第39話:神様の名はルナ――不老を授けし者
部屋に入ると、客がいるせいかドア脇に立っていたエメさんがすぐこちらに気づき、穏やかな声をかけてきた。
「旦那様。体調は……まだ良くなさそうですね。何かご用事でしょうか?
私としては今すぐお部屋にお戻りになって、お休みいただきたいのですが」
「俺もそうしたいんですけどね。……で、なんであいつがここにいるんですか?」
「私達が丁度帰ってきた時に、ルナ様とお城の近くでお会いしまして。
お話を伺ったところ、“旦那様のお知り合い”だということでしたのでお招きしました。
一応ミナ様にもご確認いただいたので大丈夫かと……まずかったでしょうか?」
多分“確認”ってのは、嘘をついていないかミナに見てもらったってことだろう。
そして嘘じゃないと分かれば、入れざるを得ない。
……つか、何がルナだよ。
どっからその名前出てきたんだ。
アマテラス→太陽→月→ルナってか? いや、もうアマテラス関係ねぇじゃん。
「いえ、大丈夫です。……それより、雑炊ありがとうございました。
お粥より食べやすくて助かりました」
「そんな、お礼を言われるほどでは。これも私の仕事ですので」
「こやつ、熱で味覚が狂っておるせいで“味が薄い”などと文句を言いおって、
エメの目を盗んで醤油を足そうとしておったからの」
「まぁ! 流石にいつもの味付けではお出しできませんでしたが、
病人でも大丈夫な範囲まで濃くしてあります。……そんなことをしてはいけませんよ」
余計なことを言いやがって、ティアのやつ。
おかげでエメさんにまで子供扱いされてる気がする。……いや、最初からか。
そんなことを考えていると、セリアがこちらに気づき走ってきた。
「ねえソウジ! 聞いて! ルナがね、私を“不老”にしてくれたの!
だからずっとこのままの姿でいられるし、いつまでもあなたに抱っこしてもらえ―――
……ちょっとソウジ?」
俺はセリアの言葉を最後まで聞かず、居間の奥で子供達と遊んでいた“駄女神”のところまで歩き、
胸倉を掴む勢いで詰め寄った。
「おいお前‼ セリアと……あと誰の体を弄った!?
それに、今度は俺みたいに体に変な影響が出てないんだろうな!」
「久々に会ったのに、いきなり怖いわね~。
そんな顔してたら子供達に嫌われちゃうわよ?」
「いいから俺の質問に答えろ!」
「はいはい、分かったわよ。
私の力で“不老”にしたのはセリア・ミナ・リアーヌの三人。つまりはあんたの女だけ。
そもそも自分だって同じようなことしてるんだから、いいじゃない」
「俺のことはどうでもいい。三人の体への影響は?」
「さっきも言ったけど、あんたと同じ理屈よ。
自分の体に異常がないなら、あの子達も問題ないわ」
……それはそうかもしれないけど、
“お前がやった”ってだけで心配なんだよ。
とはいえ、見た感じは特に変化もなさそうだ。
「ティア、椅子」
「わらわは椅子ではない。体調が悪いなら部屋へ戻れ」
「まだこいつと話すことがあるから無理」
渋々ながらティアが椅子を持ってきてくれたので、それに腰を下ろす。
「ちょっと! なんで私の椅子はないのよ!」
「お主のせいでこやつの体調が悪化したからじゃ。少しくらい立っておれ」
「なにこの子……神様に厳しくない?」
「こいつ、一応420歳らしいぞ。……つか、神なら椅子くらい自分で出せよ」
「へぇ~。これが噂の“ロリババア”ってやつね」
ルナがニヤリと笑い、面白がるように続ける。
「あんた、ロリババアとロリ巨乳をメイドにするとか――性癖、偏りすぎでしょ」
「別に俺が連れてきたわけじゃねぇ。最初からいたんだよ」
「ちょっと、自分のお嫁さんに向かってその言い方はどうなの?」
そう言いながらセリアは俺の膝の上に座ってくる。
落ちないように軽く抱きかかえてやると、今まで黙っていたミナが少し頬を膨らませた。
「な、なんですかその羨ましい体勢は! 私もしてほしいです!」
「んなことより先に聞きたい。……なんでミナ達まで不老なんだ?
二人は長命種なんだから、元々寿命は長いだろ」
「だって、ソウジ様とセリアさんだけ不老なのはズルいじゃないですか。
私達も一緒にいたいんです」
「今はそう思ってるかもしれないけど、ずっとそうとは限らないだろ。
もし“死にたくなる時”が来たらどうする? 二人なら、不老の代償くらい分かってるはずだ」
ティアも言っていたが、セリア・ミナ・リアの三人は俺よりずっと頭がいい。
当然、こんな簡単な理屈には気づいているはずだ。
「そもそも、マリノ王国の王族はハイヒューマンの一族。
だから普通の人間と結婚するとなると、寿命の差がどうしても問題になります。
ちなみに、私の母は普通の人間ですよ」
「ですが奥様……お嬢様のお母様は“王家の指輪”のおかげで、今も成長が止まっています。
そのため今でも、とてもお美しいお姿のままです」
ミナの母親が20歳で結婚したとしたら……
見た目だけならもう“姉”だよな。
「ここで先ほどソウジ様が仰っていた“デメリット”の話になりますが、
王族と結婚した者のために“コールドスリープ”という装置が存在します。
記録によれば、皆さん配偶者が亡くなったあと、自らそれを選ばれたそうです」
「自殺はもちろん、安楽死も嫌だけど……
“寝るだけ”ならまだマシってことか」
「初代国王の奥様が、かつてご主人様と同じことを言われたのがきっかけで、
何千年もの歳月をかけて完成したものだそうです」
「つまり、“人生に飽きても大丈夫”ってわけか……」
心の中で――願っていた。
三人には死んでほしくない。
ずっと一緒にいてほしい、と。
でもそれは、俺の“わがまま”だ。
口にしてはいけないと思いながら……セリアの腰に回した腕の力を少しだけ強めた。
柔らかい感触が、より鮮明になる。
……手で触りたくなるな。いや、揉んで―――
(ソウジのえっち)
(……なんのことか分からないな)
念話でそんなやり取りをしていると、セリアが小さく笑って言った。
「まぁ最初はそんなつもりじゃなかったのは分かってるわ……。
でも、ずっと一緒にいたいなら――“一緒にいたいと思われる努力”をしなさいよね」
「そうですよソウジ様。結婚生活というのは、どちらか片方だけが頑張るのではなく、
お互いが頑張らなきゃ駄目なんですよ」
「まだ結婚どころか婚約もしてねぇだろ」
……というか、両親への挨拶すらしてない。
「そういえば、ご主人様の場合は私の治癒魔法でも熱が下がりませんでしたが、
私達はどうなるのでしょうか?」
確かにそれは気になる。
俺がルナの方を見ると、あいつはソファの前でアリス達と話していた。
ちなみにソファは完全に子供達が占領していて、
ルナは立ったままだ。
「ねぇアリス、私の膝の上に座っていいからソファ空けて?」
「お兄ちゃん、まだ具合悪いのに……ルナお姉ちゃんのせいで悪化したんだから、ダメ!」
「えぇ~。じゃあサラは?」
「ソージ兄ぃに怒られたんだから、立ってなよ」
「いやいや、私怒られてないからね!?」
「おい、駄女神。ちょっと来い」
「誰が駄女神よ! 私は日本でも有名な神様よ!?」
……今、普通に“神”って言ったよな。
誰も驚かねぇってことは――もう皆に話してやがるのか。
いいだろ。なら、まずその話からだ。




