第41話:優しすぎるメイドたちの朝
ティアに抱えられて自分の部屋へ強制連行されたあと――やっぱり無理してたのか、気づけばすぐに寝落ちしていた。
目が覚めたときには、すでに朝の11時を回っていた。
……まだ少し身体がだるい。感覚が鈍ってるせいか、熱が残っているのかどうかも分からねぇ。
部屋には誰もいないみたいだし、朝飯ついでにリビングへ行くか。
そう決めて、ゆっくり身体を起こし、ぬるくなった冷え○タを剥がす。
壁に肩を預けつつ、リビングへ向かった。
「おはようございます、旦那様。体調はいかがですか?」
「熱があるかどうかは分からないですけど……まだ少しだるいです」
「申し訳ありません。さっきまで水仕事をしていたので手が冷たくて……失礼しますね」
そう言うと、エメさんは俺の前に立ち、前髪をそっとかき上げ――自分の額をコツンと俺の額に当ててきた。
……まるで母親と子どもだな。
エメさんは本気で俺を子ども扱いしてるだろうし、こっちも母親とまでは言わないが、それに近い安心感があるから緊張はない。
ミナやリアなら思わず抱きしめたくなる場面だけど――エメさん相手だと、そういう気持ちには一切ならない。
彼女も分かっているのか、いつも通りの柔らかな笑みで静かに告げる。
「やはり、まだ熱がありますね……。朝ご飯はどうなさいますか?」
「少しお腹空いたんで、何かお願いしてもいいですか?」
「かしこまりました。すぐにご用意いたしますので、少々お待ちください」
エメさんがキッチンへ向かう。
俺はテーブルの椅子に腰を下ろし、手持ちぶさたついでに声をかけた。
「他のみんなは何してるんですか?」
「ミナ様たちは書類仕事を、お嬢様方はリアーヌちゃんの下でお掃除中。セレス様は別エリアのお掃除。アベル様とティア様は騎士団にいらっしゃいますよ」
「つまり、仕事をサボってるのは俺とティアだけか」
「旦那様には日常業務は多くありませんし、あまりお気になさらず。……ティア様は、少し自由すぎますけどね」
実のところ俺の“仕事”は、会議出席と最終承諾、あとは他国との応対くらい。
つまり今のところは――暇っちゃ暇だ。
「ティアは要所を押さえてくれれば十分だし。今は騎士団の面倒見てるみたいだしな」
「ええ。今朝も、旦那様のご様子を確認してからアベルさんを連れて行かれました」
「えっ、あいつ俺のとこ来たんですか?」
「はい。朝食の時間に、私とミナ様、リアーヌちゃん、それにティア様で様子を見に伺いました。
リアーヌちゃんなんて『今日はずっと傍で看病します!』と聞かなくて。……専属メイドとしては立派なお仕事ですが、子どもたちもまだ慣れていないので今回は我慢してもらいました」
「確かにリアは俺の専属メイドだけど、もっと暇な専属メイドがいるでしょ。別に……誰かに傍にいてほしかったわけじゃないですけど」
照れ隠しじゃなく、本心でそう言うと――
「ふふっ、大丈夫ですよ。午前中は騎士団ですが、午後は旦那様のお部屋へ伺うと仰ってました。昨日の午後も、ずっと旦那様の部屋にいらっしゃいましたし」
「あいつ、心配してるのかしてないのか、よく分からねぇな」
「ティア様は“過保護になりすぎないように”、でも“放任にはしないように”。
その塩梅をよく見ておられます。――もしかすると、旦那様を一番気遣っているのはあの方かもしれませんね」
うーん……ミナとリアが気にかけてくれてるのは分かるが、ティアはただの自由人にしか見えないんだが。
そんなことを考えていると、エメさんがどんぶりを載せたお盆を持って戻ってきた。
「お待たせしました。野菜入りうどんです。お野菜はしっかり煮込んでありますので、食べやすいと思いますよ」
「うどんってことは、ルナが買ってきたんですか?」
「はい。旦那様がお部屋に戻られたあと、何だかんだ仰いながらもちゃんと買ってきてくださいました」
へぇ……本当に買ってくるとは思わなかったな。
今度会ったらお礼――いや、言いたくないからやめとこう。
ルナのことなんて考えず、冷めないうちに食べよう。
「いただきます」
「はい。体調が優れないようでしたら、無理に完食なさらなくても大丈夫ですからね」
量は少なめ。これなら残すことはない。
俺がうどんを啜り始めると、エメさんも向かいに腰を下ろした。
「そういえば、俺が渡した料理本に“うどん”の作り方って載ってました?
あっちじゃ簡単料理で、わざわざ書かれてない本も多いと思うんですけど」
「問題ありませんでした。昨日、ルナ様が“旦那様から”と言って“タブレット”という物を渡してくださって。
どんなことでもすぐ調べられて、料理のレパートリーが一気に増えました。今召し上がっているのも、その一つです」
「ちなみにスマホは持ってます?」
「はい。そちらもルナ様から。
確か私とセレス様にはタブレットとスマホを一台ずつ、
ミナ様・リアーヌちゃん・マイカちゃん・ティア様・アベル様にはスマホを一台ずつ。
宛先にそれぞれ名前があったので開封しましたが……問題ありませんでしたか?」
駄女神の件はひとまず置いておく。
今度会ったら一言だけ文句は言う。
「問題ないです。みんなのために買った物だし、うちは“立場関係なし”が基本です。
見慣れない箱でも自分宛てなら、いちいち確認はいりません。……さすがに怪しい物なら相談してほしいですけど」
ルナ経由なら文句を言う筋合いもない。
「ふふっ、ありがとうございます、旦那様」
「俺、なんか変なこと言いました?」
「昨日、皆で“荷物を開けていいか”を少し話し合ったんです。
でも全員一致で“旦那様なら大丈夫”という結論に」
「なるほど。俺の考え方がちゃんと伝わってて良かった。
他の城とは環境が違いすぎるから、遠慮されてたらどうしようと思ってたけど……杞憂でしたね」
普通の城ならあり得ない。主が用意した“異世界の物”なら、まずは確認――が常識だ。
けれど、うちの連中は最初から“信頼”を選んだ。
「確かに他所では考えられません。ですが旦那様は仰いました――
“ここに住む者は全員家族だ。だから一々遠慮なんてするな”と。
……その言葉を、誰も忘れていませんよ」
「なんかそれだと“仕事上の家族”みたいですね」
「ふふ。家族は“仕事”では続きません。
無理をすれば、すぐボロが出ます。……それに私たちはミナ様の面接を通っていますから」
「……ミナ、何を聞いたんです?」
「おそらく城内で暮らす方だけだと思いますが、私のときは最後にこう言われました。
“ソウジ様はかなり変わった方ですので、立場なんて関係ないと言い出すかもしれませんが大丈夫ですか?”と。
――実際は、想像以上に変わっておられましたけど」
いや、それもう悪口だろ。
仕えようとしてる主を変人扱いって、どういう面接だよ。
「まあ、みんなが納得してるなら何でもいいですよ」
そう言って、俺は黙って残りのうどんをすすった。




