ご紹介に預かりましたカノンと申します。しばらくお世話になります」
無難な言葉を並べて、最後に「よろしくお願いします」と言って頭を下げると、ぱちぱちと拍手が聞こえた。顔を上げると、正面のフレアと左側のリラは微笑みを浮かべながら拍手をしていた。一方で右側に座る二人は、手前のブロンドのショートヘアの女性が笑顔で、残ったもう一人が無表情と対照的な表情で手を叩いていた。
「では、私たちも自己紹介させて頂きますね」
私が着席したタイミングで、まずはリラが席を立ち、小さく咳払いをした後で話し始める。
「既にお目通りが叶った後でございますが、改めて、リラでございます。滞在中、お困りのことがあれば何なりとお申し付け下さい」
そう言って、リラは深々と一礼した後で、にっこり微笑んだ。
「そんじゃ、次はあたしだな」
リラと入れ替わりで、ショートヘアの女性が立ち上がった。
「あたしはナズナさ。ここではガキとジジババの相手をしてる。アンタのことは噂に聞いてるぜ」
「こらナズナ!」
ナズナの言葉を遮って、リラが叫んだ。
「カノン様の前で、そんなはしたない言葉を使っては駄目でしょう!」
「んなこと言われてももなぁ……で、どれがはしたないんだっけ?」
「全部です! 大体あなたは……!」
「リラ。あなたの方こそ落ち着きなさい」
それまで無言だった修道女が静かに口を開いた。宵闇のような黒い髪が胸のあたりまで伸びており、白色の簡素な布で一本にまとめられていた。
「ナズナがはしたないのほ今に始まったことではないでしょう。それに、この場で失礼かどうか決めるのは、ゲストのカノン様でしょう。ねえカノン様?」
「あの、私は気にしておりませんので……」
急に水を向けられたことに驚きつつも控えめに言うと、リラは「左様でございますか……」とやや不満そうに言った。
「そういうわけで、よろしくなっ、カノンさまっ」
ナズナはリラに比べてやたら馴々しく、もといフランクに言うと、手をひらひらと振った。
「じゃあ、次はヨルだな」
「言われなくても。というか先に言わないでよ」
口を尖らせながら言った後で、その女性――ヨルは立ち上がった。それを見届けて、ナズナがへへっと笑いながら座った。
「初めましてカノン様。ヨルと申します」
ヨルは、まっすぐな目で私を見ながら言った。
「この修道院では主に農作業と料理を担当しています。カノン様のご活躍はかねがね伺っておりますわ。どうぞよろしくお願いします」
ヨルは短く言うと、ゆっくりと頭を下げた。
「ヨルはこの修道院で生産している作物のほぼ全ての世話をしているんです。それ以外の植物にも精通していて、とても博識なんです」
「よしてよ、リラ」
リラが補足すると、ヨルは少しだけ照れながら言った。
「わたしはあなたたちと違って人前に出るのが苦手なのよ。自分にできることをやっているだけ」
「そうだな。確かにヨルに話題の振り方を間違えると大変だからな」
「ナズナ!」
ナズナの茶々入れにヨルは強く反応した。
「……ナズナの言うことは気にしないで下さい。それでは」
一連のやり取りを、私は微笑み半分、苦笑半分で眺めていた。
やや癖は強いものの、みんな仲が良さそうで何よりだと思った。
「さあ、これで全員終わりましたね」
「あの、フレア院長……」
フレアが言ったところで、リラがやや言いにくそうに口を挟んだ。
「ふふっ、わかってますよ」
フレアはにっこり笑った後で、私に向き直った。
「カノン様、実はもう一人、フランという修道士がいるのです。ただ彼女は少々病気がちでして、あまり皆さまの前に出て来れないのです」
「へっ、どうせ仮病だろうよ」
「ナズナ、お黙りなさい」
ナズナの小言を、リラが窘める。
「そうですよ。フランにもきっとわたし共には言えない、何か深い悩みがあるのです。わたしたちは、彼女が心を開くまで待つしかありません」
「……どうだか」
「ヨル。あなたまで……」
リラはヨルに向かって、少し呆れたように言う。この中では、何だかリラが苦労しそうなポジションだなと思った。
「そんでさ、もう自己紹介は終わったんだろ?」
気を取り直したのか、ナズナが口を挟んだ。
「話の続きはメシ食いながらにしようぜ! ヨルのご飯たちも待ちくたびれてるさ!」
「ふふっ、そうですね。では冷めないうちに頂いてしまいましょうか」
ナズナの言葉を受けて、フレアが穏やかに笑う。
「でも、その前にお祈りを済ませてからです」
「えー、今日はいいじゃん!」
「駄目です! 食事は我が父に感謝しながら頂かなくては!」
「お祈りぐらい心の中で済ませてるって!」
「ナズナ。あなたが騒ぐといつまで経っても食べられないのよ?」
「何だよ、あたしばっかり悪いみたいに言いやがって。ほら、カノンさまも腹減ったって言ってるぜ?」
お願いだから、私を巻き込むのはやめて欲しい。
そんなこんなで、ナズナが大人しく祈りを捧げるまでしばらくかかることになった。




