第42話:勇者召喚と、駄女神ルナの朝
いつもよりゆっくりとうどんを食べていたせいで、気づけば20分も経っていた。
その間、エメさんはずっと俺の向かいに座っていた。
もし何か仕事があったのなら申し訳ないが、まあ今回は“休憩時間”ということで許してもらおう。
「ごちそうさまでした」
「…………」
「どうかしましたか?」
「その……こういう場合、なんと返事をすればよろしいのかと……」
少し気になって聞いてみると、この世界には『いただきます』『ごちそうさま』という挨拶が存在しないらしい。
前者はともかく、後者にどう返すべきか分からず迷っていたとのことだ。
そこでスマホを手に入れたエメさんは、早速ネットで調べてみたらしい。
そして見つけた答えが――『お粗末様でした』。
ただし、それを自分の主に言うのは「粗末なものを出しました」と言っているようで失礼になる気がしたらしい。
……日本語って、ホント面倒くさいな。
「身内には『お粗末様でした』でいいと思いますよ。客人相手なら『お口に合いましたでしょうか?』とか。自分の周りだとそんな感じでしたし」
「旦那様がそう仰られるのでしたら、これからはそういたします。……お粗末様でした」
素直に納得してくれたようで、食器を手にキッチンへ向かっていった。
一人残された俺は、この後どうするか考えていると――
扉が開き、誰かが部屋に入ってきた。
「おはよ~。エメはいる?」
キッチンで洗い物をしていたエメさんが顔を上げる。
「おはようございます、ルナ様。私に何か御用でしょうか?」
「朝ごはんお願いしてもいいかしら?」
「既にご用意しておりますので、温め直してお持ちしますね」
対応が俺の時と同じってことは、ルナも客人扱いじゃないんだな。
まあ別に問題はないけど。
「なにサラッと俺の向かいに座ってんだよ」
「別にあんたのことが好きだからとかじゃなくて、話しやすいと思っただけ。勘違いしないでよね」
いや、誰もお前相手に勘違いなんてしねーよ。
どこからその自信が湧いてくるんだ。
「そういう意味じゃなくて、“なんでお前がまだいるんだ”って聞いてんだよ」
「なんでって、昨日あんたに頼まれたうどんを買ってきて、そのまま夜ご飯をご馳走になって、子供たちと遊んで、アベルとセレスと三人でお酒飲んで……そのまま泊まったの」
「百歩譲って酒まではいいとして、自分の家に帰れよ。転移で一瞬だろ」
「でも酔ってたし、布団敷くの面倒だったの。ここならエメが寝床用意してくれるし、布団に潜るだけで済むじゃない」
……こんな駄女神が崇められてるとか、冗談だろ。
ただのヒキニートじゃねぇか。
そう思っていると、エメさんが今度は一人分の和食をお盆に乗せて戻ってきた。
「お待たせしました、ルナ様。和食というものは初めて作りましたので、お口に合うかは分かりませんが……どうぞ」
「うそ⁉ この出来で初めてなの? めっちゃ美味しそう! いっただきまーす!」
その後しばらくルナと雑談していると、ふと思い出した。
「あっ、思い出した。お前、勝手に宅配ボックスの中身出しただろ?」
「あ~、昨日転移してるところ見られるの嫌だったから、あんたの部屋を使ったのよ。
それで帰りに宅配ボックス見たら九個も段ボール入ってたから、持ってきてあげたってわけ」
「で、中身を透視してスマホ関係って分かって、使い方まで教えてくれたと」
「それだけじゃないわよ。あんたの連絡先、カード番号、パスワード、通販のやり方までバッチリ!」
「……お前、なんでそんなことまで知ってんだよ。神の世界って個人情報保護って概念ないのか?」
「どうせ後で教えるつもりだったんでしょ? あと神様に人間の法律は無効よ」
確かに教えるつもりではあったが――。
「どこまで俺のこと知ってんだよ。気持ちわる……」
「昨日のは特別! まとめて教えちゃった方が早いと思って、寝てるあんたの頭をちょちょいと覗いただけよ。ティアに最初めっちゃ怪しまれたけど」
そりゃそうだ。俺をこんな見た目にした前科持ちだし、怪しまれて当然。
たぶん最後はミナの確認で許可取ったんだろう。
「でも、引き落としは全部あんたの口座からになってたから、まだ通販は使ってないみたいよ」
まあその辺は俺のポケットマネーから出す予定だ。
こっちとあっちじゃ物価が違うからな。
「で、他に何かしたことあるのか? あと、その朝飯の材料はどっから出てきた」
「うどんと一緒に買ってきたのよ。
あと宅配ボックスをちょっと弄って、荷物が届いた瞬間このテーブルに自動転移するようにしておいたわ!」
「また勝手なことを……。しかも最初から泊まる気満々だったんじゃねーか」
「でも、宅配ボックスの件は結構便利でしょ?
一々あんたが荷物を取りに行かなくてもいいし、エメがネットスーパーで食材を買ってもすぐ届くんだから。
これでいつでも和食が食べられるわよ」
……悔しいが、この件に関しては素直に感謝だな。
言われるまで、買い物も宅配も“俺が取りに行けばいい”くらいにしか考えてなかった。
「まあ、その件はもういい。聞きたいことがいくつかある」
「はいはい。無視すると面倒だし、答えてあげるわよ」
「俺、日本でも魔法使えるけど、地球にも魔力って存在してんのか?」
「答えはノー。そんなのあったら魔法普通に使われてるでしょ? あんたが特別」
「つまり、俺だけがこの世界から魔力を供給されてるってこと?」
「そゆこと~。でも人前で魔法使うのはダメよ。特に“学校面倒だから転移で行く”とか」
多分、それはやらない……たぶんな。
「次に勇者召喚についてだ。どうやらこの世界では、各国ごとに100年に一度のペースで行われるらしい。
その際、召喚された者は必ず一つだけ“特別な力”を授かるって話だ。……この件に、お前ら神は関係してるのか?」
「そんなの知らないわよ。そもそも異世界に地球人を送り込んだのは、あんたが初めてだし。
ていうか“特別な力が一つだけ”ってケチすぎない?
私なんて、そこらの神が束になっても敵わないくらいの力を与えたわよ?」
「ちなみに神の中でも派閥というか……“誰々は地球のどこどこ担当”“誰々はこの世界のどこどこ担当”みたいな区分ってあるのか?」
「あ~、それはあるみたいね。私はこっちの世界の神とは一人も会ったことないけど」
やっぱりそれはあるのか。
まあ、人間がいるところに神がいると考えれば、いて当然か。
「となると、勇者召喚された奴に特別な力を渡しているのは、この世界の神ってことか……」
「そういうことになるわね。どうせ全員、私より雑魚だろうけど」
「なんとも頼りになる発言だことで。もしもの時は遠慮なく呼び出してやるよ」
「まあ、その件に関しては私も協力してあげる。ちょっとこっちの神様も気になるし」
どうせ拒否られると思っていたのだが、意外とすんなり納得してくれたな。
ラッキー。
取りあえず聞きたいことは全部聞き終えたので、そろそろ部屋に戻ろうかと思い始めた頃――
ちょうどティアが騎士団から帰ってきたようで。
「お主、もう起きておって大丈夫なのかの? わらわにはまだ辛そうに見えるが」
「朝飯食い終わったから、今からもう一回寝るところ。正直、歩くのもしんどいから昨日みたいに運んで」
「しょうがないのう。……ほれ、行くぞ」
あ~、これ楽でいいわ。
ティアが来なければ転移魔法で自分の部屋に戻ろうと思ってたけど、魔法を使うのにも気力が要るから助かる。
「ついでに新しい冷え○タも貼って~」
「その様子だと、また無理をしたな。まったくしょうがない奴じゃのう」
……まだ運ばれてる途中だけど、寝ちゃおうかな。




