第55話:診断結果と黒き義手
冒険者ギルドを出ると、ティアが横目で俺を見た。
「次は病院じゃな」
「は? なんで病院? お前の頭でも診てもらうのか?」
「誰がじゃ。お主の耳の件じゃろうが」
あ~……途中から“聞こえないのが普通”になってて、正直あまり気にしてなかった。
「でもさ、なんで聞こえないんだろ。まあ、聞こえないおかげで“良いこと”もあるっちゃあるけど」
「おそらく、その“良いこと”とやらが原因なんじゃろうな」
俺にとってはメリットでも、医者から見ればどうなんだか――などと考えているうちに病院が見えてきた。
「病院はお主が勝手に改築したと聞いておったが……見た目は普通じゃな」
「城と騎士団の寮はともかく、病院まで現代日本の見た目にしたら違和感すごいだろ。世界観ぶっ壊すわ」
「ふむ、確かに。寮は敷地内にあるからまだよいが、あの建物だけ浮いとるのう」
寮は“ちょっと良い社宅”イメージなので違和感バリバリ。ただ敷地外からは見えないからセーフ。
「でも中身は全部最新なんだぞ。……ほら」
胸を張って扉を開けた瞬間――
「お、やっと来たか。診察してやるから、さっさと入りんさい」
「ちょ、婆ちゃん!? 何その急展開!」
「どうしたもこうしたもあらん。すぐ診察、ほれ動きな」
腕をつかまれ、そのまま診察室へ。ティアが自己紹介を済ませたところで婆ちゃんが俺を見る。
「それで、耳が聞こえなくなったのはいつ頃からだい?」
「気付いたのは、ティアと修行に出て初めて盗賊とやり合った後」
「ふむ。その前――元国王様らを殺した時は?」
あの時は頭がぐちゃぐちゃで覚えてない。ただミナとリアが来た時には普通に聞こえてた気がする。
「記憶が曖昧じゃな……。わらわの予想では一回目の盗賊狩りの時からじゃと思う」
「だとすると、初めて“人を殺した”精神的ショックが大きすぎて、二度目以降の対人戦から脳が勝手に聴覚を遮断する――そんな感じかね。……よく心が壊れなかったもんだ。ティアちゃんが上手くコントロールしてたのは見てて分かったけど」
「それはリアーヌのお陰じゃ。何かあっても大丈夫なよう、持続系の鎮静魔法を掛けておったようじゃ。継続は一週間。残りの一週間は……賭けじゃったがの」
なにそれ!? 初耳だぞ。――でも言われてみれば、人を殺しまくったわりに落ち着いてた。初戦の衝撃と“無音”のせいだと思ってたが、リアのお陰でもあったのか。
「とはいえ、保険も用意してたんだろ?」
「当たり前じゃ。もしもの時は、わらわが何とかしておったわい」
「それに加えて、ソウちゃんは疲れると熱が出やすい体質なのに、そこも完璧にコントロールしてたよ。切り上げのタイミングも、ご飯のバランスも。――いいメイドさんを持ったね」
やたらティアが褒められてる。……って、待て。
「なんで婆ちゃんが俺の体質まで知ってんの?」
「そりゃー、私がこの国の王族貴族の担当医だからに決まってるだろう。ソウちゃんが熱で倒れた時のデータもこっちに送られてきてるよ」
「じゃあ次! なんで俺たちの二週間を知ってるみたいな会話してた!?」
「知らなかったのかい? 毎日ソウちゃんが盗賊と戦ってるとこを一戦分、その後の夜ご飯やティアちゃんと遊んでる様子を、毎日映像で流してたんだよ」
詳しく聞けば――俺が消えた日に、まず元国王どもを殺した映像をフルで流し、修行に出たこと、翌日からはその様子を一部毎日見せるとミナが発表。ティアがスマホで撮影→良さそうな部分を警備室へ→街中で放映、の流れらしい。
スマホと警備室を繋げたり、配信できるようにしたのは確かに俺だが……君たち、使いこなし過ぎでは?
「だから戦闘中や飯の時にティアがスマホ弄ってたのか。――で、誰の作戦?」
「勿論わらわじゃ。修行を見せればお主への好感度は上がる。これから王になるなら尚更じゃろ」
「普段の姿を見せたのも大きかったね。修行が進むほど盗賊への態度は冷たくなっていった。でも日常のソウちゃんを見せたおかげで、『ただの殺人鬼じゃない』って伝わったはずだよ」
確かに、殺してばかりの映像だけより、日常カットが混ざった方が印象は柔らぐ。
「ちなみに、俺が日本人って話は?」
ギルドで誰かが『勇者を超えし異世界の王と闇天使』とか言ってたのが気になってた。
「それもミナちゃんが一緒に発表してたよ。『ソウちゃんは日本人だから、人もモンスターも殺すには覚悟がいる』って。左腕を失った理由や、ここからの成長を意識して見てもらう狙いだろうね」
「そこはミナに任せておった。効果のほどはどうじゃ?」
「最初は失望も多かったね。『異世界人=勇者』の期待値が高すぎた。なのに左腕をあっさり失った映像だし」
まあ、そうなるわな。
「でもそれは最初だけ。左腕がないこと、戦闘中は耳が聞こえないこと、生き物を殺すのに慣れてないこと、助けられず苦しんだこと、助けたのに罵倒されたり目の前で死なれたこと――。その全部が“人間味”として効いた。応援や尊敬の声は、気付けば増えてたよ」
ありがたいけど、人間って本当にちょろい。手のひら、クルクルだ。
「――で、俺の耳は結局どうなる?」
「正直、様子見だね。耳が原因なら治しようはあるけど、今回は“脳”。しかも自己防衛となると、一生そのままの可能性もある」
「別に聞こえんでも、わらわは勿論ミナやリアーヌ、アベル級ならお主に合わせて動ける。最初は戦闘後に戻るまで三十分ほど掛かっておったが、今は長くても十分。問題なかろう」
そういうことなら、四人には申し訳ないが頼らせてもらう。
「おっと、忘れるところだった。悪いけどソウちゃん、上だけ脱いでおくれ」
「なんで」
「義手を付けるからさ。ミナちゃんに頼まれて、武器屋の爺さんと急いで作ったんだ」
武器屋って爺さんがやってんのか。後で行く予定だし、その時に礼を言うか。
* * *
装着と説明を受けたが、理解できたのは――“俺の左腕を元に作ったから、バランスは以前通り”の一点だけ。
「付け心地は?」
「左手の細かい動きはまだだけど、バランスはだいぶ良くなった」
「最近は慣れとったようじゃが、歩きにくそうではあったからな。良かったではないか」
「……義手をじっと見て、どうしたんだい? 気になる点でも」
左腕がないよりは全然いい。ただ素材むき出しで、黒い特殊金属って感じ。変に塗られるよりはいいけど――
「左手だけでいいから、手袋ない?」
「……見た目、気になるのかい」
「俺は別にいい。でも、皆が“気にならない”とは限らないだろ。だから――」
婆ちゃんは用意していた黒い手袋を渡してくれた。俺はそれをはめ、病院を出る。
「お主、ずっとその手袋を着けておるつもりか?」
「気に入ったのが見つかれば変えるけど、基本はするかな。寝る時は外すけど」
体温はないから、夏でも暑くない。
「なら――わらわが作ってやろう。お主の手袋を。何色が良い?」
「作ってくれるのは嬉しいけど、頼むからオシャレなやつで。色は黒」
「任せておけ。わらわは家事だけでなく、裁縫も得意なのじゃ!」
ティアのどや顔に、沈みかけてた気持ちが、思わず軽くなる。
黒い手袋が、俺の“日常”をもう一度つなぎ直す――そんな気がした。




