第53話:沈黙の二週間 ―王が学んだ“救えぬ現実”―
あれから二週間。
俺とティアは転移魔法で移動し、盗賊を見つけては殺す――それを淡々と繰り返していた。
まるで日課のように。
けれど、その間にもティアは“戦うこと”だけではない、多くのことを俺に教えてくれた。
* * *
ある日、盗賊に襲われている馬車を見つけた。
急いで駆けつけたが、助けられたのは男一人だけ。
家族で移動中に襲われ、男は妻子を守るため応戦していたらしい。相手は十人。分が悪い。
ティアの話では――俺が着いた時には、もう手遅れだった。
それでも、前よりはマシだと思った。
一人でも助けられた。それだけで意味がある――そう思いかけた、その時。
「なんでもっと早く来てくれなかったんだ‼
お前がもう少し早ければ、妻も息子も殺されずに済んだんだ‼
どうせ全員助けられないなら、最初から来るなよ‼」
男は俺の胸ぐらを掴み、怒りと涙で顔を歪めた。
そして、自嘲とも狂気ともつかない笑みを浮かべ――近くの短剣を、自分の胸に突き立てた。
「お前のせいで俺たちは死んだ……一生後悔して生きるんだな」
そう言い残し、彼は崩れ落ちた。
ティアは静かに言った。
『今回はお主が悪いわけではない。
悪いのは、一人で盗賊を退けられなかったこやつじゃ。
わらわ達はたまたま通りかかっただけ。感謝はされど、責められる筋合いはない。
じゃから今後、同じことを言われても気にするでないぞ』
――分かってた。理屈では、そうだ。
だが、心は簡単に割り切れない。
『転移をもう少し早くしていれば』
『出発を早めていれば』
『別ルートを選んでいれば――』
“もしも”を何度も反芻し、結局その日はティアに「もう帰るぞ」と言われた。
帰宅後は無理やり昼飯を食わされ、精神的にも胃にもきつかった。
* * *
別の日。遠くで炎の柱が上がっているのを発見し、転移すると――村が燃えていた。
燃え尽きる家々。黒く焦げた地面。生き残りはいない。
崩れた家屋の中に、焦げた小さな手足がいくつも……。
あの光景は、きっと一生忘れない。
ティアは静かに告げる。
『今のお主からは“犯人を見つけ出して殺す”という意志が見える。じゃが、それは絶対にしてはならん。
復讐は、達成しても喜びでも救いでもない。ただの“無”――いや、“絶望”じゃ。
復讐が生きる目的になれば、その先に何も残らん』
理屈は理解できた。
だが、俺だけは違うと信じたい気持ちがあった。
俺には“国を導く”という目的がある。
だから大丈夫だと、思いたかった。
『わらわはな、復讐に囚われて自ら命を絶った者を何人も見てきた。
例外はごく僅かじゃ。じゃから約束せい――復讐は、せぬとな』
『じゃあお前はどうする? もし城の誰かが殺されたら、復讐せずにいられるのか?』
ティアは少しだけ目を細めた。
『自分が“大切だ”と思う者がおるなら、そやつを全力で守り通すだけじゃ。
出来ぬなら、出来るようになるまで鍛えればよい。――現に、わらわはお主を守っておろう?』
その言葉に、少しだけ救われた。
俺が国民やセリアを守ろうとしたことは、間違いじゃない――そう思えた。
* * *
そして今。
俺たちは盗賊に襲われていた村を救い終えたところだった。
「ティア、一応全員にヒーリング・フィールドをかけたけど……大丈夫そうか?」
「うむ。上から見ておったが、怪我人は全員治った。
盗賊も、お主が全員きっちり始末した。問題ない」
「なら、村長か責任者っぽい人に“今まで集めた食料類”を渡して帰るか」
“今まで集めた食料や金銭類”は、助けられなかった人たちの持ち物だ。
ティアが「いずれ役に立つ」と言っていた――今思えば、このためだったのかもしれない。
……ん? 人の気配。数人がこちらへ近づく。
声をかけようとした瞬間――
「あんたのせいで私の娘が殺されたわ‼」
「俺の嫁は目の前で弄ばれて殺されたんだ‼ なんで平気な顔してられるんだ!」
「こいつは実際に味わってないから、俺たちの気持ちがわからねぇんだ‼」
「だったらお前にも同じ思いをさせてやるよ‼ 隣の女を引きずり出せ!」
その瞬間、俺の中で何かが切れた。
足元の砂を転移で抜き取り、やつらの首から下を砂に埋める。
「お前らがティアに何をしようとしたかは聞かない。
だが――自分の弱さを人のせいにすんな。
俺たちはこの村の警備兵でも救世主でもない。“助けてやった”だけでも感謝しろ。
文句を言う前にまず、“ありがとう”だろうが」
「ふざけないで‼ あんたが来るのが遅かったせいで家族が殺されたのよ!
もう……死んで、あの人たちのところに行きたいわ!」
一人の女が叫ぶ。
俺はその女だけを地面から出し、足元の短剣を拾って放り投げた。
「ほら。死にたきゃ勝手に死ねよ。……どうした? 怖いのか?」
「な、なんなのよあんた……!」
「二週間前にな。お前と同じことを言って、本当に死んだ男がいた。
お前もそいつみたいになりたいなら、止めはしない」
女の手が震える。短剣を握ったまま動けない。
更に煽りかけたその時、背から声が飛ぶ。
「何をしている、お前たち‼」
振り向くと、杖を持った老人――村長らしき人物が立っていた。
「ただこの役立たずに文句を言っているだけだ!」
「そうだ、村長! 邪魔すんなよ!」
「こんなやつ、ぶっ殺してしまえばいいのよ!」
「黙れ‼」
村長の一喝に、群衆は沈黙した。
「この方は村を救い、怪我人を癒やしてくださった恩人じゃぞ!
その方に向かって、なんという無礼を働いておるか!」
騒ぎは一瞬で収まった。
村長からの謝辞と、感謝の言葉、小さな贈り物。
だが、地面に埋められた連中の目は、最後まで冷たかった。
長居は面倒の種になる。
渡すものを手早く渡し、俺たちは静かに村を後にした。
* * *
「なあ、なんでこっち(日本の家)に戻ったんだ?」
「まあまあ、そう言うでない。今日はこっちで休んでから城に戻った方がよかろう?」
ティアの言葉どおり、俺たちは日本の家に戻っていた。
「……確かに、今すぐ帰る気にもなれなかったし、明日でいいか」
「分かればよいのじゃ……」
ティアは俺の背に寄りかかり、両腕を首に回して囁く。
「……それより、先ほどの女子への対応じゃが。どういう意図があったのじゃ?」
「下手に慰めるより、“自分じゃ死ねない”って気づかせた方がいい。
その方が、後で立ち直れる可能性が高い」
「ふむ。理屈としては正しい。じゃが――もし本当に死んでおったら、どうする?」
「全部を気にしてたらキリがねぇ。俺はこの世界の“全員の味方”でも救世主でもない。
それがあいつの選択なら、勝手に死ねばいい」
ティアは小さく息を吐き、静かに告げた。
「……一人の人間としては失格じゃが、王としては合格じゃな。
そしてお主はもう、“一国の王”じゃ」
少し間を置き、いつもの調子で笑う。
「よくここまで頑張ったのじゃ。王としてはまだ未熟じゃが、それもいずれ身につく。
――それと、さっきはわらわを守ってくれて嬉しかったぞ」
「守ったって……あれのことか? まあ、本人がそう言うなら、そうなんだろうな」
もしかすると、ティアを“守った”のは初めてかもしれない。
そう思うと、少しだけ悪くない気分になった。
……いつかは、城のみんなを。
そして――国民を、守れるような王になれるのだろうか。
ああ、ちなみに――さっきのティアの抱きつきは、ここ二週間の“確認ルーティン”だ。
俺の精神状態を測るためのものであって……決して、イチャつきではない。たぶん。
……誰に言い訳してんだ、俺。
それでも今は、ただこの静けさに身を委ねていた。




