第8話:鍋と王冠と、俺の覚悟
俺がリアーヌさんの髪を乾かし終えて少しすると、風呂からアベルが帰ってきた。
……なんでこいつが一番遅いんだ。普通は女の子の方が長いだろ。
「いや~、坊主の世界のシャンプーとリンスってやつ、すげぇな。ドライヤーとかいうので乾かしたら、耳と尻尾が今までにないくらいサラサラになったぜ」
なるほど。だから時間が掛かったのか。
……にしても自分で乾かしてくれてよかった。男の髪どころか、ケモ耳や尻尾まで乾かすとか絶対ごめんだね。
っと、このままだと「地球スゲー話」で夜飯が遠のく。
「おい、全員揃ったなら夜飯にするぞ。椅子に座れ」
「夜飯! 昼間のホットケーキも美味かったけど、次は何だ?」
「今思えば、あのホットケーキというのもソウジさんの世界の食べ物だったのですか?」
「いいから早く座れ。それと、俺が作れる料理は地球の物だけだ」
二人は素直に座ったが、リアーヌさんだけ立ったまま。
「ん? リアーヌさんも座れよ」
「いえ、メイドは皆様とは別に食事を――」
「ああ゛? んな決まり知らん。この家のルールは俺だ。一緒に食え」
「……ふふ。ソウジ様って、意外と強引なんですね」
言われてみれば確かにそうかも。……俺、こんなキャラだったか?
* * *
鍋を持って戻ると、リアーヌさんはお姫様と話しながら隣に座っていた。俺は人数分を取り分けつつ耳を傾ける。
「もう~、なんで私が言っても一緒に食べてくれないのに、ソウジさんが言うと素直なんですか?」
「お城では旦那様や奥様もいらっしゃいますし……二人の時はご一緒させて頂いてますので」
「う~ん。納得できるような、できないような」
「いや、あの城の連中はみんな一緒に食うだろ。俺もよく混ざってたし」
三人は俺に気づかず盛り上がっていた。……王族関係者のくせに、自由すぎだろ。
「おーい。準備できたぞ」
「ん? おおー! なんだこれ、美味そう!」
「はっ⁉ ソウジ様に全部やらせてしまい……本来なら私が――」
「俺はご主人様でも何でもない。気にすんな」
(まあ、もし本当に誰かの主になったとしても、任せっきりにはしないけどな。ゲーム中以外は)
「ん? なんで三人とも食わないんだ? しかも揃って手を合わせて」
「ソウジさんの世界では『いただきます』と言うのでしょう?」
……ああ、知識共有魔法で覚えたのか。小学校の給食以来だが、たまには悪くない。
「じゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」
食べ始めた三人の反応は――
「うまっ‼」
「見た目は野菜スープに似ていますが、味が全然違いますね」
「時間がなかったから鍋にしたけど、気に入ってもらえたなら何よりだ」
「えっ、この鍋というお料理はそんなに簡単なのですか?」
鍋はすぐに空になり、リアーヌさんが紅茶を淹れてくれた。……自分で淹れるより何倍も美味い。さすがプロのメイド。
* * *
「それで三人は、どうやってマリノ王国に帰るつもりだ? 知ってる限り、ボハニアを通るか海を渡るしかないが」
「そうなんだよな~。……そういえば坊主、お前どうやって洞窟に現れたんだ?」
「ああ、普通に転移魔法」
「はあ⁉ 転移魔法って、大量の魔力を消費するやつだろ! 噂でしか聞いたことねえぞ」
面倒だから駄女神のことはスルー。
「で、どうやって帰るんだ? 俺の転移魔法は行きたい場所をイメージできないと無理だぞ」
「ちなみにソウジさんは他にどんな魔法が?」
「……多分、魔力が尽きない限りなんでも」
「ははっ、神かよ……って、マジ?」
アベルはお姫様の表情を見て、嘘を見抜く能力を使ったと察したようだ。顔が引き攣っている。
「これは私達、凄い人と出会ってしまったようですね」
「お嬢様がそう仰るなら本当なのでしょう」
「信じてもらえたようで何よりだ。……正直に言うと、王族関係者のお前らに悪用されるのが怖くて、一度は見捨てたんだ」
俺がそう言うと、お姫様はジッと見つめ――
「ソウジさん。あなた、王様になる気はありませんか?」
王様、ねぇ。なれるならなりたいけど……
「簡単になれるもんじゃないだろ。ボハニアを乗っ取るか?」
「大体正解です。さすがソウジさん」
「“大体”ってことは……マリノ王国も絡んでるのか?」
「隣国があんな状態では、緊張は続きます。他国も同じ。だからこそ……」
要は、俺をボハニアの新しい王に据えたいってことか。
心を読む魔法を使えば一発だが、それじゃ信じる意味がない。なら方法は一つ。
「何が目的かは知らんが、俺には相手の心を読むこともできる。……ただ、この方法は出来る限り使いたくない。だから今回はお姫様を信じることにする。そのうえで、乗っ取りの件には協力するが――条件が一つある。今すぐお姫様の能力を俺に使って本当かどうか確認しろ」
「……ふふ。確認しました」
「そうか。で、作戦は?」
「まずボハニアの腐った上層をまとめて転移させる。そして国民の前でソウジさんが処刑すれば完璧です。あとは私達で」
……処刑、か。
ドラゴンですら迷った俺に、人を殺すなんて――無理だ。考えただけで体が震える。
「だい――ぶ――かソウ――様‼」
「――さん‼ ソ――さ―」
「おいぼ――ず?」
声が聞こえるのに、上手く届かない。眩暈もしてきた。
……この世界じゃ、王になれば人を殺す未来は避けられない。
ははっ。望んだ王様になれるってのに、震えて気絶しそうとか。
……いや、なんだこれ。震えが止まった? 温かい……包まれてる感じだ。
誰かの腕が、確かに俺を支えていた。
それが“救い”なのか、それとも“逃げ場を塞ぐ鎖”なのか――
考える前に、意識がゆっくりと遠のいていく。
落ち着く……眠く……なって……。




