第1章 諦めたスローライフ【2】
ディランに手を引かれ、リーフェットが渋々で冒険者ギルドに行くと、魔法使いのローブを身に纏った女性が軽く手を振った。そこには他にふたりの姿があり、ひとりは鎧を身に着け、ひとりは機能性を重視した冒険服を着ている。全員、装備品が貧弱であった。質素と言えば多少なりとも聞こえは良くなるだろう。
「みんな、紹介するよ。俺の幼馴染みのリーフェットだ」
「みなさん、ごきげんよう」
リーフェットが貴族の娘らしくスカートをつまみ辞儀をすると、三人はその優雅さに見惚れているようだった。平民である彼らにとって、リーフェットのカーテシーは惚れ惚れするものだろう。
「これからしばらく俺たちの面倒を見てくれる。指南役だな」
ディランの言葉に、三人は顔を見合わせた。それも当然のことだろう、とリーフェットは考える。三人にとって、リーフェットはただの貴族の娘に見えるはずだ。指南できるほど冒険について熟知しているとは思えないだろう。
「こっちも改めて紹介するよ。まずは騎士のダン」
ダンと呼ばれた騎士は、ディランと同じ銅製の鎧を身に着け、腰には長剣が携えられている。騎士とは思えない貧相な装備であった。短く整えられた金髪と細く目尻のつり上がった緑色の瞳が生真面目さを表しているようだった。
「こっちは魔法使いのライカ」
少女ライカは、真似事の辞儀をして見せる。そのローブはところどころ切れており、魔獣との戦いで傷んでいることがよくわかった。長くウェーブのかかった茶髪と青色の瞳が可愛らしさを感じさせる。
「それと、従魔術士のヴェラ」
冒険服の少年が軽く頭を下げる。この中で最も若いように見える。茶髪とそばかすが童顔に見せるのかもしれない。
リーフェットが実際に会うのは、結成時から約五ヶ月ぶりとなる。そのときは顔を合わせただけで、しっかり対面するのはこれが初めてだった。それも、ディランが「パーティを結成した」と言って軽く紹介しただけで、誰がどの程度の実力なのかをリーフェットはまだ知らなかった。
「じゃあ、今日の依頼だが……」
事情を汲み取れない三人を置いてけぼりに、ディランは依頼書が張り出された掲示板を見る。ディランが説明を怠るのは昔から変わっていない。
「これなんかどうかな」
ディランが指したのは、ランクCの魔獣討伐の依頼だった。その内容に目を走らせたリーフェットは、重い溜め息を落とす。
「あなたたちはEからやり直すべきよ」
「E?」ディランが眉をひそめる。「そんなの子どものお遣いじゃないか」
「ギリギリでCをクリアするより、余裕を持ってD、Eをクリアしたほうがいいわ」
「でも報酬が……」
もごもごと口の中で言うディランに、リーフェットは眉をつり上げた。
「宿のランクを下げればいいだけの話でしょ」
事はそれだけで済むとも言える。彼らは高望みしすぎなのだ。それはこれからの攻略で思い知らせてやるしかないだろう。
「ギリギリで何日もかけてCをクリアするより毎日、D、Eをクリアするべきよ」
「でも、宿くらいは良いところに……」
静観していたダンが口を開く。これには、リーフェットはまた溜め息を落とさざるを得なかった。
「甘い。ギリギリでC以上をクリアしようとするからダンジョンで寝泊まりすることになるんでしょ」
リーフェットは実際に彼らがどう生活しているかは知らないが、どうやらその勘は当たっていたらしい。四人は返す言葉がない様子で俯いた。
「余裕でD、Eをクリアすれば毎日、宿で休むことができるわ。宿の質を落としても、ダンジョンに寝泊まりするよりは天国のはずよ」
依頼のためにダンジョンに寝泊まりすることは確かにある。だが、それは高位の魔獣を討伐するときの話で、パーティランクに見合わない依頼を受けるために執る作戦ではないのだ。
「依頼を受ける前に宿を変えて来なさい。そのあいだに私が依頼を決めておくわ」
「……わかったよ」
渋々といった様子ではあるが、ディランは頷いて冒険者ギルドを出て行く。この町にはいくつか宿屋がある。きっち、その中で最も質素な宿を選ぶことはないだろう。そうだとしても、宿泊費がいまより下がればいい。浮いた分を装備に回せるのだから。
リーフェットが掲示板を見ていると、三人はあれこれと口を出して来た。ランクD、Eの依頼を受けることは三人とも不服のようで、ランクCの依頼を要求してきた。だがリーフェットはそれも意に介さず、一枚の依頼書を手に取った。
戻って来たディランにどの宿を選んだか訊くと、この町の宿屋で中間より少し下の宿を選んで来たらしい。これまでの宿に比べると質素にはなるが、最低限を選ぶことはできなかったようだ。
「今回の依頼はこれよ」
リーフェットがディランに依頼書を差し出すと、他の三人もそれを覗き込む。リーフェットが選んだのは「ポケットラット十五体の討伐」依頼だった。ランクとしては最底辺のEである。ポケットラットは魔獣の中の最下位御三家と呼ばれる三種のうちのひとつで、子どもでも討伐できるほど弱い魔獣だ。
「こんなの小遣い稼ぎじゃないか」
不満を漏らすディランに、ふん、とリーフェットは鼻を鳴らした。
「いまのあなたたちに必要なのは小遣い稼ぎでしょう。そんな貧相な装備で。ランクDでももっと良い装備を身に着けているわ」
四人はぐうの音も出ない。装備が貧弱であることは自覚しているようだ。
ディランは不承不承に依頼書をカウンターの女性に提出する。リーフェットも何度か顔を合わせている職員のアンネリカだ。アンネリカは依頼書を見て苦笑いを浮かべる。彼らがランクに釣り合わない依頼を受け続けていることを知っていたのかもしれない。
戻って来たディランは、受付証を少し乱暴にポーチにしまった。
「依頼の指定は東の平原だ。間引きのための討伐だな」
「依頼としては最低で十五体」リーフェットは言う。「依頼主としては、十五体より多く討伐することを望んでいるでしょうね」
「それじゃあ、どうして十五体なんですか?」
首を傾げるライカに、リーフェットは軽く肩をすくめた。
「依頼のランクを下げるためよ。駆け出しの冒険者のために用意された依頼ね」
「駆け出しの冒険者……」
ライカは不満げな顔をしている。だが、彼らは実際、ほとんど駆け出しの冒険者のようなもの。駆け出しの冒険者のほうがマシ、とはさすがのリーフェットでも言えなかった。
東の平原は穏やかな場所だと言われている。ポケットラットのような下位魔獣しか出現せず、行商の馬車を襲うような野盗も滅多に湧かない。太陽の神に守られた東の平原に流れる穏やかな空気がそうさせるのかもしれない。
「まず、基本的な戦い方だけれど」リーフェットは言った。「まず、従魔術士が魔獣を従属契約して索敵すること。剣士と騎士で前衛を固めて、魔法使いが後衛でサポートする。どんな魔獣が相手でもそれが基本よ」
これは駆け出しの冒険者が勉強すれば当然に知っている戦術で、パーティを結成して五ヶ月が経つ彼らも頭に入っているはず。だが、リーフェットは彼らがその戦術に則っていないと思えてしょうがなかった。
「あの……いいですか?」
ライカがおずおずと手を挙げる。どうぞ、とリーフェットは応えた。
「討伐対象が動いていると、どうしても上手く魔法を当てられないんです。どうしたらいいのでしょう」
ライカとしては純粋な疑問を口にしたに過ぎないのだが、これにはリーフェットも呆れざるを得なかった。
「まさか、あなたも前衛で魔獣に攻撃しているんじゃないでしょうね」
「え……」
ライカの表情が固まる。どうやら図星のようだ。
「魔法使いは基本的に後衛でサポートするのが役目よ。身体強化、攻撃耐性などの魔法を前衛にかける。適宜、回復役も担うの。魔法使いが攻撃に加わる回数はそう多くないはずよ」
他の三人も何も言えずに渋い顔をしている。ライカも前衛に立っているというリーフェットの想像は当たっていたようだ。剣士と騎士が揃っていれば、従魔術士と魔法使いは後衛に立つのが基本。魔法使いが攻撃に加わるのは、剣士と騎士の攻撃が魔獣に届かない、もしくは躱されたときのみ。前衛と後衛を同時に担うには、それなりの熟練度が必要だ。
リーフェットは、幼馴染みのディランはともかく、このパーティにはなんの思い入れもない。本来なら、これだけ親切にする理由はないのだ。それでも、かつてランクSの勇者パーティに身を置いていた者として、新たな勇者パーティとなる可能性のあるパーティを育てることに躊躇うべきではない。この先、勇者パーティは必ず活躍する時が来る。そのために“結成五ヶ月の駆け出し冒険者”を育て上げることを蔑ろにするわけにはいかないのだ。
「それを頭に入れて、ポケットラットを十五体、討伐してみなさい」
「ポケットラットくらいなら楽勝だろ」
「いままでこの依頼を受けたことは?」
「いや、それは……ないけど……」
自信に満ちていたはずのディランの言葉が勢いを失っていく。改めて考えてみても、やはり彼らは高望みしている。リーフェットは、また溜め息を落とさざるを得なかった。