コロン修道院
コロン修道院はレンガ造りでできた、二階建ての格式のある建物だった。大きさは先程見た大聖堂ほどではないものの、広い敷地の中で憩いの場である広場や農作スペースなどもある、かなり広い空間が確保されていた。
空は日が頂上を過ぎて少し傾き始めた頃。まだ遊びたい盛りなのか、修道院の広場を小さな子供たちが駆け回っていた。平和な光景だなと、私は目を細めながら彼らの横を通り過ぎる。
修道院の建物の中に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは部屋の中央にそびえ立つやや古びた石柱だった。二階は吹き抜けになっており、天井が高く開放感に溢れている。また柱には巨大な絵画がかけられており、天から降り注ぐ光を地上の人々が歓喜で迎える構図は、まさに「教団」が布教する光と平和の象徴を表していた。
私は入口近くに置いてあった、来客を告げるベルを手に取り、二度、三度と鳴らした。しばらくすると、奥から修道士の女性が石床をカツカツ鳴らしながら走ってきた。
「えっと、私は――」
「カノン・アルカナ様ですね。お待ちしておりました」
私が説明する間もなく、修道女はにっこり笑うと、私を先導して奥に案内した。
「長旅お疲れ様でした。コロンの街はどうですか?」
通路を抜け、回廊に差し掛かったところで、修道女が話を振ってきた。
「ええ。初めて立ち寄りましたが、良い街ですね」
「アルカナ様は大聖堂には?」
「ここに来る前に、礼拝を済ませました」
「素晴らしいですわ。きっと我らが父もお喜びになられていることでしょう」
ふふっと微笑む。
回廊を抜けて再び建物内に入り、とある部屋の前に来たところで立ち止まる。
「こちらが院長のお部屋です」
そう言って、修道女はドアをノックする。すると、奥から「どうぞ」と年配の女性の声が聞こえた。
部屋の中は、四方が三メートル程の、やや手狭な空間だった。
その窓際にに木製のテーブルが置かれており、反対側に向かい合う形で一人の女性が座っていた。服装は修道女のものと同じだが、年齢はかなり上だと感じた。
「院長。カノン・アルカナ様をお連れしました」
修道女が紹介すると、女性は席から立ち上がり、テーブルを回って私の前までやってきた。
「初めましてアルカナ様。この修道院の院長を務めております、フレアと申します」
そう言って、女性――フレアは両手で私の手を握った。温和な表情を浮かべながらも、握る手には力がこもっていた。
「初めまして。フレア様」
私は微笑みながら、挨拶を返した。
「急なお願いとなり申し訳ありません。少しの間お世話になります」
「なんの。ナンバーズの方にお越し頂けるなんて、光栄の極みですよ」
フレアは目を細くして笑ったところで、ようやく私の手を解放した。
「道中お疲れでしょう。すぐにお部屋に案内させますので、ご活躍の話はまた明日以降お聞かせ下さい」
「恐縮です」
私は社交辞令に応じながら、内心苦笑する。
この人は、目の前の人間が任務で失敗してケガを負った、間抜けなナンバーズだと知ったらどういう反応をするだろうか。
「滞在中のお世話はこちらのリラが務めますので、何なりとお申し付け下さい」
フレアが視線を遣ると、私を案内してくれた修道女――リラは深々と一礼した。
「それで、フレア様?」
「はい、何でございますか?」
「こちらに、ヴァネッサ様はいらっしゃいますか?」
「大主教猊下、ですか?」
フレアは少しだけ目を丸くした。意外な名前を出されたことによる驚きなのか、それともその真意を図ろうとする意思なのかは判別が付かなかった。
「……いえ、こちらには滅多に顔を出されないですね」
「そうですか……わかりました」
私の言葉に、フレアは少しだけ首を傾げたものの、特に追及はしてこなかった。
「それではお部屋に案内させましょう。リラ、お願いね」
「はい。お任せ下さい」
リラは穏やかに微笑むと、私に向き直り「どうぞこちらへ」と言った。
「ええと、リラ様?」
院長の部屋を出て、先を歩くリラの背中に向かって声を掛けた。
「アルカナ様。私に敬称は不要でございます。どうか、リラ、とお呼び下さい」
「それでは、私もカノンで結構ですよ」
「承知しました。カノン様」
「あの、敬称は不要で」
「――いえ、それはなりません」
リラは穏やかながら、やや強い口調で言った。
「カノン様は大切なお客様であると同時に、我がリュミエール教団のナンバーズでいらっしゃいます。本来ならお目通りすら叶わない高貴なご身分であらせられる方、呼び捨てになど断じてできません」
「そ、そうですか……」
一気にまくし立てるリラに少し引きながら、それでも気を取り直して言葉を続けた。
「それなら、私のことはせめて他の来客と同じように扱ってもらえませんか? 既にお聞きかと思いますが、私はこちらにケガの療養で訪れました。滞在中あまりお役に立てることもありません故、過度な特別扱いは不要です」
「む……それがカノン様のお望みであるなら善処致しますが……」
リラは不承不承、といった反応だったが、一応は納得してくれたようだった。これで私の扱いも多少はフランクになってくれると期待したい。そうでなくとも、今回は少し一人で考える時間を作りたいと思っている。
そんな中で、私の世話をするという名目で四六時中側にいたりされてはたまらない。
リラは私を先導しながら入り口まで戻ると、脇にある螺旋階段を昇って二階に上がった。二階は小さな部屋が立ち並んでおり、寝室のスペースになっているようだった。
「こちらでございます」
リラが案内したのは、二階の一番奥にある部屋だった。ドアを開けると、その中に私を促した。
部屋の中は、広々としたゆとりのある空間が広がっていた。さすがに貴族用の高級寝室とまではいかないものの、大きなベッドに執務用のテーブルと椅子、それに本棚といった家具やインテリアが一通り揃っており、普段滞在している宿よりも余程良い部屋だと感じた。むしろ、院長のフレアより広い部屋を割り当てられたことに多少の居心地の悪さがあるぐらいだった。
「窮屈なお部屋で申し訳ありません。何分小さな修道院でございますので……」
「いえいえ、十分ですよ。深いお気遣いに感謝致します」
私が応じると、リラはにっこりと、どこか安心したように一つ息を吐いた。
「それでは、私はこれで一旦失礼致します。夕食のお時間になりましたら、またお呼びに参ります」
「ええ。ありがとうございます。リラ」
「何かありましたら私をお呼び下さい。昼夜問わずすぐに駆け付けますので。……それでは、ごゆっくり」
リラは私に向かって深々と礼をすると、静かに後ろに下がってドアを閉めた。
ばたん、という音と共に辺りは静寂に包まれ、遠くから子供の歓声が聞こえるのみだった。
私は一つ大きく息を吐いた後、荷物袋を床に置き、コートを脱いで椅子に掛けた後でベッドに身を投げた。予想通り、ベッドは柔らかく私の身体を受け止め、同時に包み込むような快適さが背中越しに伝わってくる。
色々な意味で拍子抜けだった、というのが正直な感想だった。
あの「教団」の施設、ということもあって多少身構えていたものの、今のところは思っていたより普通の施設だと感じている。フレアもリラも、何か腹に一物があるような人物には見えなかった。扱いが手厚過ぎることだけは少々思うところはあるが。
それだけ、「教団」のナンバーズというのは特別な存在なのかもしれない。おそらく、私が思っている以上に。その意味では、元ナンバーズで、その地位を追われたヴァネッサの心中は推して知るべきなのかもしれない。
少なくとも彼女はこの修道院にあまり関わっていないようだが、この街にいる限りいずれ対峙することになるだろう。
そうなった時、私は彼女に対して語る言葉を持っているのだろうか。
思考を巡らせながら、少しずつ瞼が重くなる。日はまだ高かったが、下手に動き回ってリラに気を遣わせるのも悪いと思い、そのまま心地良さに身を任せることにした。
――明日から、何をしようか。
そんなことを考えている内に、次第に意識が遠くなっていった。




