第1章 諦めたスローライフ【3】
戻って来たディランにどの宿を選んだか訊くと、この町の宿屋で中間より少し下の宿を選んで来たらしい。これまでの宿に比べると質素にはなるが、最低限を選ぶことはできなかったようだ。
「今回の依頼はこれよ」
リーフェットがディランに依頼書を差し出すと、他の三人もそれを覗き込む。リーフェットが選んだのは「ポケットラット十五体の討伐」依頼だった。ランクとしては最底辺のEである。ポケットラットは魔獣の中の最下位御三家と呼ばれる三種のうちのひとつで、子どもでも討伐できるほど弱い魔獣だ。
「こんなの小遣い稼ぎじゃないか」
不満を漏らすディランに、ふん、とリーフェットは鼻を鳴らした。
「いまのあなたたちに必要なのは小遣い稼ぎでしょう。そんな貧相な装備で。ランクDでももっと良い装備を身に着けているわ」
四人はぐうの音も出ない。装備が貧弱であることは自覚しているようだ。
ディランは不承不承に依頼書をカウンターの女性に提出する。リーフェットも何度か顔を合わせている職員のアンネリカだ。アンネリカは依頼書を見て苦笑いを浮かべる。彼らがランクに釣り合わない依頼を受け続けていることを知っていたのかもしれない。
戻って来たディランは、受付証を少し乱暴にポーチにしまった。
「依頼の指定は東の平原だ。間引きのための討伐だな」
「依頼としては最低で十五体」リーフェットは言う。「依頼主としては、十五体より多く討伐することを望んでいるでしょうね」
「それじゃあ、どうして十五体なんですか?」
首を傾げるライカに、リーフェットは軽く肩をすくめた。
「依頼のランクを下げるためよ。駆け出しの冒険者のために用意された依頼ね」
「駆け出しの冒険者……」
ライカは不満げな顔をしている。だが、彼らは実際、ほとんど駆け出しの冒険者のようなもの。駆け出しの冒険者のほうがマシ、とはさすがのリーフェットでも言えなかった。
東の平原は穏やかな場所だと言われている。ポケットラットのような下位魔獣しか出現せず、行商の馬車を襲うような野盗も滅多に湧かない。太陽の神に守られた東の平原に流れる穏やかな空気がそうさせるのかもしれない。
「まず、基本的な戦い方だけれど」リーフェットは言った。「まず、従魔術士が魔獣を従属契約して索敵すること。剣士と騎士で前衛を固めて、魔法使いが後衛でサポートする。どんな魔獣が相手でもそれが基本よ」
これは駆け出しの冒険者が勉強すれば当然に知っている戦術で、パーティを結成して五ヶ月が経つ彼らも頭に入っているはず。だが、リーフェットは彼らがその戦術に則っていないと思えてしょうがなかった。
「あの……いいですか?」
ライカがおずおずと手を挙げる。どうぞ、とリーフェットは応えた。
「討伐対象が動いていると、どうしても上手く魔法を当てられないんです。どうしたらいいのでしょう」
ライカとしては純粋な疑問を口にしたに過ぎないのだが、これにはリーフェットも呆れざるを得なかった。
「まさか、あなたも前衛で魔獣に攻撃しているんじゃないでしょうね」
「え……」
ライカの表情が固まる。どうやら図星のようだ。
「魔法使いは基本的に後衛でサポートするのが役目よ。身体強化、攻撃耐性などの魔法を前衛にかける。適宜、回復役も担うの。魔法使いが攻撃に加わる回数はそう多くないはずよ」
他の三人も何も言えずに渋い顔をしている。ライカも前衛に立っているというリーフェットの想像は当たっていたようだ。剣士と騎士が揃っていれば、従魔術士と魔法使いは後衛に立つのが基本。魔法使いが攻撃に加わるのは、剣士と騎士の攻撃が魔獣に届かない、もしくは躱されたときのみ。前衛と後衛を同時に担うには、それなりの熟練度が必要だ。
リーフェットは、幼馴染みのディランはともかく、このパーティにはなんの思い入れもない。本来なら、これだけ親切にする理由はないのだ。それでも、かつてランクSの勇者パーティに身を置いていた者として、新たな勇者パーティとなる可能性のあるパーティを育てることに躊躇うべきではない。この先、勇者パーティは必ず活躍する時が来る。そのために“結成五ヶ月の駆け出し冒険者”を育て上げることを蔑ろにするわけにはいかないのだ。
「それを頭に入れて、ポケットラットを十五体、討伐してみなさい」
「ポケットラットくらいなら楽勝だろ」
「いままでこの依頼を受けたことは?」
「いや、それは……ないけど……」
自信に満ちていたはずのディランの言葉が勢いを失っていく。改めて考えてみても、やはり彼らは高望みしている。リーフェットは、また溜め息を落とさざるを得なかった。




