スイの受難(3)
「パープルは?」
「ああ、昨日から帰ってないんだ」
朝ごはんを作って食卓まで持って来ているのはレッド。
パープルが居ない日は家事はもっぱらレッドの仕事だ。
エプロンを付けてフライパンを片手に持つレッドはやはり何でも出来る男なのである。
「ライさんのところかな?」とピンクとブルーが首を傾げていたが博士が否定を入れる。
「いんや、ライちゃんのとこじゃないぞ?だって昨日ライちゃんから携帯繋がらないって電話来たからな」
意外と庶民的かつフレンドリーだな・・・とその場にいる誰しもが思っているのだが今更なので誰もつっこまない。
レッドの携帯にパープルから今日も帰れないとメールが届いたのはその数分後だった。
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手に大きなぬいぐるみを抱えたパープルと大量の紙袋を下げた赤毛の男。
「パープルこんだけで良いのか?」
「え・・・!?こんなに買ってもらったのに?」
既に時計と服と雑貨を購入してもらっている。
パープルは男の腕を取り、満面の笑みを浮かべた。
「おにぃ、大好き~!」
「おー、そうかそうか」
嬉しそうに目を細めるこの男、顔がレッドと瓜二つである。
実はこの兄妹、3人兄妹で上からレッド、レット、パープルの順になっており、尚且つ上2人は双子なのだ。
パープルはレッドをお兄ちゃん、レットをおにぃと呼んで区別をつけている。
もちろん3人揃って博士から悶えんジャーのお誘いが来たわけだが、群れるのが嫌いなレットは即答で断った。
しかし、実は同じ基地に住んでいる。
部屋の位置がレッド、パープルと続いてその隣に隠し扉があってひっそりと暮らしている。
群れるのは嫌だが人をからかうのは好きでよくレッドが居ない時に入れ替わって遊んでいたりするのだ。
「あ」
「ん?」
パープルが振り向いた方向には美少女の上に更に美が付く美々少女、ピンクがいた。
その手には紙袋があり、買い物をしていたことが窺える。
そしてピンクの視線の先には仏頂面をしたスイがいた。
いつものようにピンクがにこにこと・・・見る人が見ればにやにやとスイに話しかけている。
スイはまっすぐ進行方向だけを見つめすたすたと早歩きに歩いているのだが、ピンクも負けていない。
早いのに早歩きをしているようには全く見えない。汗も掻いていないのではないだろうか。
まさに美美少女のなせる技だなぁ・・・とパープルが見物していることはまるで気づいていない。
パープルが苦笑してみていると肩に手が置かれて耳元にレットの顔が寄せられた。
「・・・あれ兄貴の彼女だよね?」
「え・・・?あぁ~・・・まぁ、うん」
「なんで他の男追いかけてるわけ?」
「あれはからかって遊んでるだけでそう言うんじゃないんだよ。可愛くてしょうがない、みたいな・・・愛玩動物的、な?」
「ふーん・・・」っと言ってピンクを見つめるレットの空気に少し怒気を感じ、パープルは焦って弁解するが余り聞いていないように見える。
基本レットは他人に興味がないのだが、兄妹仲が良くレッドとパープルのことをなんだかんだで思っているのだ。
レッドを軽んじられたと思ったのかもしれない、そう思っておろおろしているとレットが振り返り、にこっと笑った。
「フォロー、よろしくな」
「え?・・・ぇえ!?」
すたすたとピンクとスイに向かって歩いていくレットをパープルはぱたぱたと追いかけた。
「・・・ピンク、何してるの?」
「?・・あ、レッド。こんなところでどうしたの?」
レットをレッドと勘違いしているピンクはにこりと笑顔を作った。
レットもにこりと笑ってピンクを見るものだからピンクは首をかしげた。
いつものレッドならピンクが笑いかけるだけで照れ笑いを浮かべるはずだ。
しかし、今目の前にいるレットは笑っているがどこか冷めたような空気を醸し出していた。
何故かピンクはぞくりと背筋が震えた。
レットがピンクの頤を掴み上を向かせたかと思うと、薄く目を開けて顔を近づけた。
「どうしたの、はこっちの台詞。こいつ何なの?どうして一緒に居るのかな?」
「え?別に遊んでるだけ・・・」
頤を掴んでいた手をするりと首に沿わされ、またしてもぞくり、と震える。
いつもと雰囲気の違うレッドを、ぽーっと見つめてしまっていた。
「おい、お前俺の女に何手ぇ出してんの?」
「・・・はぁ?手、出されてんのこっち。俺、迷惑してるんで寧ろさっさと引き取ってください」
「・・・へぇ?」
「!?」
スイが心底迷惑そうな顔をしたのを見てレットは更に目を細めて笑った。
ピンクを見つめて。
その顔は笑ってはいるが蛇に睨まれたカエルを連想させるもの。
怖い・・・のだが、ピンクは今最高にときめいていた。
実はピンクはドSが好きなのだ。
だから素っ気無いスイに絡んでしまう傾向にある。
いつも優しすぎるレッドの突然の豹変にどきどきと胸が高鳴る。
「お、おにぃ・・・やりすぎ」
レットの裾をくい、と引っ張ってパープルが嗜めるとレットが目を細めてよしよしとパープルの頭を撫でた。
その顔はピンクに向けたものとは違いとても優しい笑みでピンクはむかっと腹が立つ。
パープルを撫でている方とは反対の腕をぐいっと引っ張った。
「ちょっと!レッドはあたしの彼氏でしょ?妹ばっかりそんな優しくするなんてずるいよぉ!・・それにその荷物、女物ばっかり・・・。パープルに買ってあげたの?なんで・・・」
この兄妹は仲が良すぎると常日頃から思っていたピンクは一度言い出すと止まらなくなってしまう。
いつもはパープルが一方的について回っている感じなのに今日のレッド(レットな訳だが)は違った。
シスコン・・・と言う言葉が出て来てしまうほど、妹に向けるには甘い空気を醸し出していた。
むっと眉間に皺を寄せてレットに詰め寄ると、にっこりと微笑まれつられて頬が緩む・・・が。
「お前、何言ってるの?・・・自分の立場分かってる?」
「な・・・だから、彼女で・・・」
満面の笑みなのにその声色は低くて腰が引けてしまう。
首を緩く掴まれて軽い圧迫感を覚える。
「・・・・俺がいつも優しいからって調子に乗るなよ?」
「!!」
囁くように低く言われてがくんっと足の力が抜けてしまった。
そんなピンクをレットは紙袋をいくつも下げていたにも関らず抱きとめる。
レッドになりきってピンクで遊んでいるレットを見てパープルは苦笑した。
ノリノリでとても楽しそうに見えたのだ。
そして目をぐるぐるにさせて「!?・・・!?」と戸惑っているピンクを愛おし気に見つめるその顔。
(・・・落ちてるし)
パープルはレッドと同じくレットもピンクに惚れてしまったことを確信した。
性格が正反対な2人だが服のセンスや持っている小物、読む本、趣味・・・女の好みに至るまで一緒なのだ。
双子の神秘とでも言おうか・・・。
とりあえず何から何まで一緒なのでレッドは故意にレットをピンクにあわせないようにしていたことをパープルは知っている。
実はレットにもばればれなのだが。
苦笑してみているとピンクを片手で抱いたまま耳に小声で話しかけられた。
「調教のし甲斐がありそうだ」
「・・・ほどほどにね」
新しいおもちゃを見つけた子供のような顔。
まだぐるぐるしているピンクにはこの顔が見えていない、と言うかレットがそんなヘマはしない。
レットは今まで「・・・これ、俺帰ってもいいよな?」と悩んでいたスイに荷物を全て押し付ける。
そして黒い笑顔を向けた。
「これ、よろしく。ちゃんとパープル送れよ?・・・変な気起こしたらぶっ殺すからな」
「・・・・ライ様の嫁に誰が手出すって言うんですか。面倒くさい」
「よ、嫁!?」
「ああ・・・あのとき挨拶に来た隣の変態親父の友達か」
「あ、挨拶!?な、何それ!!私聞いてない!!」
目を潤ませて不安気に見つめて来るパープルを面白くなさそうに見たレットだったが、いい加減持ち直したピンクがきょとん、と見上げていることに気づきピンクを肩に担ぎ上げた。
「きゃぁぁぁ!な、何!?何で・・・ちょ、恥ずかしいよぉ!下ろして~!」
「うるさいよ。大人しくしろ」
「!」
ぱん!とお尻を叩かれて余計に恥ずかしくなる。
レットの頭や腕に突っぱねるように手を当てるがレットはびくともしない。
道行く通行人の視線を集めながらレットとピンクは人ごみに消えていく。
嫌がるフリをしてピンクが実は喜んでいることを知っているパープルはこれから繰り広げられる三角関係にわくわくしていた。
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「・・・ごめん」
「・・・・いえ、別に構いません」
がさがさと紙袋を下げるスイはえらく不機嫌だった。
構わない、と言っておきながら「重い・・・なんで俺がこんなこと・・・」とぶつぶつ言っている。
すごく悪く感じて荷物を引き取ろうと手を差し出しいくつか紙袋を奪い取った。
「ここでもういーよ。そっちのも貸して。ここまで送ってくれてありがとね」
「・・・いや、帰る方向一緒じゃないですか。って言うか隣だし」
「えーっと、でも重いだろうし私の私物だし」
「・・・・・」
「あ」
荷物を受け取ろうと差し出していた手にぶら下っていた紙袋を逆に奪い取られ以外そうにスイを見る。
不機嫌そうに歪められた顔を見ながら「やっぱりスイちゃんは良い子だなぁ・・・」としみじみ思った。
「ありがと」
「・・・別に。代わりと言っては何ですが」
「何?スイちゃんが頼みごととか珍しいね」
「今日は外泊して下さい」
「・・・・はぃ?」
意味が分からずにきょとんとスイを見れば横目にちらりと見られる。
「ライ様の機嫌が悪いので、機嫌取って来て下さい」
「!?む、無理無理無理無理無理!!私が行ったら寧ろ悪化するっ・・・!!」
「はぁ?そんなわけ・・・あぁ、面倒くさい。もうどうでも良いですから言う事聞いてくださいよ。俺に荷物運ばせたんですから」
「う・・・」
1人では持ちきらないほどの荷物をがさがさと見せ付けられてパープルはガクリ、と諦めたように俯いた。