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第1章 諦めたスローライフ【3】

 東の平原に出て来て三十分。ポケットラットが逃げ回る中、勇者パーティ候補の冒険者たちは、情けない足取りで平原を走り回っている。その攻撃を真面に受けて地に倒れるポケットラットはまだたったの三頭。脅威に気付いたポケットラットはほとんど逃げ、彼らに近付いて来る間抜けも、もっと間抜けな彼らからさっさと逃げて行った。

「……そこまで」

 このままでは日が暮れてしまう。リーフェットは軽く手を振り、雷槍を放った。辺りにいたポケットラットは地に伏した。ちょうど依頼(クエスト)を完了できるくらいの数は揃っているようだ。勇者パーティ候補の冒険者たちは、膝に手をついたり、へたり込んだりと、すでに疲労困憊であった。

「ポケットラットも倒せないなんて情けない」

 溜め息とともに言うリーフェットに、ぜえはあと肩で呼吸を整えながらディランが口を開く。

「もっと強い……魔獣の討伐をやったことだって、あるんだぞ……」

「何日かかったの」

 リーフェットが目を細めると、えっと、とディランは口ごもる。どうやら“何日も”かかったようだ。

「でも、ポケットラットは普通、魔法使いが倒すものなんじゃないの……」

 息を切らせ、ヴェラが言う。そうだ、と剣を杖替わりにするダンが同意した。

「そもそも剣で倒せる相手じゃねえ……こんなことに意味があるのか……」

 リーフェットはまた溜め息を落とさざるを得なかった。

「先代勇者パーティはポケットラット十五体を討伐するのに三分もかからないわ。同じような編成でね」

「い、いきなり先代と比べられても……」

 困ったように言うライカに、リーフェットはまた目を細める。

「いきなり? あなたたちがパーティを組んで、五ヶ月、経ってるわよね。それなのにパーティランクCなんて、候補から外れてもおかしくないのよ」

 パーティ結成のことはディランから聞かされていた。その報告から五ヶ月が経っている。冒険者のパーティは通常、ランクDから始まる。そこから降格すればランクEとなるが、順当に依頼(クエスト)をこなしていけばランクCに上がるのは簡単だ。その後も着実に実力をつけていけば順当にランクBまで上がれるはずなのだが、ディランのパーティはランクCで足踏みし続けていた。

「あと一ヶ月でランクBまで上がってもらうわ」

「一ヶ月!?」ダンが目を丸くする。「そんなのできるはずないじゃないか!」

「なに甘いことを言っているの。あなたたちは五ヶ月の実績があるはずでしょ」

 四人は返す言葉を失い、顔を伏せる。リーフェットはさらに追い打ちをかけた。

「先代勇者パーティがランクSに到達するのにかかった時間は半年よ」

「そんなの」と、ライカ。「最初から優れていただけじゃないですか……」

「そんなまさか」リーフェットは溜め息を落とす。「それだったら半年もかかってないわ。彼らはただひたむきに努力した。それだけのことよ」

 彼らの思っている通り、パーティランクをSまで引き上げることは、そう簡単なことではない。ランクBまでは順当に上がることができるが、そこがひとつの壁になっている。ランクAまでの道のりは遠いのだ。さらにその上のランクSに到達するまでには、血が滲むほどの努力が必要になる。先代勇者パーティは、ただひたすら努力した。その努力の甲斐あってランクSを冠し、この国を救うことができた。いまの彼らにとっては遠い話だが、勇者パーティ候補にはそれが必要なのだ。

「いい? 勇者パーティに選出されたいなら、私の言うことを聞くこと。文句があるなら、私は隠居生活に戻らせてもらうわ」

「わかったよ」ディランが弱々しく頷く。「もう俺たちにはそれしか残ってないからな……」

「断りなさいよ」

「どっちなんだよ」

 リーフェットとしては、断られたほうが都合が良かった。それに鈍感なディランが気付くはずもなく。リーフェットが隠居生活に戻ることは、なんとしても阻止されることだろう。

「今日の報酬はあなたたちがもらうといいわ」

「え、それは……」

 躊躇いを見せるライカに、リーフェットはひとつ息をついた。

「遠慮はランクBにしてからにちょうだい。あなたたちは、とにかく小遣い稼ぎをしなければ話にならないわ。パーティランクを上げるには、それなりの装備が必要なのよ」

 いまの彼らの装備では、まともに戦闘をこなすこともできない。この平原には、ポケットラットより危険度の高い魔獣がわんさか湧いている。いまの装備のままでは、ランクBに上がることは夢のまた夢。ランクの高い魔獣の討伐依頼をこなさなければランクは上がらない。これから魔王を討伐しようという勇者パーティには、例え厳しくなったとしても耐えてもらわなければならない鍛錬だ。

「わかったらさっさと街に戻る! 安宿があなたたちを待ってるわ」

 勇者パーティ候補たちは暗い顔をしている。それでも、リーフェットの言っていた「ダンジョンに寝泊まりするよりマシ」という話は忘れていないはずだ。忘れていたとしたら、救いようがない。安宿だったとしても、鍛錬のためにしっかり休息を取ってもらう必要があった。



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