第58話:“白”に込めた想い
日本には「知らぬが仏」ということわざがある。――知らなければ悩まなくていい。
なので俺は、マイカの“奥さん”発言を華麗にスルーし、再び居間へ戻った。
「そういえばアリスたちはどこに行った?」
「あやつらなら、残りの掃除をしに行くと言っておった。あと少しじゃし、昼までには終わるじゃろ」
「おい、何ひとりだけ抱っこされてサボってんだ。セリアも早く行ってこい」
しゃがんで床に下ろそうとすると、セリアが唇を尖らせる。
「う~、私はまだ離れたくないのに……ティアが余計なこと言うから」
「抱きついたまま何を言うておる。はよ戻らんか」
「にしても、よくメイド長・副メイド長・教育係の前で堂々とサボれるよな。俺は副メイド長の前でしかサボる勇気ないぞ」
まあ、サボったら主にミナとマイカに怒られるけど。
「今回はセリアの気持ちも分かりますし“特別”。……でも、そろそろ戻りなさい」
「はいはい、分かったわよ。さすがにこれ以上あの子たちだけに任せるのは悪いしね」
最初から長居する気はなかったらしく、名残惜しそうに俺から離れると、“もう勝手にいなくなっちゃダメよ”とだけ言い残して部屋を出ていった。
立場的にも、今回一番心配させたのはセリアかもしれない。今後は勝手に消えるつもりはないが――仕事はサボりたい時もある。出る前に書き置き、これでいこう。
そんなことを思っていると、ミナが何かを抱えて近づいてきた。俺が立ち上がると、恭しく差し出す。
「ソウジ様。私とリアーヌからのプレゼントです。よろしければお使いください」
「ん? 黒のロングコートに、黒に近い赤のチョッキ、それとループタイか。シンプルで格好いい。気に入ったけど……どうして?」
「この二週間、頑張っておられたご褒美でもありますが、一番は“二度とあのような怪我をしてほしくない”からです。今すぐ、私たちの衣服と同じ防御魔法を付与してください」
ああ、そういうことね。
正直“オートバリアがあるから後で”って思ってたが、いざという時に抜けるのが人間。今回はオートバリアを張り忘れました、はい。
面倒を減らすためにも、ありがたく使わせてもらおう。
ロングコート、チョッキ、ついでにループタイにも防御魔法を付与。着替え始めると、ミナが補足する。
「その三つは特殊繊維で作っています。返り血や汚れは一切つきません」
「それは助かる。どうやっても血は付くからな……」
チョッキのボタンを留めようとするが、義手の左手がまだ不器用で手こずる。そこで――
「ほれ。ボタンもループタイも、わらわがやってやる。しゃがめい。……まったく、何回同じこと繰り返せば学ぶんじゃ?」
「だって、ボタンすら自分で留められないのは負けた気がしてさ」
「普段は面倒くさがるくせに、変なところでこだわるやつよの。……よし、できた」
この世界では白シャツが基本。だから自分でボタンを留める必要があるのだが、この二週間は左手が使えず、毎朝ティアに手伝ってもらっていた。
俺は気にせずやってもらったが――その光景を面白く思わない人もいたようで。ティアは俺の背後にいる視線を感じ取ると、さらりと言う。
「これからは、わらわではなく“お主の女子”にやってもらうんじゃぞ。……まあ、わらわが嫁なら話は別じゃがの」
「二週間も一緒に暮らしてたのに、そんな素振りは一切なかったよな? お前が俺を好きになる未来、見えないけど」
――ミナたちの前では言えないが、毎晩同じベッドで寝てたくらいだ。ロリ状態のティア相手に手を出す気は一切起きなかったけど。
「決めつけはよくないですよ、ソウジ様。ティアさんだって女性です。歳がいくつでも、そういう未来は――」
「ミナよ、それはどういう意味じゃ?」
「いひゃい、いひゃいですヒィアしゃん!」
ティアが“年寄り扱い”にキレてミナの頬をむにーっ。俺は視線をそらし、ふとループタイの金具に刻まれた模様に気づく。
「なあ、このマークは?」
「この国の新しい国章です、ご主人様」
「新しい国章? 国名は全部変えるつもりだが……俺の意見は?」
「どうせ坊主は“面倒だから任せる”って言うだろ、ってことで、こいつらが勝手に決めてたぞ」
分かってるな、君たち。デザイン考えるの大嫌いだし、丸投げする気満々だった。
「ちなみに国名は?」
「そちらは未決です。ご希望があれば」
「じゃあ――ヴァイスシュタイン王国で」
「響きはいいな。意味は?」
「ヴァイスはドイツ語で“白”。“シュタイン”は響きが良かっただけ。白は白崎の“白”な」
つまり、俺の名字を国名に混ぜたかった――
「ふむ。自分と結婚した者は“〇〇・シラサキ”か“〇〇・国名”になるから、名字の一部である“白”を入れたかった、と。……お主、意外と束縛が強いのう。独占欲、強いじゃろ」
「お前、人の心を勝手に読むな」
「それと。お主は“自分からは”女子を好きにならん。告白もせん。逆は受け入れる。じゃが誰でもよいわけではなく、“お主が気に入った者だけ”。随分わがままよ」
さすが420歳、伊達に長生きしてない。
――そう、俺は基本“自分から好きになる”がよく分からない。だから告白したことも、誰かと付き合ったこともない。
さらに俺は“気に入った人たち”で周りを固めたい派。面倒くさい自覚はある。
独占欲・束縛が強いと言われ、ミナたちに引かれるかと思ったが――むしろ嬉しそうだった。
なぜかそこから名字の話になり――
「こちらの世界では“ミナ・シラサキ”と“ミナ・ヴァイスシュタイン”、どちらで名乗ればよいのでしょう?」
「状況で使い分けるのがよろしいかと。たとえば“国王の王妃”としては“リアーヌ・ヴァイスシュタイン”、ご主人様の“妻”としては“リアーヌ・シラサキ”――このあたりで」
自分を当然のように王妃扱い。強気だな、リア。
まあミナだけ王妃で他は“ふつうの嫁”なんてする気はないが――。
しばらく名字談義が続いたのち、ミナが思い出したようにポケットから小箱を出す。
「ソウジ様の左腕を回収した際、腕時計を外しておきました。お返しします。幸い、壊れや傷はありませんでしたが……」
うーん、義手の腕に巻くのは微妙だな。とはいえ、これ結構高かったし――。
「俺も忘れるところだった。ほら、プレゼント」
「アベルから? 意外だな……って、箱がやたら高そう」
「姫さまたちのに比べれば安いけど、まあ高いのは高い。王侯貴族が使う店の特注だ」
怖いから値段は絶対に聞かない。うん、聞かない。
箱を開ける。
「――懐中時計か」
「ああ。坊主はいつも腕時計だったろ。でも今の腕だと、さすがにな。だから懐中時計にした」
「なるほど」
俺は腕時計と懐中時計に防御魔法を付与。懐中時計はコートのポケットへ。
そして今まで使っていた腕時計は――
「これはアベルにやるよ。貴族目線だと安物かもしれないけど、日本ではそこそこした。正装にも合うし、着けてて問題ないだろ? それに“俺が使ってた”ってだけで、将来的には価値が出ると思うぞ」
「いや、値段はさておき、価値や性能は間違いなくこれが上だろ……。本当に俺がもらっていいのか?」
「俺はもう使えない。セレスさんは自分のを持ってる。デザインは男物だからミナたちも違う。――残るのはアベル。ああ、戦闘時は外せよ。壊したら泣くからな」
俺のはGショ◯ク系じゃなく、ビジネスウォッチだ。防御魔法を掛けても、荒事には不向き。
「んじゃ、ありがたく貰うわ」
アベルは腕時計を受け取り、自分の左腕に装着した。
――その直後、ミナとリアが“私たちにも何かソウジの大切なものを”と騒ぎ始めたのは、言うまでもない。




