第60話:誰にも言えない“秘密の後始末”
ミナの髪を結んでやった後、俺たちは例の“バスタオル”を持って洗面所へ向かった。
「え~と、血が付いたタオルって……洗濯機で洗ったら綺麗になりますかね?」
さっきまでベッドでイチャイチャしていた時とは打って変わって、
ミナは顔を真っ赤にしながら、自分の“血”が残ったバスタオルを胸にぎゅっと抱きしめて言った。
「乾く前ならまだ落ちるだろうけど……もう完全に乾いてるな。洗濯機で洗ってもシミは残ると思うぞ」
「つ、つまりこのままだとアリスちゃん達が洗濯物を干す時に見られ……ッ~~~!」
恥ずかしさが限界に達したらしく、ミナはそのままタオルに顔を埋めて小刻みに震えた。
耳まで真っ赤で、さっきまで俺の腕の中で甘えていた子と同一人物とは思えないくらいだ。
……ミナって、普段は大胆なのに、こういうときだけ急に恥ずかしがるんだよな。
昨日の夜も最初はこんな感じだったし。……いや、でも朝のイチャイチャ中はいつも通りだったか。
「なあ、なんでさっきまでは普通に裸で抱き合ったり、自分から――ああいうこと――しても恥ずかしがらなかったくせに、今はそんなになってんの?」
「……ベッドで愛し合ってる時は、幸せで頭がいっぱいになるので気にならないんです!
でも、こうして“冷静になる”というか、“日常に戻る”というか……とにかく冷静になると、恥ずかしくなるんです! 変なこと言わせないでください‼」
言いながら、タオルを抱きしめる腕にぎゅっと力が入る。
そのタオルには、昨夜の“初めて”の証拠が、はっきりと残っている。
「ふーん。だから、俺がキスした時は恥ずかしそうだったのに、だんだん積極的になっていったのか。
途中でパジャマどころか……全部自分で脱いでたしな」
「っ~~! ここでそういうこと言わないでください! うぅぅ~、ソウジ様の意地悪……!」
右手でタオルを抱きしめながら、左手で俺の胸をぽかぽか叩いてくる。
痛くはない。ただ、“昨夜の続き”を思い出してしまって、こっちまで変に意識してしまうから困る。
「悪かったって。……つまり、ミナはキスまでなら恥ずかしがらないけど、それ以上のことは冷静になると照れちゃうタイプってことだな。今度から気をつけるよ」
「……それって、どういう意味ですか?」
「つまり、“キスしたくなったら人前でもしていいけど”、それ以上の時は“二人きりの時だけにする”ってこと。これでいいか?」
ミナは顔を真っ赤にしたまま、小さく一度だけ頷いた。
その仕草に、昨夜の“柔らかさ”や“熱”まで一緒にフラッシュバックしてきて、正直あまりじっと見ていられない。
――はぁ……。少なくとも、あと二パターンは覚えなきゃな。
俺のキャパ的に、全部を把握して立ち回るのは相当きつい。
でも、出来ないと愛想つかされそうだし。
ラノベの主人公みたいに「何もしてないのに愛され続ける」なんて現実にはあり得ない。
白崎宗司という“本来の俺”を崩さず、相手の求めてるものを察して、できる範囲で応える。
それが一人ならまだ楽だが、俺を好きでいてくれてるのは――ミナ、リア、セリアの三人。
つまり、最低でも三パターンが必要。
しかも、一人につき一パターンだとすぐ飽きられる。
だから常に“更新”が必要だ。現時点の俺のパターンは――
ミナ:通常パターン、弟(甘え)パターン、積極的パターン、意地悪パターン
リア:通常パターン、弟(甘え)パターン、積極的パターン
セリア:通常パターン、兄(逆甘え)パターン
……はい、ハーレムは“男の夢”とか言った奴、前に出ろ。現実見せてやる。
と、一人でそんなことを考えていると、まだ顔を赤くしたままのミナが裾をちょんちょんと引っ張ってきた。
「あの……結局これ、どうしましょう」
「ああ、忘れてたわ。ほら、綺麗に落としてやるから貸してみ」
「い、いえっ! 流石にそれは……っ」
――あ、これは完全に俺の配慮不足だったな。
悪気なく言ったけど、普通に恥ずかしいやつだ。反省しよう。
「ん、じゃあこうしよう。バケツに水と重曹を混ぜて、そこに15分くらい浸けとけ。
乾いた血も分解されるし、そのあと洗濯機に入れれば綺麗に落ちるはずだ。……朝飯にはギリ間に合うだろ」
そう言いながらズボンのポケットから懐中時計を取り出し、蓋を開けて時間を確認する。
――この“パカッ”て音、いいよな。
文字盤のデザインも高級感あるし、蓋に彫られた“俺の名前”も悪くない。
ちなみにこの彫刻、俺には最初ローマ字で見えてたけど、アベル曰く“この世界の文字”で彫られてるらしい。
見た目は全く分からんが、雰囲気は気に入ってる。
なんか今度“ソウジ・ヴァイスシュタイン”名義の蓋もくれるとか言ってたけど、どうせ読めないし。……まあ貰っとくけど。
ミナが洗濯の準備をしている間、俺は懐中時計を手に取りながら時間を潰していると――洗面所のドアが開いた。
「んっ、朝飯前に坊主がここにいるなんて珍しい―――」
アベルが洗面所に顔を出した瞬間、ミナはピクリと肩を震わせ、次の瞬間にはタオルを抱えたまま弾丸のように飛んできた。
「出て行ってください‼」
風を裂く勢いで叫びながら、全力の体当たり。
アベルの身体がふわっと浮いたと思ったら――
ドンッ!!
鈍い衝撃音とともに廊下の壁へ叩きつけられた。
……スッゲ。
あの衝撃でも“壁が一ミリも動いてねぇ”。
うちの壁、どんな素材で出来てんだよ。
「なるほどな。もうすぐ朝飯だから、朝練帰りに手を洗いに来たのか。
……適当にあいつの相手してるから、終わったら出て来いよ」
「はい、お願いします」
俺がそう言って外に出ると――
「――――――⁉」
アベルが、頭を抱えながら意味不明な呻きをあげていた。
「お前、何してんの?」
「坊主……説明………早く……」
「説明ね~。まあ、お前のタイミングが悪かった。ただそれだけだ」
「洗面所使うのにタイミングの善し悪しなんて普通ねえだろ。いくら姫様でも今回はやり過ぎだ」
「この家は普通じゃないんだよ。今度から気をつけろ」
とか話してると、今度はティアがやってきた。
「こんな所で何をしておるんじゃ? はよう手を洗ってリビングに行かんか」
「まあ、ティアなら大丈夫だろ。入っていいぞ」
「どういうことじゃ?」
「入ってみれば、この状況にも納得するだろうよ。……絶対に揶揄ったりするなよ?」
ティアは首を傾げつつもドアを開け、中へ。
「なんで坊主や師匠は入れて俺は入れないんだよ⁉」
「さっきも言ったが、この家は普通じゃないんだから仕方ないだろ」
当然アベルが納得するわけもなく、不機嫌そうにしているのを無視してスマホをいじっていると――
洗面所の扉が再び開き、ティアとミナが出てきた。
「ほれ、サッサと手を洗ってリビングにくるんじゃぞ」
「俺が姫様に吹っ飛ばされて、15分も入れさせてもらえなかった説明は?」
「そんなものあるわけなかろう。ただただ“タイミング”が悪かっただけじゃ」
「坊主も師匠も“タイミング”ってなんだよ⁉ 意味わかんねぇんだけど!」
怒りたいのも分かるが……女の子にはいろいろと事情があるんだよ。知らんけど。
「これじゃから童○は……。少しは今のミナを気遣って、手を握っておるこやつを見習わんか」
……いや、手を握ったのは俺じゃなくてミナの方なんだけどな。
まあ、黙ってドヤ顔でもしておくか。
そんなティアに軽く説教されているアベルを横目に、
俺たちはそのままアベルを置いて、ゆっくりリビングへ向かった。
――そのせいで、五人には確実にバレたけどな。
リビングへ向かう廊下で、ミナがそっと俺の手を握り直してきた。
指先にこもった、ほんの少し強めのぬくもり。
どうせリビングに着いたら、全員から何かしら言われるんだろうけど……
今くらいは、この“秘密”の余韻に浸ってても罰は当たらないはずだ。
俺は握られた手に、そっと力を返した。




