聖地コロン
道中に現れた強盗を退けた後、旅程からは少しばかり遅れながらも、無事にコロンの街に到着した。
馬車は街の正門前で停車し、私やガロ婆の他に十数人が降車した。服装は多少の差異はあったが、皆一様に巡礼者の姿だった。
街の正門では、全身鎧と槍で武装した兵士が二人、門番として立っていた。
一団の先頭を歩いていた私は、彼らの前で立ち止まると、両手を胸の上で組み、無言で一礼した。巡礼者が聖地を訪れた際にしばしば行われる到着時の祈りで、「私はこの地に辿り着いた」という意味が込められている。
私の祈りを受けて、兵士は小さく頷いた後、構えていた槍を立てた。兜からわずかに覗く表情は仏頂面で、「さっさと通れ」という言葉が顔に書いてあるようだった。元より、コロンのような聖地において私のような巡礼者姿の人間は珍しくもないのだろう。
私は再び一礼をした後、兵士の横を通って門を通過した。
門を通った先には、遠くまで伸びる石畳の道と、多くの小屋が立ち並んでいた。巡礼の聖地ということもあり、十字架や銅像も随所に設置されているが、それ以上に目を引くのは目の前を埋め尽くさんばかりの巡礼者の多さだった。グレゴールも街としてはかなり栄えている方だと思うが、人通りの多さではこちらも全く引けを取らない。周辺に並ぶ小屋群は、おそらく巡礼者用の宿や売店なのだろう。年齢層は老若男女様々で、人間のるつぼという表現がしっくりくる状態だった。
「ここも変わらぬのう」
ガロ婆は私の後ろを歩きながら、しみじみと語った。
「ガロ婆。ここまでありがとうございました」
私は振り返って一礼した。
「おかげで、道中は安全に過ごせました」
「なんの。わしも若者と話ができて楽しかったぞて」
ほっほっほと、ガロ婆は高く笑った。
「ところでお前さん、この後はどうするつもりじゃ?」
「はい。この後は修道院に寄って、滞在の準備をしようかと」
「ほほう、あの修道院に、のう」
ガロ婆はどこか面白そうに言った。
「それでは、大変お世話になりました。私はこれで――」
「これ、少し待つが良いて」
踵を返そうとしたところで、ガロ婆が声を掛けてきた。
「お前さん、巡礼証明書は持っておるな?」
「? ええ、身分証代わりに一応持っていますが……」
「それなら、せっかく来たのじゃ。わしと巡礼に行かぬか? どうせ急ぐ旅でもないのじゃろう?」
「……それは、そうですが……」
私は少し考える。正直なところ、巡礼自体にはさほど興味はない。今回巡礼者の服装をしたのも、その方が都合が良いからであり、それ以上の意味はなかった。
ただ、紛いなりにも「教団」の聖職者を名乗る身として、一度も巡礼したことがないのは少々いただけないのではないか。
そうは思いつつ、私の日常において神に祈る機会はほとんどない。そもそもリズがそのようなものを全く信じていないので、眠る時や起きる時、そして食事の時などに祈りを捧げる風習がなかった。以前のご主人はよく神に祈りを捧げる人だったので少しだけ戸惑ったものだが、今はこちらの方に慣れてしまっていた。
ただ、私の目的はケガの療養であり、急いでも仕方ないのは事実だった。
一通り思考を巡らせた後で、私は答えを出した。
「……わかりました。同行しましょう」
「ほっほっほ。そうこなくてはな」
ガロ婆はにやりと笑った。それに釣られて、私も少しだけ笑みが零れた。
「それで、まずはどこに?」
「この先の丘に大聖堂があるんじゃ。そこでお祈りでもしようではないか」
「承知しました」
私が応じると、ガロ婆は再び杖を突いて歩き始めた。少し遅れて、私もその後に続く。
丘の上の大聖堂の話ぐらいは私も聞いたことがあった。美しさと荘厳さにおいては大陸の中でも屈指の建造物であり、様々な聖遺物が収納されているという話だった。言い換えれば、このコロンの街に集った人々はその大聖堂で祈りを捧げるためにはるばるやって来た人間だということである。私が言うことではないが、ご苦労なことだなと思う。
「お前さんは、何故人々が巡礼に訪れるかわかるかの?」
歩きながら、唐突にガロ婆が問いかけてきた。何だか、信仰心を試されているような感覚に陥って内心少し身構えた。
「……信仰の目的は色々あり、一つではないと思いますが」
私は多少言葉を選びながら、迷わず答えた。
「一つは、自身の救済のためでしょう。人は弱い生き物です。弱いからこそ、自分以外のものに救いを求めるものだと思います」
「ふむ。教科書通りの回答じゃの」
「むっ」
ガロ婆の一方的な物言いに、私は少し口を尖らせた。
「それなら、ガロ婆は何だと思うんですか?」
「端的に言えば、暇つぶしじゃな」
ガロ婆はかっかと笑いながら言った。
「……あなたの立場で、それは大丈夫なんですか?」
「まあ聞くが良いて。昨今は物質的な豊かさの追求で、日常の中に神を感じる機会が少なくなったと、そうは思わんか?」
「以前がどうかはともかく、日常を生きるのに忙しいのは事実だと思います」
私は同意して、同時に苦笑した。
「その際たる例が、私のような冒険者なのですが」
「そうじゃ。普段から生と死の狭間にいる冒険者は、呑気に祈っている間におっ死んでしまうからのう。――だからこその巡礼なんじゃよ」
そう言ったところで、ガロ婆は歩く足を止め、私の方を振り返った。
「巡礼は否が応でも神の存在を意識させられる。巡礼とは、言わば日常を離れた非日常じゃ。日常を生きるあたしらにとって、神に祈る非日常は暇つぶし以外の何者でもあるまいて」
「……そういう、ものでしょうか」
「おや。あまり納得しとらんようじゃな?」
「少なくとも、私は暇つぶしで祈りを捧げに来たわけではないので」
「では、何のためじゃ?」
「何のため……」
そこで、思わず言葉が詰まる。
私が今回祈りを捧げるのは、せっかくの機会だという好奇心と、「教団」のナンバーズであるという義務感からだ。
ただしそれは療養という、時間に余裕があってこその行為だ。
それは、ガロ婆の言う「暇つぶし」に他ならないのではないだろうか。
「……我が主の御心に近付くため、ですよ」
「ほっほっほ。まあそういうことにしておいてやるわい」
ガロ婆はひとしきり笑った後で、再び歩き始めた。
しばらく進むと、少しだけ急な坂道が出現し、その先に門を構える大きな建造物が目に入った。グレゴールにある冒険者ギルドや貴族の邸宅などよりも遥かに高く、見る者を威圧すらさせるものだった。建物はUの字型で、中央には大きな門と、同じく大きな鐘が設置されていた。
「まったく。この坂道が急なことだけが唯一の不満点じゃて」
ガロ婆はひいひい言いながら杖を突くのを横目に、私は正面の門に目を遣った。入り口である門には大きな人だかりができており、その盛況ぶりが窺えた。
だが、門の前に集まる人々にふと違和感を覚えた。あれは、入場待ちをして溜まっている人々ではない。まるで、集まって何事かを観察しているかのようだった。
そう思った矢先、男の叫ぶ声が聞こえた。
「てめぇ! ふざけんじゃねぇぞ!」
巡礼の聖地には似つかわしくない、ひどく暴力的な叫び声だった。
私は咄嗟に、右手を握る力を込めた。
「ほっほっほ。ええのう」
一方のガロ婆は満足そうに頷いていた。
「トラブルあってこその巡礼じゃて。面白くなってきたのう」
あなたの立場でそれを言いますか。
私は内心苦笑しながら、視線の先の顛末を観察していた。




