第7話:見捨てたはずの姫を、救いに行く
もう面倒だから結論だけ言おう。
まず俺の分のホットケーキは――一枚も残らなかった。
そして肝心のボハニアだが、やっぱり予想通り「上層部が横暴な国」パターン。
逆らえば死刑、女子供は好き放題、重税で庶民は疲弊……まさに無茶苦茶。
そりゃそんな国に俺《怪しい男》が現れたら偵察にも来るわな。
しかも隣国マリノからなら、なおさらだ。
「つまりあなた達はボハニアに偵察へ来たものの、怪しまれて逃げてきた……ということですか?」
「ええ。完全にバレたわけではありませんが、検問が始まる前に退いたのです」
……他国のお姫様が勝手にボハニアに潜入。
これ、バレたらどうなるか分かったもんじゃない。
というか検問が始まったら、この三人はどうやって帰るつもりだったんだ?
マリノに戻るには海を渡るか、ボハニアを通るしかないのに。
「そこでソウジさんにご相談なのですが、私達が泊まれる安全な場所をご存知ありませんか?」
……出たよ。つまり、俺の城のことを言ってるな。
だが、答えは一つ。
「いや~、申し訳ないですが心当たりがないですね。俺はただの冒険者だし、こっちに来たばかりなんで」
「……そうですか。無理を言ってすみません」
お姫様がそう返したので、俺は適当に謝って洞窟を後にした。
* * *
城に戻った俺は模様替えをしながら、自分に言い訳をしていた。
普通の主人公なら三人を連れて帰るんだろう。
だが俺はしなかった。
理由は単純。
初対面で信頼できるかどうかも分からん奴らを、本拠地に連れていくのは愚策。
しかもミナ・マリノと名乗った女は「国王の娘」だと自分で言った。
嘘でも本当でも、関わったら最後、絶対面倒ごとに巻き込まれる。
……俺の選択は正しい。間違ってない。
そうやって言い訳を繰り返しているうちに、外は真っ暗。
時計を見ると、もう十七時を回っていた。
「…………あー、もう‼」
結局俺は頭に洞窟を思い浮かべ、転移魔法を使った。
* * *
「さっむ‼ てか暗っ!」
ポケットからスマホを取り出して照らすと――三人が武器を構えていた。
「うおっ⁉ ビビった!」
「……やはりソウジさんでしたか。でも、どうやってここに?」
「そんなことは後。とにかく移動するぞ」
三人に近づき、今度は城を思い浮かべて再び転移。
* * *
「うおっ⁉ ここは……?」
「お嬢様、ご無事ですか!」
「ええ、大丈夫です。それより……先程ソウジさんがいたような気がしたのですが」
「いたぞ。あと悪いが敬語はやめる。面倒だからな」
三人が同時にこちらを見る。
アベルはつまらなそうに。
お姫様とリアーヌさんは、子供を見るような優しい目で。
「なんだその顔は。特にお前ら二人」
「ふふっ。私もリアーヌも、ソウジさんが戻って来てくれると信じてました。……敬語も不要ですよ」
「どういうことだ?」
「マリノ王国の血筋には、人の言葉が嘘か本当かを見抜く力があります。それに私も王族ですから――ソウジさんが罪悪感を抱えながら嘘をついていたのは、最初から分かっていましたよ」
おいおいマジかよ。
嘘を見抜く能力持ちがいるとか聞いてねえぞ。王族チート半端ねー。
「はぁ……分かった。もう嘘はやめだ。お前らに協力する代わりに、こっちの事情にも付き合ってもらうからな」
俺は右手を向け、ブレインリンク(知識共有魔法)を発動。
柔らかな光が三人の頭に降り注ぐ。
「おい坊主! 何しやがった!」
「うるせえ、今説明する。――俺はこの世界の人間じゃない。今送ったのは、この城で生活するための知識だ。まずは風呂に入って温まってこい」
三人を風呂に放り込み、俺はフェイク・フェイザーで見た目を戻して地球へ。
買い物と夕食の支度を済ませると――お姫様とリアーヌがリビングに現れた。
「あの、ソウジさん。このお洋服、私達が着ても良かったんですか?」
「え? ああ、さっき俺が買ってきたやつだ。嫌なら無理に着なくても」
「いえ! すごく気に入りました。脱ぎたくないくらいです」
「そうか。女の服なんて初めて選んだから心配だったが、良かった。リアーヌさんは?」
「私も気に入りました……が。お嬢様には普通のお洋服なのに、私だけメイド服とは。……ソウジ様の趣味ですか?」
「いや違う! メイドだからメイド服にしただけだ。俺の趣味じゃない。……それより、なんで髪乾かしてないんだ? ドライヤーあっただろ」
「その件ですが、ソウジ様に教えていただいたおかげでドライヤーの使い方は分かりました。ただ……上手くお嬢様の髪を乾かせなくて」
「なるほど。……よし、二人とも座れ」
二人がソファに座ったのを確認し、俺は背後に回ってドライヤーを持つ。
「悪いけど、髪触らせてもらうぞ」
櫛で梳きながら乾かしていくと――
「……っ。ソウジさんの手、慣れてますね」
「動くな。乾かしにくい」
近い距離に、ほのかに甘い香りが漂う。
意識しないようにしても、どうしても気になる。
「はい、終わり」
「もう乾いたんですか?」
「十分だ。次はリアーヌさんだ」
「いえ、私は自然乾燥で――」
「いいからジッとしてろ」
仕方なくリアーヌさんの髪も乾かす。
「……ありがとうございます。ソウジ様」
短い礼だけだったが、どこか照れたような声だった。
「あらあら、随分と手際がいいんですね」
「誤解するな。ただの生活スキルだ」
……そういえば、頭を触られるのを嫌う人って結構いるよな。
それなのに、二人とも特に嫌がる様子はなかった。
……いや、深読みはやめよう。
俺は何もしていないし、する気もない。
というか、もしこれが本当に“普通”なら――
この世界は、思っている以上に人との距離が近いのかもしれない。




