第52話:願いの終わり、覚悟の始まり
働きたくないから、異世界の王様になって楽がしたい。
そんな軽い気持ちで神社に願ったら――本当に叶った。
働きたくないから、異世界の王様になって楽がしたい。
そんな軽い気持ちでこの世界をぶらついていたら、ちょうど乗っ取れそうな国があった。
働きたくないから、異世界の王様になって楽がしたい。
そんな軽い気持ちでその国を乗っ取った。
――これで人生勝ち組だと、本気で思っていた。
働きたくないから、異世界の王様になって楽がしたい。
そんな軽い気持ちでここまで来たら――あっさり左腕を失った。
働きたくないから、異世界の王様になって楽がしたい。
その軽さを反省して、修行することにした。
働きたくないから、異世界の王様になって楽がしたい。
そう思っていたはずなのに――現実は想像よりずっと大変で、逃げ出したくなった。
……だが、もう“逃げる”という選択肢はない。
あの城には、俺を本気で心配し、支えてくれる連中がいる。
その人たちを置いていくなんて、できるわけがない。
働きたくないから、異世界の王様になって楽がしたい――その発想は完全に甘かった。
日本で働いていたほうが、よほど楽だったのかもしれない。
人を殺すことも、背負いきれない責任も、きっとなかっただろうから。
けれど、もう引き返せないところまで来た。
なら――どうする。
国民全員とまではいかなくても、多くの人に認められる“王”になるしかない。
つまり、ティアの言葉は半分正解だ。
「心のどこかで、じゃなくて――わりとハッキリ思ってた。……五割くらいだけどな」
「今はどうなんじゃ?」
「国民に認められようが、なかろうが関係ねえ。俺があの国を乗っ取った。あれは“俺のもん”だ」
「また強がりを。……じゃが、その様子ならもう大丈夫そうじゃ。さっさと片づけて、次を探しに行くぞ」
ティアの指示で、まず盗賊の死体と、やつらに殺された人たちの荷物をすべてディメンション・シェルフへ。
被害者の持ち物まで回収するのは気が進まなかったが、「後で役に立つかもしれん」と言われ、従う。
最後に残ったのは、亡骸だけ。
魔法で火葬し、人の来ない静かな場所に埋葬した。
* * *
その後も転移を重ね、三つの盗賊集団を潰したところで、ティアが口を開く。
「うむ。今日はこれくらいでよい。帰るぞ」
「まだ向こうの家には帰りたくない。日本のほうでいいか?」
「構わんが、理由は?」
「……今帰ったら、ミナたちが全力で甘やかす。
それじゃあ、ティアだけを連れてきた意味がない」
あいつらは優しい。俺が左腕を失って盗賊狩りしてると知れば、きっと止めに来るし、俺の分まで背負い込もうとする。
「確かに、あやつらはお主に甘々じゃからのう。
なら日本の家でよかろう。あっちの風呂は絶景じゃ。広さは城に劣るが、眺めは勝る」
日本の家は高層マンションの最上階。風呂からの夜景だけで言えば圧勝だ。
城の風呂は一階で、上部の窓しかないから眺望はない。
――ちなみにそのマンションは俺が選んだわけじゃない。
ルナが買ってくれた。家賃も光熱費も払っていない。
……ヒモじゃない。断じてヒモではない。
そんなくだらないことを考えつつ、玄関へ転移した。
「靴は脱げよ~」
「前にも来たわ。分かっておる。――それよりお主は靴を脱いだら、そのまま風呂じゃ」
「返り血は避けたつもりだが、ちょっと付いてるな。なんか良い方法ない?」
「ふむ……刃を高温にして斬ると同時に焼けば血飛沫も減り、止血もできる」
焼灼止血。
……だが、焼けた肉の臭いが増えるのは勘弁。却下だ。
「返り血は諦める。風呂、行ってくる」
「片腕で大丈夫か? 手伝おうかの?」
「一人でやる。お前はくつろいでろ」
風呂へ転移し、なんとか片手で身体と頭を洗う。
湯に浸かると、緊張が少しずつ抜けていく。
今ごろ、ミナ達は何をしてるだろう。
念話はティア以外遮断、スマホも電源オフ。
連絡は返せないが、ティアにはきっと連絡が行っている。心配はいらない。
……それより気になるのは、戦闘中に耳が聞こえなくなる現象だ。
今日は四回遭遇し、全員殺した――その全てで一時的に聴覚が消えた。
人間でもモンスターでも同じ。念話も使えない。
まるで“何か”が意図的に俺の感覚を遮っているみたいに。
しかも、それが自分の内側から来ている気がして、背筋が冷える。
この症状が続くなら、連携戦は厳しい。
最悪ひとりでもやれるが……。
――ティアなら合わせてくれる。
俺が勝手に動いても、鞘一本で完璧にカバーしていた。
あの動きは、下手な剣士より洗練されていた。刀を渡せば、数分で使いこなすだろう。マジで怖い。
湯に浸かっているうちに、一時間以上が過ぎていた。
さすがにティアを放っておきすぎたかと思い風呂を出ると、着替えが用意されている。
……たぶんタンスを片っ端から開けたな。別に気にしないけど。
「遅かったのう。明日からは、わらわがお風呂を手伝ってやろうかの?」
「入ってくるな。で、その食材はどこから盗ってきた? 隣の家か?」
「失礼な。ちゃんとネットで買ったわい」
ネット?
――こいつ、もうネットスーパーを使いこなしてるのか。早すぎる。
「で、何作ってんだ?」
「本当は“ハンバーグ”に興味があったのじゃが、今日は時間がない。
ということで、比較的簡単そうな“ピーマンの肉詰め”にしたのじゃ」
「まあ、材料は似てるしな。……にしても本当に料理できたんだな」
「やはり疑っておったか。――ほれ、テーブルを拭け。片腕でもできよう?」
「はいはい。お前はフォークとスプーンだな?」
「うむ」
リアなら絶対こんな言い方はしない。
……それも含めて、ティアを選んだ理由の一つだ。気を使われすぎると疲れる。
テーブルを拭き、子供用のスプーンとフォークを並べて座る――
直後、おたまで頭を小突かれた。
「ほれ、次は茶碗にご飯をよそうから一つずつ運べい」
ここまで普段通りの奴も珍しい。
……嫌いじゃないけど。
「ああ、味噌汁とか大皿の物は危ないから運ぶ出ないぞ」
言われた通り茶碗を二つ運ぶ。ティアが大皿と椀を並べる。
二人分の夕飯がそろった。
「んじゃ、いただきます」
「うむ。どうぞなのじゃ」
俺は食べ始める。……が、ティアは黙って俺を見ている。
視線を返すと、彼女はふっと目を逸らし、カウンターに立てたスマホを少しいじってから、何事もなかったように食べ始めた。
「……今の、何してた?」
「一人でちゃんと食べられるか心配だっただけじゃから気にするでない。それよりお主は普段より食べるのに時間が掛かるのじゃから、冷める前にどんどん食べい」
「時間はかかるけど、意外と普通に食える。……てか、初めてのはずなのに、めっちゃ美味い」
「わらわが作ったのじゃ。当然じゃ。明日も楽しみにしておれ」
いつもの調子のティア。
二人だけの夜は、普段より静かで――不思議と心が落ち着く。
こういう時間も、悪くない。




