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醜い少女の唄

作者: ノネム


 放置された死体が悪臭を放ち、小蠅が唸りを上げて飛び回っている。


 ここはレルルズガーデンと呼ばれる港街。数多くの住人を抱え、商人や冒険者が訪れる地域最大の街。


 しかし表通りの喧噪は裏町の奥深くには届かない。地べたにへたり込んだ醜い容姿の少女は、少し離れた位置に横臥している腐りかけの死体が目に入らないように、路地の先に虚ろな視線を向けていた。


 裏町といえども通常であれば死体が放置されていることはない。都市に雇われた清掃員、あるいは駆け出しの冒険者が定期的に巡回する。


 そういった人間たちすら来ない、裏町の人間すら近づこうとしない、汚濁に溢れた裏町の奥地に少女は住んでいた。


 少女は幼かったが、既に男を恐れていた。そういった輩から離れて生きるために、裏町のさらに奥を転々と移動し、寝床も毎日変えている。

 

 幼い少女だったが、もはやなにも考えていない。思考は鈍磨し、本能が命じるままに身を守り、食物を求め、そして寝た。


 本能が少女に空腹を囁く。最後に食物を口にしたのは三日前だった。身の危険を冒しながら裏町を抜けて表通りの屋台まで行き、パンを盗んで口にしたのだった。それですら少女にとっては相当危険な冒険だ。少女は本能の命じるままに、空腹を満たすために腰を上げようとした。


 気怠げに咥えられた紙巻き煙草。形容しがたい尖った髪型。細身で長身のその青年は、その細身の体型には似合わない巨大なグレートソードを背負っていた。


 少女はぼんやりとその人物を見ていたが、男であることを脳が認識すると、跳ね起きて背後の塀を越えるために跳ぼうとする。


「まぁ、待てよ」


 少女が脚に力を込めようとしても、萎えてしまったかのように踏ん張れない。それならせめてと両手で塀の隙間に指を入れて身体を持ち上げようとするが、爪が割れるばかりで萎えた足は地に着いたままだ。


「やれやれ……罰として投棄区域の汚物の焼却を命じられてきたわけだが……まさか生きている死体がいるとはな。竜の擬態というわけでもなさそうだし」


 頭を掻きながら少女へ近づく男。気がついた少女は、半分が焼け爛れた醜い顔を恐怖で更に醜悪に歪め、涙すら浮かべて必死に壁を汚れた小さな手で掻いた。


「怯えるのもわかるが、そう慌てて逃げるなって。その様子じゃ、しばらく食ってないだろ?」


 男は腰にいくつか巻いてあるポーチの一つから、袋に包まれた乾燥携帯食を取り出す。それを少女の方へ放った。


「ほら、久しぶりなら水に溶かして飲め……って、水もねぇか? ここじゃ」


 男はポーチから安っぽい金属のカップと小さな五徳を取り出すと足下に置く。五徳の中心に木くず箱から取り出した乾燥した木くずを置いてマッチで火を付ける。五徳にカップを乗せ、腰の真後ろに付けていた木製の水筒から水を注いだ。


 少女の方へ投げてしまった乾燥携帯食を取りに行こうとして、無為に壁を掻き続けている少女に気がつく。その血が出始めているその指先に視線が止まる。


「おいおい、やめろって」


 男は少女に駆け寄ってその細い手首を握る。跳ねた血が少女の額にかかった。

 その血を拭おうとして、男はひどい火傷を負った少女の顔を初めて近くで見る。


「ひでぇ火傷」


 少女はその言葉に反応し、男の腕を振り払った。傷ついた、憎々しげな表情を浮かべると男を睨みつけた。


「そ、そうだ。わたしは醜い。ヒディアス・ユニとは私のことだ。私を襲うか? すでに破壊されているぞ」


 ユニはヒディアス・ユニとして裏町では名を知られていた。もはや襲う価値もない破壊された醜い少女として。

 

 しかし男は眉と煙草の先を上げただけだった。


「そーかい。そりゃ大変だったな。俺はブラウ。テメェみたいなガキには興味ねぇ」


 ブラウはユニの手首を引いて火の傍まで引っ張っていき、座らせた。男に抵抗しない方が痛くないことを経験上知ってしまっているユニは、顔は憎々しげに歪ませながらもおとなしく座る。ブラウは拾っていた簡素携帯食の包装を破ると、いくつかの欠片に砕きながらカップに落としていく。

 

 お湯に落とされた乾燥携帯食はすぐに甘い匂いを漂わせる。最低限食欲を湧かせるためだけに付けられた匂いでお世辞にも良いとはいえない。が、ここでは周囲の匂いが悪すぎた。


 牙があったら見せていただろう顔でブラウを威嚇していたユニは鼻をひくつかせる。直後に腹が鳴った。


 きゅる~ん、きゅるる。


 ユニは恥ずかしい腹の音に僅かに頬を染めながら、更に憎々しげにブラウを睨みつける。


「気にすんな。誰だって腹が減れば腹が鳴る。乞食だろうが王女だろうが同じだ」

  

 ブラウは安カップの取っ手をユニに向け、片頬を吊り上げておどけた調子で言った。


「取っ手以外には触るなよ。火傷が増えちまうからな」


 ユニは一際強くキッとブラウを睨みつける。しかしプライドのために自分に差し出された食べ物を断れるほど、少女の生活は潤っていなかった。

 ユニはブラウに警戒する目線を向けながらも、カップを手に取る。そして警戒しながら少しずつ即席スープを飲み始めた。


 ドゴンッ! と。


 轟音が空気を震わせる。ユニは怯えてカップを落としかけた。ブラウは平然と顔を上げた。ユニがいた袋小路。そのさらに奥にそびえるレルルズガーデンの外壁にブラウは視線を向ける。


「あー、最近多いよな。竜の襲撃」


 レルルズガーデンのあるレルル地方では、ここのところ竜による事件が多発していた。活発化した竜の行動、凶暴化、数の増加……。原因は特定されていない。


「そういや、この辺の壁って補修されてんのか……?」


 通常、襲撃を受けてダメージを負った外壁は、住民の通報によって呼ばれた補修官が土属性の修復魔法【メンド】で補修する。

 しかしここは投棄された区域。裏町の人間ですら近づかない。

 当然、この区域の外壁への竜の襲撃に気がつく者はいない。


 人が少なく竜も散発的だったとはいえ、長期間修復されず、ダメージを蓄積し続けていた外壁は。

 

 今日、崩れた。


 ぺきりと外壁の内側に亀裂が入る。そして次の衝撃で内側に砕けて落ちた。

 

 大きく開いた外壁から見える姿は、丸々と太った肉体に鬼のような二本角。蜥蜴のような顔にずらりと並んだ牙。


 鬼豚竜(オーク)だった。


 三メートルを超える体躯で周囲を見渡した鬼豚竜(オーク)だったが、鼻をぴくつかせると、ユニが持つ即席スープに視線を止めた。当然、貧相ではあるが腹を満たすには十分な量の肉にも気がつく。


「Goaaaaahhhhhhhhh!!!」


 雄叫びを上げて鬼豚竜(オーク)がユニへと突進する。放置されて老朽化した建物は鬼豚竜(オーク)の足を止めさせる障害物には足りない。


 ユニは本能から恐怖に表情を歪ませる。しかし内心ではやっとこの歪んだ生から解放されるという安堵もあった。


「一匹か……群れからはぐれた雑魚ってとこかな。【ウィザー】」

 

 ブラウの左腕が伸ばされ、指が開く。


 途端に鬼豚竜(オーク)の動きが鈍った。さっきまでは障害にならなかった建物や壁が、鬼豚竜(オーク)の身体を押しとどめる。脚に力を込めて突破しようにも、腕を振り回して破壊しようにも、いつも通りの力が入らない。


 ブラウが細身に似合わない背中の大剣を抜く。動きの止まった鬼豚竜(オーク)へと、壁を蹴り、塀の上を走りながら近づいていく。

 

 鬼豚竜(オーク)の頭上へと跳躍。同時に両手で上段に大剣を構える。あっけにとられている鬼豚竜(オーク)へと落下しながら、ブラウは吸い終わりの煙草をぷっと吐いた。


 煙草が真っ二つに斬れる。

 同時に、鬼豚竜(オーク)の頭部から腹部の下までもが、真っ二つに切断された。


 着地したブラウは、血と臓物を溢れさせながら背後に倒れていく鬼豚竜(オーク)を眺めてため息をついた。


「汚れるのはあまり好きじゃねぇんだがな……」


 腰から引き抜いた信号銃を空へ向かって放つ。ひゅるひゅると煙を吐きながら上がった信号弾は、特有の音と煙を撒き散らしながら飛散した。これでしばらくしたら相棒が来るはずだ。


「新鮮な方が効果があるからなぁ……くそったれ」



  ◆

 

 

 ユニの元に戻ってきたブラウは右腕が肩口まで血まみれだった。まるで血だまりに腕を突っ込んだかのように。


「おら、竜の心臓だ。食え」


 差し出しながら、ブラウは半分以下にまで減ったカップを見て苦笑する。ブラウが鬼豚竜(オーク)を仕留めて心臓を探ってる間に、恐怖から解放されたユニは即席スープを急いで飲んでいたのだ。生き汚いと言えばそうだが、少女の境遇を考えれば当然だ。


「竜の心臓を食えば、魔力が手に入る。身体が強化されるし、魔術も手に入るかもしれねぇ。食った竜の心臓の質や数と、鍛錬の乗算が強さだ」


 ユニは即席スープの入ったカップを手に持ったまま、血の滴る竜の心臓を食い入るように見つめる。


「俺は何匹も食ってる。一匹くらいどうってことはねぇ。食え。この状況から抜け出す力がほしいんならな」


 この状況から抜け出す力がほしいなら。その言葉がユニに染み込んだ直後、カップがスープを撒き散らしながら地面に落ちて、路地に軽い金属音を響かせる。ユニは全身でむしゃぶりつくように竜の心臓を奪い取ると、地に伏せて一心不乱に食べ始めた。


「うぐっ」


 ユニが身体を仰け反らせる。その口をブラウが塞いだ。


「飲み込め。ゆっくりでいい。全部食うんだ」


 何度も戻しそうになりながらも、ユニは鬼豚竜(オーク)の心臓を丸々一つ食べ尽くした。苦しさに息を荒げながら、竜の心臓を拒絶しようとする胃の抵抗に耐える。


「さて、あとはお前次第だ。頑張れよ」


 そう言って立ち上がり、ブラウは去ろうとする。ちょうどその時ユニが大きくむせ、苦しそうに地に伏せる。


「……ちっ。おーい、大丈夫か?」


 ブラウが背中をなでてやろうと屈んで、ユニの背中に手を置いた直後だった。


「この馬鹿モンがぁッ!」


 飛んできた鉄球がブラウの頭部に直撃する。吹き飛ばされたブラウは古びた塀に叩きつけられ、崩れた瓦礫に埋もれた。


「……ってぇなぁ。なにすんだクソ野郎っ!」


 表通りへと続く路地から走ってきたのは禿げ頭の筋骨隆々な男だった。ブラウの頭を弾き飛ばした鉄球へと繋がる鎖を握っている。


「女を買う金も無ぇからって、こんなところでガキに手を出すとはなァ! 見損なったぜブラウ!」


「どこをどう見たらそうなるんだっ! あぁ~もうめんどくせぇ! ジッド、ギルドやら当局やらへの報告は任せたぜっ!」


 ブラウはジッドが来た方とは別の横道から逃げ出そうとする。が、路地に消えていく直前に振り返る。ユニを指さして叫んだ。


「ついでにそのガキの話も聞いておけ! 手を出すどころか真逆のことをしてやったってのに、なんで鉄球でぶん殴られなきゃいけねぇんだよ、クソっ!」


 言い捨てるとブラウは投棄区域に姿を消した。



 ◆◇◆◇◆◇◆


 

「……で、なんでそのガキがいるんだよ」

「話を聞けって言ったのはお前だろう」

「そういう意味じゃねぇよっ! 俺の冤罪を晴らすためだっ!」

「まぁとにかく話を聞いた以上、放っておくのもな」

「ただでさえむさ苦しいんだっ! これ以上狭くなるのはごめんだぜっ!!」


 馬車の入り口でジッドがユニの背中に手を当てている。自分のベッドに腰掛けているブラウは、燻らせていた紙巻き煙草を灰皿で押し潰した。

 

「だーめだ。駄目だ。つーか他の浮浪児を見たときはいつも普通に無視してただろ。なんでそいつだけなんだよ」


「……気まぐれだよ。人間は気まぐれな生き物だろう? お前だって竜の心臓をやったじゃないか」


 ブラウとジッドは顔を顰めて睨み合う。先に口を開いたのはジッドだった。


「……わかったわかった。お前がそこまで言うなら捨ててきてやろう。竜の心臓を食ったとはいえ、鍛錬を経なければ効果は無い。今日の夜にも犯されて殺されるかもな。それか人狩りに遭って奴隷か、食うもんが無くなって餓死か? あーあ、ブラウ君も冷たいねぇ! じゃあ悪いけどリロちゃん、戻ろうか。あのゴミ溜めみたいな投棄区域に」


 そう言ってジッドは本当に振り返って外へ出るようにユニの背中を押す。ユニはブラウを振り返り、裏切られたような面持ちでブラウを見た。ブラウは素知らぬ顔で目を伏せて、次の煙草に火を付けている。ユニはぐっと奥歯を噛み締めた。


 背中を押すジッドを振り払って身体も振り返る。


「わたしは!」


 ブラウは視線をあげようとしない。煙草をくわえたまま黙って目を閉じている。


「わたしは、力がほしい! 怯える必要のない! 自由に! なるための力だ! わたしを馬車においてほしい!」


 ブラウはまだ黙っている。

 ユニはきゅっと喉を鳴らすと、絞り出すように続けた。


「な、なんでも」


「わかった。もういいぜ、嬢ちゃん」


 ブラウはしばらく黙っていたが、やがて頭の後ろで手を組んで天を仰いだ。


「わぁーあったよ。お前が独り立ちできれば面倒を見ればいいんだな? その顔じゃ普通の仕事は無理だろうからな。冒険者としてやっていけるようになるまでだぜ。そしたらさっさと出ていけ」


 ユニは顔をほころばせ、軽い足取りでブラウに近づく。そのまま天を仰いでいるブラウのの胸に抱きついた。


「えへ、あり、ありが」


「うぇっ! くせぇっ! まずは水を浴びて来いっ!」


 突き飛ばされて尻餅をつき、一瞬ぽかんとした表情を見せたユニ。しかし頬を赤らめるとブラウを上目遣いに睨みつけて、馬車から走って出ていった。


「あっ、おい! 水浴び場の場所わからねぇだろっ!」


 ジッドが慌てて追いかけて出ていく。


 ブラウは再び天井を見上げて煙を吐いた。


「やれやれだぜ……」



  ◆◇◆◇◆◇◆



「煙草禁止ぃ~っ?」


「あったりめぇだろ。ユニちゃんがいるんだぞ」


「俺ぁ、ブラウ・『スモーカー』だぞ! 吸わないでやってられっかっ!」 


 ブラウとジッド、そして新たにユニを加えた馬車はレルル地方の首都レルルズ・ガーデンを出て、近場のコリン村に向かっていた。

 

「なん、で。首都を出たの? 仕事いっぱい。でしょ?」


「いくら竜の襲撃が増えたと言っても首都は少ないし、その少ない仕事も懇意の冒険者に独占されてるからだよっ!」


「せっかくパーティに加えてもらったのに、喧嘩して投棄区域の清掃なんて命じられるしな」


「うるせぇっ! あいつらが雑魚なのが悪いっ!」


 ブラウは話題を断ち切るように馬車の中央に固定されている低い円卓を叩く。


「それより禁煙なんかぜってぇしねぇぞ。強制でもするならユニをたたき出してやる」


「……ったく、しゃーねぇなぁ。ならせめて窓は絶対開けろよ」


 ジッドはユニに向かうとブラウに対するものとは正反対の優しい声音になる。


「ユニちゃん、ベッドはこの煙中毒者から離れたところにするからな」


「あ、ありがと。ジッドおじちゃん」


 ジッドは手で禿げ頭の生え際辺りを叩いて満面の笑みをブラウに向ける。


「おい、聞いたか? おじちゃんだってよ。いやー」


「っチ、ガキ煩悩の父親かよ……」


 舌打ちをして開いた木窓から外を見たときにブラウは失言に気がつく。

 ゆっくりと振り返ると明るい雰囲気が霧散したジッドは真顔に戻り、近隣の地図を広げていた。


 一瞬謝ろうかとも考えたが、それはジッドを侮辱することにもなりかねない。


 ブラウは窓枠に肘をついて顔も出すと、ほとんど動かない遠くの草原と海を眺めながら煙を吐く。

 一瞬で流れ去った煙の跡を目で追いながら、普段よりも苦い煙草をもう一度くわえた。



 ◆



 ジッドが地図で確認した場所はコリンに向かう途中の木材が取れる森だった。木を伐採してユニのベッドや棚をジッドが作っている最中に、十匹ほどの小走竜に襲われた。容易く撃退した三人は、心臓も分け合って食べると再びコリン村に向かっていた。


「なん、で。わたし一つだけ。ブラウとジッド、たくさん」


「あー? 働きに応じて分配するに決まってんだろ。お前はなにもしてないんだから、むしろ一つ貰えただけで有りがたいと思え」


「ブラウの馬鹿は言い過ぎだが、竜の心臓は最初はそんなにたくさん食べられるものじゃないんだ。強くなって身体が慣れてくればもっと食べられるようになるから、安心してくれ」


 強く……ユニはそう呟きながら両手を握りしめる。


「どうすれば! 強くなれる! ユニ、馬車に乗ってから、なにもしてない! 鍛錬、してくれ!」


「あー、そりゃそうだな」


 ジッドが禿げ頭に手をやる。


「じゃあ筋力トレーニングはあとで教えるとして……魔術の判別から始めるか。どこ行ったかな……?」


 ジッドはベッドから立ち上がると、本や書類が収められて、革のひもで落ちないように押さえられている棚に視線を走らせる。やがて一冊の小冊子を指で傾けて取り出すと、ユニの前に行って渡した。


「ギルドで無料配布されてる簡易魔術全集だ。これを参考に、できそうな感覚がするものを一つ一つ試してみる。できたものがあったら、あとは手探りだ。訓練で威力を強化したり範囲を広げたりな」


「ジッド。も、魔術使える?」


「使えるぜ。えー、この辺だったか」


 ユニから簡易魔術全集を受け取ると、パラパラとめくってユニに見せる。そこには見出しに大きく「風魔法」と書かれていた。


「で、俺の魔術はここだ」


 ジッドの太い指が風魔法のページの中の、小さな四角で区切られた一カ所を指す。


「【風圧】。風の圧力を生み出す魔術だ。【風刃】みたいに斬れないし、【風纏】みたいに身体能力を上げることもできないが、俺は便利に使ってるぜ。この魔術に適性が有ったから俺は武器に鎖付き鉄球を選んだ。それに鍛冶をするときに竈が耐えられるまで火を強くすることもできるしな。そのおかげで鍛冶の腕はなかなかのモンなんだぜ」


「あ、の。ブラウの大剣も、ジッド。が?」


「いや、あれは俺はメンテナンスをしてるだけだな。俺にアレはちょっとまだ作れん」


 濃い顎髭をなでながらジッドは苦笑する。


「まぁとりあえず読んでみな。なにかぴんとくるものがあるかもしれん」


「わたし、文字、読めない……」


「あ、そりゃそうだな。……いいさ、オレが読んでやる」


 ユニのベッドに腰掛け、小冊子を開いて最初のページからユニに説明して読み聞かせているジッドを横目に、ブラウは煙草を吹かせていた。


 それにも飽きて煙草を灰皿で押し潰すと、突然馬車の中で倒立をした。


 ユニが驚いて視線を向ける。ジッドもユニが見入っているのに気がつくと、筋トレの良い例になるかもしれんと説明を止めてブラウの方を見た。


 倒立したブラウは揺れる馬車の中でもバランスを保っていた。手のひらを馬車の床から離して指だけで身体を支えると、その指の数を減らしていく。やがて親指だけになると、地面を押して跳躍し、足から着地した。汗すらほとんど掻いていない。


「すごい。あれも……魔術?」


「いや、あれは魔力で強化された身体能力と鍛錬の結果だ。ユニちゃんも……まぁいつかはできるようになるかもな」


 そのままブラウは自分自身に【ウィザー】を使って筋力を低下させたあと、同じ倒立に腕立て伏せを加えた筋トレを始めた。今度は大粒の汗が流れ落ちる。


 その様子を見慣れているジッドは「魔術にはああいう使い方もある。工夫次第だ」とユニに言うと、簡易魔術全集の絵を使いながらの説明に戻る。ユニはブラウの工夫に感心したあと、ジッドの説明を理解しようと必死に頭を働かせた。



 ◆◇◆◇◆◇◆



「あら~、ブラウちゃん久しぶり~」

「久しぶりだな。旦那は元気か?」


 ブラウに熱っぽい視線を向けていた女性は、話を逸らしたブラウと自分の旦那に不満気に口を尖らせる。


「相変わらずなよなよしてるわ。でもまぁ、元気なんじゃない? 今日も狩りに出てるし。……ジッドは相変わらずの強面ね。そこの小さい子が泣いちゃったりしないの?」

「うるせぇ。ユニはそんなことで泣く子じゃねぇぞ」

「あら、言い返すところはそこ? 愛されてるのね」


 コリン村に到着した三人は馬車を馬車場に停めると、ひとまず宿を取ることにした。ユニは念のためレルルズ・ガーデンで買ったローブのフードを深めに下ろしている。そうして村を歩いていると、横からブラウに声をかける者がいた。


「初めまして、ユニちゃん? 私はメロン。この村の……狩人の妻をしてる一般人よ」

「あっ、……ユニ。です。……こんにち、は」


 ユニはそれだけ言うと、おどおどしながらフードをさらに深く引っ張り下ろし、ジッドの後ろに隠れた。


「あら、人見知りなのかしら?」

「気をつけろよ、ユニ。メロンは女もいけるらしいからな」

「ちょっと、ブラウちゃん。私だって子供には手を出さないわよ」

「どうだかな。そこのガキがお前を変な目で見てるぜ?」


 ブラウが顎で示した方向にメロンが流し目を送る。建物の影からメロンを見ていた少年が顔を赤くして逃げていった。


「私も罪な女ね」

「……なんであんた、マードリアンと結婚したんだ? あいつは性欲とか薄いタイプだろ」

「結婚相手は優しい人が良いと思ったのよ。すごく後悔してるけどね」

「そんなもんかね。マードリアンも可哀想にな」


 メロンは再びブラウに熱っぽい視線を上目遣いに送る。


「ブラウは、今夜、どうなの?」

「そんな目で見たって駄目だぜ。俺は義理堅いからな」

「そんなマードリアンに気を遣わなくったっていいのに」


 ブラウは一瞬表情がこわばった。が、誰にも悟られることなく続ける。


「そうそう。俺は男の友情ってヤツを大切にしてるからな~」


 ブラウが軽い調子でそう言い流すと、手を振ってメロンと別れる。ジッドは手を上げて、ユニはどうしたらいいか分からないという風に慌てて頭を下げて、ジッドに遅れずについていった。


 ブラウは煙草に火を付ける。昇る煙の裏に映るのは一人の長髪の女性だった。



 ◆



 ジッドが宿の予約を入れ、三人で宿を出る。日はまだ高い。ブラウは伸びをした。細長い身体がさらに細長くなる。


「はぁ~今夜は揺れないベッドで寝れるのか」

「その前にレルルズ・ガーデンで仕入れてきた高級果物は売りさばいちまわねぇとな。お前は近場の狩り依頼でも受けてこい。半日でも多少は狩れるだろ」

「はいはい、ジッドおじちゃんは勤勉なこって……」

「あぁ?」


 ブラウは肩をすくめると依頼掲示板があるコリン村のギルドへと足を向ける。ユニがどっちについていくかあたふたと悩んでいる間に、ブラウは十歩ほど進んでいた。


 ジッドがユニの様子に気がついてブラウに声をかける。

 

「おーい。近場の狩りならユニちゃんを連れていけ。あとユニちゃん、これはお守りだ」


 腰に下げていた短剣を外し、鞘ごとユニに投げ渡す。


「まだ戦闘はするな。ブラウがユニちゃんを守り切れないと判断したら、逃げるように言うはずだ。そしたら一目散に逃げてコリン村に帰ってくるんだ。一応この短剣は渡しておくけど、竜相手に使うような状況にはそもそもなっちゃだめだ。わかったかな?」


 ユニは短剣を胸で抱えながらこくこくと頷く。

 そしてだいぶ先まで歩いていたブラウに追いつくために駆けていった。


 その素早く軽い足取りを見送って、ジッドは呟く。


「結構足が速いんだな。まぁ、あの環境じゃ男達から逃げることも多かっただろうしな。……ったく、ガキ一人にずいぶん入れ込んでるのはわかるが、……幸せになってほしいもんだぜ」

 


 ◆



 ブラウはギルドの扉を押し開けると、正面のカウンターに座っている事務員に無言で軽く手を上げて挨拶した。そのまま依頼掲示板の前に行くとざっと目を走らせる。


「……まぁ、こんなもんか」


 依頼は報酬が高くて数万ゴールドほどの簡単なものしかなかった。その中から常設されている出来高払いの動物肉の納品依頼を見つけ、剥がしてカウンターへ持って行く。


「これで頼むぜ。あと竜の間引き依頼も一緒に受けたいんだが、ないのか?」

「あっ、それでしたら仕組みが変わりまして、判別部位か肉を持ってきていただければいつでも報酬が出るようになりましたよ!」

「なるほど、便利になったな」


 ブラウの冒険者証を事務員が預かり、テキパキと仕事を終わらせる。


「ではおいしいお肉をよろしくお願いしますね。……ところでそちらの子も一緒にパーティ登録はしなくてよかったのですか? 実績が反映されませんが」

「あー、魔術判別はまだだし、戦闘もからきしだし、当然冒険者登録もしてないからな。いいよ」

「そ、そうですか。失礼しました」

「いや。じゃ」

「お気を付けて」


 

  ◆


 

 高かった日は落ち、夕暮れ時に差し掛かっていた。山の木々はオレンジ色に染め上げられ、風情のある自然のあるがままの美しさを誇示していた。


 が、その美しさを味わうことのできない当の山の中、木々の下では。


「……聞いてないぜ。中走竜(ラプトル)の群れがいるなんてなぁっ!」


 大剣が木々と中走竜(ラプトル)をまとめて斬り払い、血風が舞う、決死の戦場と化していた。


「マードリアンっ! 信号弾は既に撃ってあるっ! うちのボンクラ親父が昼間っから飲んだくれてなければ、三十分も経たないうちに応援引き連れて駆けつけるはずだっ! あんたの魔術【硬皮】が強力なことは知ってるが、無理はするなっ!」


「わかって……るっ」


 メロンの夫、マードリアンが必死の形相でコリン村の方向へ駆け戻っているのを、正面から見たのは、ほんの数分前だった。マードリアンはブラウに、遠くにいた中走竜(ラプトル)の群れに気がつかれて追われていることを、焦りながらも簡潔に説明した。


 ブラウはそれを聞いて、コリン村に戻るまでに追いつかれて喰われると判断。その場で信号弾を二発打ち上げた。一発ならさっさと来い、二発だと緊急事態、その辺の戦力をかき集めて来い、の意味だ。


「わ、わたし。逃げっ」


「駄目だ。ジッドに言われていたみてぇだが、中走竜(ラプトル)だけは駄目だ。脚が速く、数が多い。脚が速いだけなら俺が止められる。数が多いだけなら逃げ切れる。だが両方のこいつらだけは駄目だ。そこに身を低くして隠れてろ。盛大に血を撒いてるから中走竜(ラプトル)の鼻もろくに利かねぇはずだ」


 ユニは中走竜(ラプトル)の視界に映らないように、太い木の下、茂みの中でさらに身を縮こまらせた。外の方が内側よりも明るいため、ユニからは外が見えている。


 ブラウとユニの会話を聞いたマードリアンが、ブラウと挟んでユニを守るような位置に立つ。


「……っち、悪いな」


「こっちこそ。正面を任せてしまってすまないな」


「あんたの戦闘スタイルは一対多向きじゃないもんな。木の上から射撃してくれてもいいんだぜ?」


「矢はもうない。逃げながら撃ち尽くした」


「……そりゃ残念」


 マードリアンの戦闘スタイルは短弓と直剣を使う狩人のそれだ。小さなバックラーも弓の邪魔にならないように、左の下腕の外側に取り付けられている。


 ブラウは最初の頃に襲ってきた中走竜(ラプトル)に矢が刺さっていなかったことを思い出した。それはつまりマードリアンは矢が尽きるまでに、走りながらの後ろ向きの射撃で中走竜(ラプトル)を何匹も倒していたということだ。改めてマードリアンの狩りの腕に感嘆し、余裕を装って口笛を吹く。


 直後に飛びかかってきた中走竜(ラプトル)を大剣で横薙ぎに斬り裂く。装ったところで余裕は一切ない。


 ブラウは筋力を低下させる魔術【ウィザー】を全く使用していない。使っても使わなくても一撃で倒せることに変わりはないからだ。それに頻繁に使ってしまえば魔力はあっという間に切れる。非常手段として取っておいていた。


 二人は複数の中走竜(ラプトル)から同じ距離を取らないように細かく位置を変えて戦っていた。同じ距離を取ってしまうと、その中走竜(ラプトル)達から同時に飛びかかられることがあるからだ。


 それは中走竜(ラプトル)の群れと対峙するときの基本であり、中級以上の冒険者なら誰もが知っていることではあった。しかし大規模な群れと極少数で対峙することになったこの状況で、マードリアンの神経が先に悲鳴を上げてしまう。


「マードリアンっ!」


「わ、私は【硬皮】で大丈夫だっ! それよりお前が狙われるぞっ!」


 三匹に同時に飛びかかられ、押し倒されたマードリアンだったが【硬皮】で三匹の牙に耐えていた。しかし攻撃対象がいなくなったことで、後方に回り込んでいた中走竜(ラプトル)の視線がブラウに向かう。


「すまないっ! 直剣を持つ腕を押さえられて……っ! 復帰に少々時間がかかるっ!」


「……【ウィザー】っ!」


 ブラウは次々と飛びかかってくる中走竜(ラプトル)を斬り飛ばしながら、一瞬だけ大剣から手を離して【ウィザー】を使った。対象はマードリアンの右腕を押さえている中走竜(ラプトル)


「っ、すまん! 恩に着るっ!」


 動くようになった右腕の直剣でマードリアンは中走竜(ラプトル)の腹を突き刺し、仰け反った一匹をこれまた押さえつけが緩んだ右脚で蹴り剥がす。


 しかし大剣を手放した隙を中走竜(ラプトル)たちは見逃さなかった。飛びかかってきた一匹目の中走竜(ラプトル)をブラウはギリギリで斬り飛ばす。しかし直後に別の中走竜(ラプトル)が左足の大腿部に噛みついていた。


「ぐぉっ、痛ってぇ……っ!」


 大剣から左手を離し、振り返って【ウィザー】を使ったせいで、攻撃がワンテンポ遅れた。左足に噛みついた中走竜(ラプトル)も斬り飛ばしたが、同時に別の中走竜(ラプトル)が右脇腹に噛みつく。


 ワンテンポの遅れがツーテンポになり、噛みつく中走竜(ラプトル)が増える。強化された身体と上等な皮の鎧で致命傷は避けているものの、強いられる出血はブラウの体力と精神力を奪っていった。


「が、あ、ぁぁぁあああっ!!」



  ◆



 ユニは目の前で己の血にまみれていく男を、茂みの中から凝視していた。唇を噛み、醜い顔をさらに醜く歪ませて、無力な自分を責めていた。


(マードリアン。の。話を聞いたときに。ブラウは俺一人なら……って、言いかけていた。マードリアンや、わたしを。守るためにああやって。戦っている、んだ)


 もはやブラウに位置取りを気にする余裕はなかった。三体の中走竜(ラプトル)に同時に飛びかかられ、牙や爪を食い込まされても、細い身体のどこにあるのか強靱な体幹と足腰の力で倒れずに堪え、大剣を振って三体まとめて斬り飛ばす。


 額からも血を流し、息が上がってきたブラウはそれでもユニの前に立っていた。

 

「っち、やべぇ、血が……」


 血を流しすぎたことでブラウが一瞬ふらつく。隙とみた中走竜(ラプトル)が五匹同時にブラウに襲いかかった。


「あっ、ああっ」


 ユニは思わず声を上げてしまう。ブラウが意識を取り戻した瞬間には五匹の中走竜(ラプトル)は既に目の前にいた。


「……っ」


 ブラウが舌打ちをする間もなく、五匹の中走竜(ラプトル)はブラウに喰らい付く。右太腿、左脛、左脇腹、左右上腕。倒れることはなかったが、両腕に噛みつかれて大剣を振るうことすら難しい。


 ブラウは五匹分の重さに耐えつつ、さらにかなりの筋繊維が牙によって切断されていることもあり、立っているのがやっと、という有様でぴくりと動くことすらできない。


 ユニは茂みの中で泣いていた。醜い自分を守ろうとしたブラウが死んでしまう。守ってもらう価値なんてないのに。自分が無理に馬車に乗ったせいで。鍛えてほしいと言ったせいで。気まぐれでもあの温かいスープをくれたブラウが、死んでしまう。


「ご、ごめっ!」


 ユニは思わず叫んでいた。ブラウに噛みついていない周囲の中走竜(ラプトル)がピタリと止まり、声の出所を探すように辺りを見回す。


 ブラウが死んだあとも隠れて生を拾うなんて考え方はユニにはなかった。だから仮に居場所がばれたとしても、もはやどうでもいい。


「ごめんなさいっ! わたしのせいでっ! わた、わたしがいなければっ! あの投棄区域から、出なければっ!」


 ブラウは正面を向いたまま、痙攣の始まった身体で中走竜(ラプトル)の重みに耐えながら淡々と返した。その表情はユニからは見えない。


「なーに言ってんだ。ここに連れてきたのは俺だ。つまり俺の判断ミスだ。それにそもそも俺はまだ諦めちゃいないぜ? ここから巻き返すのが俺ってもんだ。だから、かける言葉は」


 ブラウはゆっくりと首だけをひねって、茂みの中にいるユニに向かって、ユニが見たことのない笑顔を見せた。


「ごめんなさい、じゃなくて、頑張れ、だろ」


 ユニはハッとして両手を合わせ、祈った。


「頑張れ」


 今まで自分を見ていなかった神様。自分を地の底に叩き落とした神様。今だけでいい。今まで不幸だった穴埋めなんてしなくていいから、今この瞬間だけ、ブラウを救って――。


「頑張れ、頑張れ、頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ――っっっ!」


 奇跡よ、起これ。


「――お、こりゃいいな」


 肉が斬り分かたれる音が耳を打つ。


「ユニの魔術は吟遊詩人系か。身体能力強化に、意識の鋭敏化……。唄にしては歌詞はだいぶお粗末だが……」 


 ユニが瞼を上げる。五匹の中走竜(ラプトル)たちは斬り断たれて地に墜ちていた。

 時間が経って角度が変わり、美しい夕日の中で佇む一人の剣士は、ユニへ向かって片目でウインクをする。不思議な魔力を身に纏いながら。


「視力まで強化されんのな。よく見えてるぜー、ユニ。維持よろしくな」


「はっ、はひっ!」


 なぜか上擦った声が出た。動揺が魔術に伝わり、ブラウが纏う魔力が揺らぐ。そのことに気がついたブラウが苦笑した。


「おいおい、しっかり頼むぜ。……さーて残り三十匹ってとこだな。おやっさんも年だからなぁ。来る前に全員片付けて、楽をさせてあげますか、っと」



  ◆


 

 ブラウが目を覚ますと、最初に知らない天井が目に入った。顔を傾けると同じベッドがいくつか並んでいる。


「……コリン村の診療所か。村には何度か来てるがここは初めてだな……」


 起き上がろうとして、若干ふらつく。血が足りていない感じだ。上半身だけ起こして身体を確認して見るも、外傷は見当たらないので、傷自体はおそらく回復系の魔法で塞がれたのだろう。


 入り口でどさりと何かが落ちる音がした。視線を向けると氷嚢やら布やらが入った革袋の横に、ユニが全身を震わせて立っていた。


「ぶ、ブラウっ!」


 ブラウに駆け寄ったユニはそのままベッドに飛び乗ってブラウに抱きつく。


「おい、ちょっ、まだ力が……」


 まだ全身に上手く力が入らないブラウはベッドに押し倒される格好になった。ユニとしてもそれは予想外だった。ベッドの上でブラウの身体に乗って至近距離で顔を見合わせる。頬を一瞬にして朱に染め上げたユニはベッドから飛び降りると、めくれたフードを深く手で引っ張り下ろした。


「え、えっと。よかった。無事で」


「お前のボディプレスでまた死にかけるところだったけどな。ガリガリで助かったぜ」


「なっ、つっ……」


 ユニがブラウの軽口に声を詰まらせていると、ジッドが入り口の革袋を拾い上げて入ってきた。


「おーう。目ぇ覚めたか。あのあとどうなったか聞くか?」


「まだ眠いからあとで聞く。それよりユニの魔術は【声援】だったぜ。役割(ロール)は吟遊詩人になるな。……ユニ、お前のおかげで助かったぜ。ありがとな」


「えっ、う……」


 軽口から急角度で旋回して褒め言葉で刺してくるブラウに、ユニは言葉を返すことができない。


「じゃあ、寝るぜー。一日経っても起きなかったら起こしてくれ」


 そう言って激戦を終えた痩身の剣士は再び眠りについた。


 醜い少女は寝息を立て始めた剣士の頭を撫でる。隙だらけの寝顔を見ながら微笑んだ少女は、ずり落ちてベッドの上でぬるくなった氷嚢を見て、氷嚢の交換を思い出した。

 

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