第50話:決意の果てに残されたもの ―血と誓いの狭間で―
side:ミナ
私たちは、ソウジ様が血まみれでも構わず抱きしめた。
そのことに気づいたのか、彼は震える声でつぶやいた。
「ミナと……後ろから抱きしめてるのは、リアか?」
怯えが混じる声。その弱々しさに、胸が締めつけられる。
リアーヌはそんな彼に、静かに微笑んで語りかけた。
「まったく、どうしてこんな無茶をなさったのですか」
「何も考えずに一人で来たら、左腕を斬られちゃってさ……いろいろあって、こうなったわ」
「いろいろって、ソウジ様……。私たちはそこが一番知りたいのですが」
もしもの時は、私たちが手を汚す――そう言ってあった。
それなのに、あんなに“人を殺すこと”を怖がっていた方が、どうして自分一人で……。
気づけば、責めるような口調になっていた。
そんな私に、ソウジ様は掠れた声で答える。
「最初に元国王を斬った。ショックで吐いた。
それで、日本に逃げるか、助けを求めるか……色々考えた結果、
――王だろうが何だろうが、俺の家族と、好きな女の子たちを守るために、邪魔者は全員殺す――って答えになった」
静かで、苦しいほどまっすぐな声だった。
胸の奥が熱くなって、私は思わず笑ってしまう。
「も~う。普段は子どもっぽかったり、甘えん坊だったりするのに……たまにすごくカッコよくなるのは何なんですか? そんなのズルいですよ……」
いつもなら、すぐに頼ってくれるのに。
こういう時だけ一人で頑張るなんて――ほんと、ズルい人です。
「泣かれているご主人様、大人なご主人様、カッコいいご主人様……。一日に三つも見せてくださるとは、随分と気前がよろしいですね」
「一つ目と三つ目は狙ってやったわけじゃない。特に一つ目は忘れろ」
少しずつ、ソウジ様の声にいつもの調子が戻ってきた。
私たちは下手に口を挟まず、彼の心がまた揺れないよう、ただ静かに抱きしめ続ける。
やがてリアーヌが、穏やかに告げた。
「ふぅ……左腕の治療は終わりましたよ、ご主人様」
「ダメ元で聞くけど、俺の左腕ってもう、くっつかないよな?」
リアーヌは抱く腕に少しだけ力を込め、淡々と告げた。
「今のご主人様の左腕は“死体”と同じです。
死んだ人を生き返らせられないのと同じで、元に戻すのは不可能です」
その一言が、痛いほど現実を突きつける。
リアーヌでも、世界最高の治癒魔法士でも無理――つまり希望は、一ミリもないということ。
「そうか……。じゃあ、どこかに俺の腕が転がってるはずだから探しといてくれ。
いつもの腕時計がついてるはずだから、すぐ分かると思う」
……ダメ。
リアーヌだって平静を装っているだけ。
ここで私が泣いたら、きっと彼を余計に苦しませてしまう。
「そんなこと言われなくてもやります! ソウジ様は、もう少しご自分の体を大事にしてください!」
(お嬢様……)
リアーヌの心配そうな念話が届く。
分かってる、分かってるんです……。だから、そんな優しい声で呼ばないで。
今の私は、それだけで――泣いてしまうから。
「一応、そこらへんの死体は全部、魔法で時間を止めてまとめてある。
だから回収と保存を頼む。全員の確認と、セリアの偽装死に使えそうな遺体も選んでおいてくれ」
「ご主人様……?」
リアーヌの声が、わずかに焦りを帯びた。
その瞬間、私も気づく。――何かが、おかしい。
「んじゃ、あとはよろしく」
ソウジ様はそう言い残し、光の粒に包まれて――再び姿を消した。
「……ソウジ様? ソウジ様⁉」
「落ち着いてください、お嬢様。恐らく、ご主人様はどこかへ転移なさったのでしょう」
「落ち着く? こんな状況で落ち着いてなんていられませんよ! 今度ソウジ様に何かあったら、私、わたし……!」
感情があふれ、頭では止めようとしても言葉が止まらない。
「私、少し前にソウジ様と約束したんです。『絶対にソウジ様のことは守ります』って!
なのに私は、あの方を守れなかった。それどころか片腕を失って、一人で怯えて頑張って……うぐっ……わだじ、やぐぞぐじだのに……!」
涙が止まらない。
嗚咽混じりの言葉を、リアーヌがそっと抱きしめて受け止めてくれた。
「お嬢様のお気持ちは、痛いほど分かります。ですがティア様の言う通り、ご主人様の選択を否定することはできません。
あの方が自ら茨の道を進むと仰るなら、私たちは共に歩み、困っていれば手を差し伸べるだけです。
それに――こういう時に婚約者として、他の方たちとは違う慰め方をできるのは、私たちだけですよ」
確かに、あんなことや……そんなことをできるのは、私たちだけの特権。
そう思えば、ほんの少しだけ胸の痛みが和らいだ。
もちろん今回の件は、正直ショックです。
もう二度と同じことは起こってほしくありません。
でも――きっと、彼も同じ気持ちのはず。
そう思えるようになって、ようやく呼吸が整ってきた。
リアーヌにも、後でしっかり礼を言わなきゃ……と思ったその時――
(ミナにリアーヌよ、少しよいかの?)
(はい、私たちは大丈夫ですが……。今、ソウジ様がどこにいるのか知りませんか?)
(あやつなら、今わらわの隣におるぞ)
ティアさんの声。
その一言だけで、張り詰めていた空気が一気に緩む。
リアーヌも、安堵の息をついた。
(よかった……。それで、お二人は今どちらに?)
(今は盗賊どもを探して転移を繰り返しておる。というわけで、今日から二週間ほど修行をすることになった。しばらくは戻れんが、心配はいらん)
(ちょっ⁉ それってどういうことですか!)
(落ち着くのじゃ、ミナよ。それより、お主たちに頼みたいことがあるのじゃ……)
ティアさんからの頼みを聞いた私たちは、それを了承し――ひとまず、ソウジ様のことを彼女に任せることにした。
「ティア様が一緒ですし、あとはご主人様を信じて待ちましょう」
「はい……。ですが、離れ離れだった分は、絶対に埋め合わせしてもらいます」
何をしてもらうかは――ゆっくり考えるとして。
まずは、ソウジ様に頼まれた仕事を片づけなければ。




