第51話:止まった歯車、動かす覚悟 ―王としての再起―
俺とティアで話し合った結果――転移を繰り返し、盗賊らしき集団を見つけ次第、容赦なく潰す。方針はそれで決まった。
「さっきも言ったが、わらわはお主に攻撃が当たりそうになった時しか手を出さん。
つまり、目の前で襲われそうな者がいても助けられるのは“お主だけ”じゃ。生かすも殺すも、すべてはお主次第じゃぞ」
「ああ。そうしなきゃ意味がないのは分かってる。付いてきてもらう条件がそれなら、問題ない」
「それとな、わらわの言うことは絶対に聞く――これも忘れるでないぞ」
俺は一度だけ頷き、転移を開始した。
* * *
「ん? ちと止まれい」
数十回の転移を繰り返し、作業になりかけていた頃、ティアが前に腕を出して制した。
「どうしたんだよ」
「あそこにおるのは盗賊ではないかの? 遠くてハッキリ見えんが、馬車が横倒しじゃ。血溜まりもあるし、何人か倒れておる」
目を凝らすと、確かに――横倒しの馬車、黒ずんだ血、崩れた人影が見えた。
「あの状況で火を囲っておる者が数人。明らかにおかしい。ほぼ盗賊で確定じゃな。ここからなら、転移より走った方がよかろう」
――走って行け、の意味は分かっている。覚悟を決めてから行け、ということだ。
「なんじゃ、行かぬのか?」
言われなくても行く。行くに決まってる――
……本当に行くのか?
さっきは“殺さなければ殺される”状況だった。だが今は違う。まだ気づかれていない。逃げれば、命の危険も、あの“肉を裂く感触”も、返り血の生暖かさも、鉄と脂の臭いも、苦鳴も、殺気を帯びた目も、死に際の奇妙な動きも――何も背負わずに済む。
それなら、逃げるのが正解なんじゃないか?
ここは俺の国じゃない。殺されたのは俺の知り合いでもない。盗賊に恨みも用事も――ない。
「……おっ、あそこに倒れておる女子は、まだ生きておるようじゃな。じゃが、持って二分くらいかのう」
二分――。この場で回復をかけられるのは俺だけ。ここから回復魔法を使えば――いや、使えば殺される。今度こそ確実に。
思考より先に、身体が動いた。右手にムラマサ。鞘を引く勢いのまま投げ捨て、地を蹴る。
「――――――ッ‼」
さっきより余裕はある。叫べるはずなのに、声が出ない。右手が震える。
どうでもいい。走れ。走って、殺せ。二分? 一分で終わらせろ。
今度は忘れるな。魔法だ。斬ったらすぐ回復。回復の邪魔をされぬよう、確実に仕留めろ。
苦しむ声? 痛みによる叫び? ――知らん!
聞きたくないなら、聞く前に終わらせろ。
殺気に満ちた目? ――向けられる前に落とせ。
人間離れの動き? ――見たくなければ、一撃で綺麗に斬れ。
距離が縮まり、姿が鮮明になる。盗賊は五人。鎧は砂埃一つない新品同様だ。俺を視認し、各々が武器を構えた。
――落ち着け。
構えるまでに焦りはない。彼らは殺し慣れている。なら、こちらは速度で上を行く。制御できる限界まで上げ、横並びの首を一気に薙ぐ。
刀身に魔力を流し込み、さらに踏み込む。刃の高さを首に合わせ、右から左へ――走り抜ける。
豆腐だ。
妖刀は鎧ごと喉元を割き、五つの影が遅れて崩れた。血しぶきが風に溶け、金属音が遅れて落ちる。
次は――回復だ。まだ生きているのは誰だ?
落ち着け、焦るな。俺は回復魔法が下手だ。いちいち一人ずつ処理するより、でかい範囲魔法で全部包めばいい。そうだ――全員、範囲に入れろ。
空に展開する巨大な魔法陣。柔らかな光が地面へ降り注ぐ。
これで――起きない?
……傷は塞がったが、動かない。光が消えた。
「なんでだよ。なんで誰も起きないんだ‼ ……あ、傷は塞がったけど気絶してるだけか。なら取り敢えず安全なところに運べば――」
脈を確かめる。胸、首、手首。冷たい。硬直が始まっている。
「……みんな死んでる。体が冷たい。硬くなり始めてる。おい、ティア‼ これはどういうことだ⁉」
ティアは、スマホを片手に口だけを動かした。
「口パクじゃ分からん! ふざけんな‼」
「―――――」
「だから何を言ってるか――痛っ⁉」
振り向いた瞬間、さっき捨てたムラマサの鞘で頭をはたかれる。怒りで殴り返しそうになるが、ティアは鞘の先で地面に字を書く。
『お主、耳は聞こえておるのか?』
「はあ? 耳なら――」
『やはりか。少しすれば戻る。大人しくしとれい』
ティアは焚き火のそばに腰を下ろした。俺もムラマサを鞘に納め、近くの石に座る。
* * *
30分ほどで、焚き火の“パチパチ”が耳に戻った。
「あー、あー……よし、聞こえる。おいティア! さっきの件、説明しろ!」
「先ほどまで怯えておった者の口とは思えんのう。結論から言えば、『生きておる』というのは嘘じゃ。最初から全員死んでおった。お主がなかなか動かんかったから、ああ言っただけじゃ」
「おまえ……! 俺がどんな気持ちで向かったと思ってんだ! 人で遊ぶにしても時と場を選べよ――!」
「じゃがな。もし、わらわ達が気づかなんだだけで誰かがまだ生きておったら? お主がウジウジしておる間に死んでおったかもしれんぞ」
「…………」
「今回は運が悪く誰も助けられんかった。じゃが、次は分からん。『あと二分』しか持たぬ者がおるかもしれん。
お主が本当に“なんとかしたい”と思うなら――殺すことを戸惑っておる暇など、ない」
盗賊を見つけてから動くまでに掛かった時間は、五分。もし本当に「残り二分」の命があったなら、俺は見殺しにしたことになる。
自分が嫌でも、悪を殺して善を救うか。
自分が嫌だから、悪を見逃し善を死なせるか。
前者なら多くが救われ、後者なら俺一人が救われる。
「俺はさ――あの城にいる連中が幸せなら、それでいい。ぶっちゃけ国民なんて、どうでもいいとすら思ってる」
「一般市民だったお主からすれば、身近な者の幸福を最優先にしたくなる気持ちは分かる。じゃがな、あの国にはお主を慕う者もおるやもしれん。
その者たちを前にして、同じことを言えるかの?」
「……逆に聞くけどよ。あの爆発の件で“人を殺すのをビビって左腕を失った雑魚”に、そんな風に思ってくれる奴が本当にいると思うか?」
どんなに情報統制をしようとも噂は漏れる。いずれ広まる。期待してくれていた誰かがいたとしても、失望するだけだ。なら――
「言っておくが、お主にはもう“国王になる”道しか残っておらん。正確には、他の道はわらわが通さん」
「俺が前国王どもを皆殺しにしたから、か?」
「そうじゃ。どれほどの屑でも“歯車”は回っておった。じゃが、数時間前、お主がその歯車を止めた。――止めた者には、回す責任がある」
「でも、こんな雑魚を誰が王として認める? 反対される未来しか見えねぇ」
「だからこそ、今こうして修行に来たのじゃろう。――本当はお主の奥底で分かっておるのではないか?
責任を取らねばならぬ、と。皆に認められる王にならねばならぬ、と」
焚き火がはぜる。焦げた木の匂いに紛れて、鉄と脂の臭いがまだ喉の奥に居座る。左袖を抜ける風がやけに冷たい。――この左袖が、俺に責任を思い出させる。
逃げるのは簡単だ。
救える命から、目を逸らし続けることもできる。
だが――俺はもう、見ないという選択をしない。
見たなら、責任は必ず俺が負う。
覚悟は、もう決めた。
逃げるという選択肢を、頭の中に思い浮かべていた俺は、もういない。
あとは、倒れるまでやるだけだ。




