第37話:戦のあとに、昼食を
「ソウジ……、ソウジ……。ねえティア、ソウジったら寝ちゃってるわよ」
この声……セリアか?
浅く眠ってたらしいな。
「次はなんでセリアがいるんだ?」
「あっ、起きた。何でって――様子を見に来てあげたからに決まってるじゃない」
「いやお主、エメの目を盗んで仕事を抜け出してきおっただけじゃろ。早く戻らぬと怒られるぞ」
一応、立場的にはセリアの方がエメさんより上なんだが、その辺はお互いうまくやってるらしい。
「今は買い物の準備中だから、すぐ戻れば大丈夫よ。それで、あっちの国ではどうだったの?
どうせミナ達がうまくやって、自分の両親にソウジを会わせたんでしょ?」
「お前、俺の体調よりそっちの方が気になるのか」
「体調が悪いのは見れば分かるし、何回も同じこと聞かれるのって嫌でしょ?」
「分かってるじゃねーかセリア。キスしていいから今すぐ仕事に戻れ」
「なんでそうなるのよ! “気遣いのご褒美がキス”って発想は分かるけど、まだ質問に答えてないじゃない!」
言えるか。
着いた瞬間に殺されかけて、国王には舐めた態度で交渉されたなんて。
それにセリアは元王女とはいえ、まだ子供だ。こういう話に首を突っ込む必要はない。
「これセリア、こやつは今病人なんじゃ。大声を出すでない。
それに熱が出た原因は、ミナの父上と会って疲れたせいじゃ。これ以上はやめておけ」
「ちょっと、それを聞いたら余計気になるじゃない! まさか何かされたんじゃないでしょうね?
もしそうなら、私のソウジを虐めたこと――後悔させに行くわよ!」
数時間前にも同じようなこと言ってた奴がいたな。
どっちも“実行できる”から、シャレにならない。
「別に何もされてない。初めての謁見で緊張してただけだ」
「そういうことなら仕方ないわね。謁見って相手にもよるけど、揚げ足を取ったり隙を突いてきたりする人も多いのよ。
特に初対面だと、お互い探り合いから始まることが多いし」
「まあ今回はミナの親じゃから、その辺は大丈夫じゃろ。
なんなら“貴族相手の練習”と思えば良かろう」
確かに練習にはなるかもしれないけど、俺はそういう教養が一切ない。
当分は魔法頼りだな。もう少ししたら学校も始まるし、できるだけ貴族様とは関わりたくない。
「お願いだからもうその話はやめてくれ……。熱が上がる」
「そうね。これ以上はソウジにとってストレスにしかならないし、私はそろそろ戻るわ。
それじゃあまた後で……ちゅっ♡」
ああ、キスはしていくのね。
悪いけど今の感想は――両頬に触れた“冷たい手が気持ちよかった”だけだ。
「ほれ、雑炊とやらを持ってきてやったから起きるのじゃ」
「お粥じゃないのか?」
なぜうちに米があるのかというと、昨日の朝食でパンしかないことに気づいて急いで買ってきたからだ。
ついでに料理本も買ったが、それは一時的なもの。
どうせもうすぐ、ネット契約したスマホとタブレットが届くしな。
ちなみにタブレットはエメさんとセレスさん用。
他の連中は仕事用のパソコンがあるからスマホだけでも十分だろう。
まあ、欲しいと言われたら後で買うけど。
「エメの奴も最初は料理本を見ながらお粥を作ったんじゃが、子供達に味見させたら不評でのう。
それで多少無理やりじゃが、お粥から雑炊に作り替えたんじゃ」
「なんで俺の味覚基準は子供達と同じなんだよ」
「じゃあ聞くが、お主は“塩味だけの病人食みたいなお粥”が食べたかったのかの?」
「……お粥はあんまり好きじゃないんで助かります」
「うむ、素直でよろしい。ほれ、温かいうちに食べるのじゃ」
ティアは茶碗によそった雑炊を俺に手渡した。
「…………」
「どうしたのじゃ? 熱が上がって食欲が無くなったかの?」
「いや、どうせお前のことだから“ほれ、あ〜んじゃ”とか言ってくるかと思って」
「なんじゃ、して欲しかったのかの? わらわで良いならやってやるぞ」
「いや、体が動くうちは自分で食う。……まあ相手によっては“あ〜ん”されても嫌がらないけどな」
とか言いつつ、“あ〜ん”なんてされたのはリアが初めてだけど。
「ほ〜、少しは女子の扱いが分かってきたようじゃの。
ちなみに、わらわはどっちじゃ?」
「ティアは……微妙なところだな。
普段のおふざけの流れならアリかもしれないけど、今日みたいに体調悪い時はナシだ。
自信過剰って思われるかもしれないけど――お前、俺のこと恋愛対象として見てないだろ?」
「今のところは恋愛対象というより、保護者という感じじゃな。
ミナやセリアと違って、わらわは限られた選択肢から男を選ぶ必要もないし。
今すぐ一生を添い遂げる相手を決める理由もなかろう。……まあ今後、わらわがお主を好きになるかどうかも分からんがのう」
そう、あの二人の立場が特殊なだけで、ティアみたいな考え方が普通なんだ。
リアは……よく分からんけど。
「俺の中での境界線は、“元気な時”と“弱ってる時”だな。
元気な時は女友達レベルなら多少はありだけど、弱ってる時は……ナシだ」
「普段はふざけておるくせに、たまに真面目なんじゃよのうお主。
まあこの話は一旦止めじゃ。じゃないと雑炊が冷めてしまう」
「んじゃ、いただきます」
作ってくれたエメさんはいないが、一応そう言って箸を取る。
「雑炊は子供達にも好評じゃったが、どうじゃ?」
「ちょっと味薄い……。エメさんいないなら、醤油持ってきて」
流石に、作ってくれた本人の前で味を足すのは失礼だと思い、そう言っておいた。
「ん? どれ、わらわにも一口食べさせてみよ」
「ほら、面倒くさいから口開けろ」
「あ〜ん、むむ……。うむ、やはり味付けは丁度良い。
熱でお主の味覚が狂っておるだけじゃな。あまり濃い味は体に良うない。少しは我慢せい」
「はいはい」
「…………」
ティアはその後、気を使ってか静かになった。
部屋がやけに静かで、少し落ち着かない。
「なあ、何か喋ってよ」
「何かと言われても……聞きたいことは幾つかあるが、お主の体調が体調じゃからのう」
「いいから、喋ってくれ」
「……お主、あっちの国でずいぶん厚遇を受けたようじゃのう。
それに対して、かなり強引な“力技”でやり返したそうじゃが」
「なんだ、知ってたのか。ミナにでも聞いたのか?」
「うむ。ミナが子供達に何やら用事を頼んで姿を消した頃に、情報の共有が行われたのじゃ」
ってことは子供達以外は全員知ってるのか。
まあうちは人数が少ないし、全員が重要ポジションみたいなもんだ。今さら隠すこともない。
それに、うちの人間は全員“俺が地球とこの世界を行き来できる”っていう国家機密級の秘密を知ってる。今さらだ。
「面白い話だったろ? 危険がないどころか、危険しかなかったわ」
「お主の護衛として付いて行かんかったわらわも悪いが、あれは予想外すぎるわ。
普通、娘と一緒におる男をいきなり殺そうとは思わんじゃろ」
「そんなこと言いながら、心の中では“いい経験になったじゃろ”とか思ってんだろ」
「じゃが、それも事実じゃろ?
特に“死ぬかもしれない恐怖”は中々味わえんもんじゃ。
お主の場合、何の経験もせずに強すぎる力を手にしておるからのう。
こういうのは一度でも経験しておけば、次は案外なんとかなるもんじゃ」
「そんな簡単なものなのか?」
「人生で初めて味わう“死への恐怖”は、誰にとっても特別じゃ。
一度知っておけば、次に似た状況になっても――心の準備が違うのじゃ」
一度経験すれば、次は“恐怖そのものを俯瞰できる”。
そういうことか。
「俺の場合、一人対一国だったからな。そう考えれば、ティアの言うことも分かる」
しかも相手は国家最強クラスの魔法。
あんなのに比べれば、大概のことはどうにでもなる気がする。
「四人対一国、じゃろ? 今のをミナ達に聞かれておったら、間違いなく拗ねられておったぞ」
「……おかわり」
「ほれ。おかわりができるってことは、まだ余裕があるようじゃな。
ついでじゃ、もう少しだけ質問に答えてもらうとするかの」
分かる。
こいつにしては珍しく、これから“真面目な話”が始まる。――多分な。




