閑話 ご機嫌取り?
荷物を部屋に置いてきたパープルはごそごそと胸元から鍵を取り出した。
ライから貰った家の鍵。
いつ見てもにやけてしまう。
鍵を渡された時、信頼されている気がしてとても嬉しかったのを覚えている。
かちゃりと鍵を開け、そろそろと中を窺うとぼう・・と光が灯っていた。
(・・・まだ、仕事中かな)
音を立てないようにそっと顔を覗かせれば机に向かうライの後姿が見えた。
光が反射して淡く光が帯びた流れるような銀髪。
広くて大きい背中。
後ろから見ててもかっこいいなぁ・・としばらくぼーっと眺めていたが何か違和感を感じてはいはいをするように畳を這ってライの顔を覗き込む。
やっぱり。
余りにも微動だにしないと思ったのだ。
眠っていた。
それも眉間に皺を寄せたまま。
ふふっと笑ってライの眉間を撫でて伸ばす。
「ん・・・・んん・・」
「!」
起こしてしまったかと急いで指を離したが、ライは身じろぎしただけだったようだ。
すぐにすーすーと寝息が聞こえてきた。
直したはずの眉間の皺がまた寄っていた。
くすくすと口を押さえて笑い、ライに手を伸ばす。
いつもは緊張しすぎて会話もままなら無い恋人。
威厳があって大人で優しくてかっこよくて。
でも眠っているライはどこか可愛くて、いつもより大胆になることができた。
まず髪を三つ編みに結ってみる。
・・・起きない。
次にまた眉間の皺を伸ばす。
・・・起きない。
頬に触れて唇に触れてみる。ライとの距離を詰めて息が顔に掛かるほど近づく。
香る白檀の香りに眩暈を覚えてそのままライの胸にこつん、と額をくっつける。
規則正しい心臓の音が心地良い。
ライの背中に腕を回して額ではなく耳をつけ、体温と心音を心行くまで貪った。
「・・・ライ様・・・いい匂いがするぅ」
「・・・・・っく」
「!!」
ライの胸に顔を埋めて白檀の香りを吸い込んで思わず漏れた声に「くっくっくっ・・・」と笑いを堪えるように笑うライの返事が返ってきて驚いて離れようとした、が。
離れる前にがっちりと腰を捉えられ唇を唇で塞がれた。
ねっとりと口内を舐められ貪られる。
離されたときには息が上がっていて2人の間に光る糸を見つけてしまった。
真っ赤になって自然と瞳が潤んでしまう。
そんなパープルを見てライは目を細めて頭を撫でた。
「・・・何をするかと思えば意味の分からないことばかり・・・顔を寄せてきたときはお前から口付けてくれるのかと期待したのだが・・・匂いを嗅がれるとは思わなかった」
「え・・・う・・・だって・・良い匂いなんだもん」
照れ隠しとばかりにむぅっと、剥れるパープルの頭を引き寄せてちゅっちゅっと可愛らしいキスを繰り返す。
いつもならここでもがき出すはずのパープルが大人しくされるがままになっていることを不思議に思って顔を覗き込むと、にこりとはにかんだ笑みを向けられライの方が真っ赤になってしまった。
それを見てパープルは更に笑みを深くしてくすくすと笑う。
自分の腕の中で穏やかに笑うパープルを見て、ライは昔を思い出していた。
(昔は、もっと・・・・)
昔のように甘えるようにライの腕に身体を擦り付けて来るパープルに、昔とは違う感情が湧き上がってくる。
腕の中に閉じ込めるように抱き込み噛み付くようなキスを繰り返しつつ服に手を掛けているのだが抵抗せずに笑い続けている。
さすがに不審に思ってパープルの顔を両手で挟みこんで額を合わせた。
「・・・こら。何が可笑しい?」
「ふふ、だって」
恋人らしい甘い空気に内心喜んでいたライは全く気づかなかった。
自分の髪に。
「三つ編み可愛いです」
「・・・・なんだこれは」
緩く編まれた三つ編みはまだしも、パープルがいつもしているうさぎのゴムで毛先を留められていて気づいたその瞬間毟り取った。
「あ・・・可愛かったのに」
「可愛いなどと言われても嬉しくない」
むっと皺を寄せるとまたしても笑われるがパープルが笑っているのが嬉しくて穏やかに笑ってうさぎのゴムを元通りにパープルの頭に付ける。
ついでに肌蹴させた服も元に戻すと首を傾げられる。
「どうした」
「え・・・と。するのかと思ってたので・・・」
恥ずかしそうに言うパープルを見て思わずにやりと口角が上がる。
髪を結うために後ろ向きになったパープルを後ろから抱きしめて故意に耳に口を寄せ、低く囁く。
「なんだ、してもよかったのか?」
「ふ、ぇ・・・!!み、みみみみみ・・耳・・!!ぎゃぁ!!」
かぷり、と耳を食むと飛び上がって震えだす。
いつも通りなその様子を見て込み上げるのは苦笑と愛おしさ。
その首筋に顔を埋めはー・・・っと息を吐く。
「・・・ら、ライ様?」
「・・・疲れているのだろう」
「え?」
「疲れていると言ってこの前帰ったのだろう?だから、するつもりは無かったのだが」
「我慢出来そうも無い」と言って後ろからぎゅうっと抱きしめられきゅぅぅぅぅ・・・っと心臓が締め付けられた。
(ラ、ライしゃまが、か、可愛い・・・)
はぁはぁっと息が荒くなってぐるぐると何も考えられなくなる。
「は、鼻血がでそう・・」と自分の鼻と腰に回されたライの腕を手で押さえた。
すぅーっと首筋で息を吸い込まれるのを感じた。
「・・・お前も良い香りがする」
「なぁ!か、嗅がないで下さいっ」
「なんだ、私は駄目なのか?不公平だぞ」
「だって!ライ様は白檀の良い香りがしてっ・・・!私は無臭なはず・・い、いえ、もしかしたら汗臭いかも・・・!!」
じたばたと暴れだしたパープルを意とも簡単に拘束してふむ、と考える。
「・・・そんなに匂いが気になるのなら風呂でも入るか?」
「あ、はい・・・」
「一緒に」
「は・・・・ぃぃぃ!?」
早速脱がせにかかったライから逃げようとパープルはもがきにもがきまくった。
「こら・・・大人しくしなさい」
「む、無理です!無理無理無理無理っ!!お風呂って!!明るいじゃないですか!!嫌です無理です死にます!!い~や~!!はわっ!!ぎゃーっ!!」
色々いっぱいいっぱいである。
脱がされつつ色々触られて本当にいっぱいいっぱいだったのだが、以外にもライが楽しそうにしているのを見つけてむっと眉を寄せた。
「・・・ライ様のスケベ」
「男とは得てしてこう言うものだ」
「・・・・・」
「・・・・・すまん、聞かなかったことにしてくれ」
胡乱気に見つめられライは少し赤くなって咳払いをした。
結局風呂には別々で入った。
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「・・・何故寝る」
先に上がったパープルの寝息に合わせて肩が上下するのを眺めつつその隣に滑り込む。
同じ石鹸を使っているはずなのに香りが違うことを不思議に思いながら柔らかな肢体を抱き寄せ腕の中に収める。
お風呂上りのしっとりとした肌の感触を楽しみつつ赤く熟れた唇を貪る。
苦しそうに身じろぎしたパープルにはっとして腕を解き後ろを向いた。
(・・・危ない)
抱きしめたままだと何をするかわからない、とパープルに背中を向けて寝転がるが背中に暖かな温もりを感じ、胸に腕が回された。
起きていたのか、とその手を握り振り返ろうとしたが後ろから抱きしめられているためそうするとパープルを潰してしまう。身動きが取れない。
「ライ様ぁ・・・」
「ぬ・・・ど、どうした」
鼻に掛かった甘えたような声に、背中に甘えるように擦り寄って来るその行為に。
嬉しくてにやけてしまいそうになる。
後ろ向きでよかった。
しかし出来る事ならば自分も抱きしめたいのだが・・・。
腕を外させようとすれば余計に強くしがみ付いてきて鼻を啜る様な音まで聞こえてきた。
「・・・どうした?」
優しく問えば「う~」と唸りながらぐりぐりと頭を擦りつけ子供のように擦り寄って来る。
「・・・私、迷惑じゃないですか」
「何がだ」
「・・・勝手に、その・・・お、お母さんみたいに家事とか、したり、して・・・その」
「お母さん?何を馬鹿なことを言っている。そんなわけがないだろう」
「で、でも性別・・・」
「・・・性別?」
訝しげに聞けばぽつり、ぽつり、と話し出す。
時間はかなり掛かったが。
何でもおばさんやらお母さんやら言われて挙句の果てには性別を感じさせない、女に見えないとまで言われたらしい。
「それで疲れたと言って拗ねて帰ったのか」
「す、拗ねてません!!ただ、ちょっと落ち込んだと言うか・・・」
しゅん・・・っとして腕の力が緩んだ隙に反転してパープルの顔を覗き込むと泣き出す3秒前。
微笑んで抱きしめる。
「・・・お前を異性として意識するのは私でけで良い」
「でも、ライ様の恥に」
「お前は・・・どうしてそう余計なことばかり考えるんだ」
「よ、余計じゃないです」
「余計だ。・・・他の事など考えるな。私のことだけを考えていれば良い」
「~~~~!!!」
ぱくぱくと金魚のように真っ赤になり空気を求めて口を求めているその口から更に空気を奪う行為。
口付けて絡とって。
拗ねたような子供の表情は昔のまま。
それが愛おしくて仕方が無い。
しかし。
「ところで、誰に言われたんだ?」
「え・・・っと色々、積み重ねと言うか・・・」
「ん?」
「う・・・その顔ずるいです」
その腕にパープルを抱きこみ押し倒しつつ雰囲気を醸し出していく。
恋人同士の夜は穏やかに過ぎていった。