第5話:初討伐 ― 金と命の代償 ―
おばちゃんに話を聞いた後、俺は受付近くにあったモンスター買取表を眺めていた。
……やっぱり一番高いのはドラゴンか。
理由は予想通り、高級食肉と超レア素材が取れるかららしい。生息地ごとに攻撃の種類や買取価格が違うようで――山のドラゴンは五億円、海のドラゴンは二十億円。
「よっし、海に行こう!」
* * *
早速海に来たはいいが……よく考えたら、ドラゴンなんてそう簡単に出会えるもんじゃないよな。
だってドラゴンだぞ? そんな化け物、いたらとっくにギルドがSランク冒険者に討伐依頼を出してるはずだ。
しかし、そんな気配はまったくなかった。
見渡す限り、ドラゴンどころかカモメすらいない。……まあ、この世界にカモメがいるかどうかも知らんけど。
――と思ったら、いた。カモメ。
異世界にも普通にいるんだな、なんて思った直後――
青い巨体が空から急降下し、そのカモメを丸呑みした。
「……って、あれ、どう見てもドラゴンだろ‼」
体長はざっと二十メートル。テニスコートの縦幅くらいだ。
(よし、逃げよう。あんな化け物、相手にできるか!)
……が、ドラゴンがこちらを睨んできた。
このまま逃げれば、ボハニアを襲う可能性もある。
(……仕方ない。ここで食い止めるしかないか!)
俺はメニュー画面を開き、武器庫から適当に武器を召喚した。
【妖刀ムラマサ】
魔力、もしくは生命力を流すほど切れ味が増す刀。戦国時代、日本に魔力はなかったため使用者は皆例外なく死亡したとされる。耐久値が異常に高いため壊すことができず、妖刀と呼ばれるようになった。
「説明なんていらねぇ! 今は戦闘中だぞ!」
そう叫んだ瞬間、水のレーザーが飛んできた。
俺は慌ててシールドを展開。轟音とともに爆圧が襲いかかる。
「なにこれ……掠っただけで死ぬじゃねーか!」
俺はオートバリア・飛行魔法・身体強化を同時展開し、転移魔法で背後を取る。
そして妖刀ムラマサに魔力を流し込み、斬りかかった。
だが――
「固っ⁉ 傷一つ付かねえ……!」
ならばと、魔力をさらに流し込み、半ばヤケクソで斬り続けた。
* * *
数十分後。
「はぁ、はぁ……嘘だろ。爪すら落とせねぇのかよ……」
だが少しずつダメージは蓄積し、ついにドラゴンは力尽きて浜辺に墜落した。
「……終わった、のか」
正直、チート能力があれば楽勝と思っていた。だが全然違う。
ドラゴンとはいえ、生き物を自分の手で殺した感覚は重くのしかかる。
(昨日まで普通の学生だった俺が、今こうして命を奪ってる……)
ラノベ主人公は軽く倒してるけど、現実はそうはいかない。
豚一匹だって自分で殺せと言われたら躊躇するはずだ。モンスター討伐とはつまり、そういうことだ。
もう一つ分かったのは――俺には戦闘経験も知識も皆無だということ。
どんな伝説級武器を持とうが、神からチート能力をもらおうが……ドラゴン一匹にすら苦戦する。
「俺TUEEE」なんて夢のまた夢だった。
* * *
その後、俺はギルドに戻っていた。
「あら、アンタさっきの。何かあったのかい?」
「ええ、ちょっと。……その前に、この受付での会話って周りに聞こえます?」
「重要な話もあるから、受付ごとに消音結界が張られてるんだよ。安心しな」
「それなら遠慮なく。……モンスターの買取をお願いしたいんですけど」
「はいよ。外に行こうか」
案内されたのは広場だった。
「ここは買取査定用の場所さ。ごく稀にドラゴンの査定もあるから広く作ってある。で、何を持ってきたんだい?」
「えーと、これです」
俺が異空間から出したのは――さっき倒したドラゴン。
「ははは! アンタ最高だね。私でもドラゴン査定は数回しかしたことないよ」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。俺は宗司です」
「ふふ。私はセリーヌ。一応、このギルドのマスターをやってる」
「えっ⁉ ギルドマスターって一番偉い人ですよね? なんで受付に……」
「事情くらい分かるだろう? 人手不足なのさ」
「なるほど、大変そうですね」
「ホント、誰か何とかしてくれないかね」
「そんな人がいたら救世主か英雄でしょうね。……まあ、今はそんな称号よりお金が欲しいですけど」
皮肉を込めて返すと、おばちゃん――いや、ギルドマスターのセリーヌは笑って査定を始めた。
* * *
「はい、二十億円ね」
「ありがとうございます。現金で欲しかったんで」
「まだこの国に滞在するつもりなら、服装には気を付けな。そんな珍しい格好じゃ目立つよ」
「…………」
やっば。パーカーにダッフルコートという、普段の格好のままで来ちゃった。
……まあ別に異世界出身を隠してるわけじゃないが、一応気を付けよう。
* * *
こうして俺の異世界生活は、最初の山場を越えた。
だが――これで終わりじゃない。
手にしたのは莫大な金と、想像以上に重たい現実。
そして……この国に渦巻く「面倒くさい気配」。
その“渦”の中で、俺はこの国の運命を左右する出会いを重ねていく。
それが、後戻りできない選択の連続になるとも知らずに。




